第二夜 主に仕える者たち
前回の簡単なあらすじ。
新人サンタクロースセツナは今夜最後の仕事として大きな屋敷のお嬢様にプレゼントを渡すために来たのだが三人のメイドに戦いを挑まれ勝利(?)したのだった
「まさか魔光虫の危機察知能力でわたしの剣の間合いを計っていたとは」
「ええ、魔光中はその優れた危機察知能力で神話の時代から生き残った生物ですからね。ミリアさんは気づいていなかったですけどミリアさんの周りだけ魔光虫いなかったんですよ」
「そうだったんですか。わたしもまだまだ修行が足りないですね」
と、いう会話をしながらセツナはミリアに肩を貸しながら二人は浜辺に向かい水面を歩いている。もちろん沙羅双樹・桜華が創りだした波紋で。
「姉ちゃん!」
「ミリアちゃん!」
湖の浜辺に上がった二人を出迎えたのは激闘を繰り広げた二人のメイドだった。
長女にはみえない幼児体系の姉は妹の背中に乗り手を大きく振っていた。。
「おや? 二人とももう大丈夫なんですね?」
「姉ちゃんを放せ! サンタ野郎!」
開合一番にミリアがセツナに叫ぶ。
「そんなに怒鳴らなくても放しますけど、その前にまだミリアさん歩ける状態じゃないんで、とちらか肩を貸してもらえるとありがたいんですが」
ミリアは『わたしなら大丈夫です』と言ったがセツナは『ダメです』と返し、エリスとクロノを見て『お願いします』と言った。
「クロノちゃん。わたしは大丈夫だから行ってあげて」
「うん、わかった」
クロノはしゃがみエリスを降ろす。セツナからミリアを抱きとめ自分の肩にミリアの腕を乗せる。
「大丈夫か? ミリア姉ちゃん」
「ええ、ありがとうクロノ」
クロノの肩を借りているミリアをエリスはジッと見る。そして、その疑問を訊くために口を開いた。
「ミリアちゃん……もしかして眼が見えないの……」と。
顔を上に向けているのミリアに不穏感を持ったエリスがそう訊いた。ミリアは一つ頷く。エリスの疑問が確信に変わっていき二人とも眼を見開きミリアを見る。
「ホントか? ……サンタてめぇ!」
「クロノ、安心しなさい。眼はじきに元通りになります」
セツナを殺気の篭った鋭い目つきで睨むクロノをミリアはやさしく、諭すように言った。。
「本当なの?」
エリスはミリアではなく浜辺に立つサンタクロースに問いた。
「大丈夫です。わたしの感覚への攻撃は一時的なもので一定時間たてば元に戻ります」
「よかった……」
手を胸に当てなでおろすエリス。
「クロノちゃん、ミリアちゃんをどこかで休ませてあげて」
「お、おう、でも姉ちゃんは?」
「私は、サンタさんともう一度お話するよ」
「……わかった……」
こうして、クロノはミリアを肩で支えながらミリアを木の幹へと座らせるために歩き出した。
「さてと、サンタさん。ひとつ訊きますけど」
ミリアが木の幹に座ったのを確認してエリスが口を開いた。
「なんでしょう?」
「これからお嬢さまにプレゼントを渡しにいくんですか」
「もちろん、でも、まだ戦うんですよね? あなたとあの無手の使い手がいるし」
「そんなことしませんよ。私たちにもう戦う意思はありません」
「えっ? そうなんですか?」
意外な答えにセツナは驚きの声を上げる。
「あのままミリアちゃんを放っとけないし。それに、その剣の対応策もないしね」
そういいエリスはセツナの手に握られている蒼い光の剣を見る。それにつられセツナも眼を向ける。
「その剣は私のセラフィムとアリエルと同じ感覚を直接攻撃する剣ですよね。でも、私と一番違う所は自由に感覚を停止させる事ができ、さらに場所をサンタさんが選択できること。私の場合はバランス感覚で、クロノちゃんは体力でミリアちゃんは視覚。
それに引き換え私は痛覚だけ。だから、対応策がない。だってサンタさんが【私達の生命活動を停止させる場所】を指定されたら私たちは【死んでしまう】から」
「そんな! わたしは殺そうなんて思ってません!」
「心拍への干渉。血液の循環への干渉。脳への酸素補給への干渉。横隔膜への干渉……どれも停止させれば【死へと直結】します。それでも、そう言い切れますか?」
「言い切れます。人は殺しません。だってわたしは子供たちに夢とプレゼントを運ぶサンタクロースだから」
凛とした、誰も殺さない。その決意の表情をエリスに向け言い切った。
「……やはり、サンタさんは強いです……とても」
エリスは顔を伏せ、セツナに聞こえないくらいの小さな呟きを漏らした。
「話は終わりですか? じゃあ、お嬢さんにプレゼントを渡しに行きますから結界を解いてくれませんか」
「……」
「結界を解いてください」
力強く、その言葉からは滲み出る揺るがない思いは顔から、口調から溢れていた。『必ずプレゼントを渡す』
その決意はエリスでも、少し遠くにいたミリアとクロノにも届いていたようだった。
エリスは胸元に手を引き寄せ印を結ぶ。目をつむり詠唱を紡ぐ。発せられた言葉の奔流は静かに空気に乗り流れる。そして、空に変化が起きる。
空に亀裂が走る。その亀裂は紅い月と蒼い月の二つの月を中心として走り広がっていく。まるで双子月が空にぽっかりと開いた穴のように。
走る亀裂を見上げセツナは思い出す。一年ぶりに再開したあの日の事を。結界を結界としない、張られていた結界を斬り砕いた【結界殺しの魔眼】を内包するあの蒼い眼を持つ少女に。
その少女との最初の出会いは故郷である『倭国』。二度目に出会いはセツナが所属するサンタクロース本部。
前者は共の戦い、後者は血だらけの姿での再開だった。セツナの目を引いたのは重度の傷よりもその瞳だった。初めて会った時は綺麗な黒い瞳だったのだが再開したときの傷だらけ少女の瞳は蒼い瞳だった。
少女は『本部を襲撃した』と言う。なぜそんな事をしたのかは未だにセツナにはわからない。
部屋にかくまい傷の手当てをして、セツナが食べ物を買って戻ってきたらその少女はいなかったのだから。
そして、その少女とはそれっきりになった。蒼い瞳の事も訊けずに少女は去っていった。
蒼い満月を眺めセツナは(あの蒼い月はやっぱりあの人の眼の色に似てるな)と、心中でつぶやき沙羅双樹を強く握り締めた。
そして、(蒼い眼よりわたしは黒い眼の方が好きだったな……)と、付け加えた。
亀裂が空全体を覆う。線と線が絡み合い砕け空の破片が落ちる。しかしその空の破片は地上に落ちる事無く空と溶け合って消える。
徐々に空から降る欠片が増え空中で消える。(これが星だったらロマンチックなのに)という思いが頭の隅を駆け抜けていった。
砕けた空の向こうには本来の空間が垣間見える。それは結界内とまったく同じ空と月、雲に星だった。
「解除終わったよ」
「じゃあ、わたし行くね」
「待ってサンタさん」
セツナを呼び止める。
「何ですか?」
「言っておくけどお嬢さまの欲しいプレゼントはサンタさんじゃ絶対にあげられないよ」
「そんな事ないよ。絶対にあげて見せる」
「どうして言い切れるの? サンタさんは知ってるの? お嬢さまの欲しいプレゼントを?」
その問いにセツナは一つ頷いた。
「えっ……」
「じゃあ、行くね」
エリスにもう一度同じ事をいいセツナは踵を返し道なりに歩き出す。その先には大きな屋敷がそびえたっていた。
途中。ミリアが乗り捨てたスカイボードを発見し起動させ搭乗した。
(わたしのウイングボードを壊したから乗ってもいいよね)と自分自身に言い聞かせ空へと上がった。
◆
「綺麗な双子月……」
窓のカーテンの間から覗く双子月を見上げる少女が一人いる。その少女はおもむろに窓をあけバルコニーへと足を降ろす。
月明かりに照らされる肌はとても白くて触ると壊れてしまいそうな儚い少女だった。風に揺れる背中にかかる長い髪。
一瞬身体を震わせ羽織っていたガーディガンを飛ばされないようにぎゅっと握り押さえる。
◆
「これ意外といいかもしれないですよ! トナカイさん!」
約三十分間スカイボードを楽しんだセツナがテンション高くトナカイに言う。初めて乗ったスカイボードにしてはうまく乗りこなしているセツナをみて後から追いついたソリを引いたトナカイは『調子に乗るなよ落ちるぞ』と注意を促した。
「ねぇトナカイさん! わたしコレ買ってもいいかな? 買っちゃってもいいかな?」
「ん? いいんじゃね?」
「何言ってんですか、買いませんよ! ボードはスピードが命ですよ! これスピードあまり出ないじゃないですか!」
「じゃあ! 訊くんじゃねぇよ!」
などとツッコこんでが当の本人はトナカイの怒りのツッコミも聞かずにスカイボートを楽しんでいた
「あーコレいいな〜コレ買っちゃおうかな〜 あっでもスピードでないんだった」
自分勝手な軽い怒りを感じつつセツナは屋敷の上空まで辿り着いたのだった。
「じゃあ、トナカイさん。行ってきますね」
「ああ、気をつけてな」
「はい、っと。今がちょうどいいかな」
「ん? どうした」
「あっ、いえ、じゃあ行きますね」
「ああ。って、おい! セツナ」
トナカイが驚きの声を上げる中セツナはスカイボードから飛び降りていった。
◆
「こんな私の幻想は誰にも届かない……」
寝間着にガーディガンを羽織った少女は満月の双子月を見ながら呟いた。
月にをふと見ると、小さな点が大きくなっていく事に気づく。その点はどんどんと大きくなりそのシルエットははっきりと人影に変わっていく。
「えっ……まさか……」
少女は黒い点に凝視する。身体を大の字にして降りてくる紅い人物。長い髪をなびかせ。紅で染まった服をはためかせ降りてくる。
「サンタさん……?」
黒い点は完全に人型に変わり空中でくるりと回転し足から見事に着地した。
「こんばんはお嬢さん。今宵は月がとても綺麗ですね」
赤い服を着た少女はすくっと立ち上がり乱れた髪をかきあげ、寝間着の少女に言った。
「サンタさん?……なの?」
「はい。紅い服がトレードマークのサンタクロースです」
少女の目はせわしなく傷だらけの服にその下から覗く傷ついた肌。そして蒼い光でできた剣に向けられていた。
「あっ、ごめんねこんな格好で」
セツナは沙羅双樹・桜華を後ろに隠しアストラルフォームからブレイドフォームに移行させソードホルダーに収める。
「今日はクリスマスです。なのでお嬢さんにプレゼントを渡しに来ました」
満天の笑顔で少女に語りかけるが少女の顔は疑心暗鬼だった。
「えっと……とりあえず部屋の中では話そっか?」
「本当にサンタクロースなんですか? 本当に私が欲しいモノをくれるのですか?」
「ええ、プレゼントします」
「なら! 今すぐ私に」
「部屋で話しましょう」
セツナは少女の脇を擦り抜けバルコニーから少女の部屋へと入った
「お邪魔します」
セツナの後に少女が続いて部屋へと戻る。
「広い部屋〜畳十五畳くらいあるかな?」
「たたみ?」
「ん? 畳ってのはわたしの故郷での部屋の広さを例える敷物かな? 正確には違うけどね」
「ふ〜ん」
コンコン
ドアを叩く音が二人の耳に入る。少女が『誰です』と問いかけるとドアをノックした者は『ミリアです』と答える。
『どうぞ』少女が部屋へと促すと『失礼します』とゆっくりとドアが開く。
「どうしたの? 三人揃って?」
部屋に入ってきたのは先ほどまでセツナと戦闘を繰り広げていたメイド達だった。しかもちゃっかりと戦闘で汚れたメイド服を着替えていた。
ミリアは一度セツナに目を向けるとすぐさま視線をお嬢さまと呼ばれる少女へと向けられる。
「そのサンタクロースが本当にお嬢さまにプレゼントを渡すのを見届けにきました」
「なにその疑心? 信用ならないわたし?」
セツナの言葉に四人は大きく頷いた。
「ううっ……師匠……わたしはまだまだ立派なサンタクロースには程遠いです……」
肩をがっくりと落とし涙声で悲しく呟いた。
「さて、サンタさっさとお嬢さまにプレゼントを渡して帰れ」
「ちょっ! なにその暴言? 私サンタクロースですよ? 子供のヒーローですよ?」
「クロノ、セツナさん。お嬢さまの前です。ケンカならあとでおこなってください」
ミリアに咎められ二人は口を閉じる。
「さて、ではセツナさん。お嬢さまにプレゼントを」
「あ、そうなんですけど、少し用意がいるんで」
「用意?」
エリスが人差し指を頬にあて首をかしげる。
「それでですね……申し訳ないんですけど三人に少し手伝って欲しいんですけど……」
セツナは申し訳なさそうに上目使いで両手の人差し指を合わせたり引いたりしていた。
「手伝いってなにをするのですか?」
「とりあえず、部屋を出てから話します。では、お嬢さん。三人を少しお借りしますね」
ポカァンとするお嬢さまを置いてセツナとメイドの三人はそそくさと部屋から出て行ったのだった。
◆
「で、あたしらは何を手伝えばいいんだ」
「その前にこれからお嬢さんに起こることに対して口出しはしないでください」
部屋を出た途端に発したセツナの言葉に三人はきょとんとした顔になる。
「どういう意味ですか?」
ミリアの問いに後の二人もミリアの問いに賛同し無言で頷く。
「今は何も聞かず約束してください。後でわかりますから……」
セツナは頭を下げる。
「……信用していいのですね?」
何も答えずセツナは黙って頷く。
「わかりました。いいですね姉さん、クロノ」
エリスは『わかった、サンタさんを信じたミリアちゃんを信じるよ』いい、クロノは『あたしもミリアねえちゃんと同じだ』といった。
どうやら、セツナのことは信じずセツナを信じたミリアを信じるようだった
「ありがとうございます。じゃあ……」
そしてセツナは腰の小さい白い袋から人差し指サイズの真っ黒い玉を三人に差し出した。
そして一言……
「このアメを食べてください」
それだけを告げて三人に真っ黒いアメを三人に手渡した。
◆
「お待たせしました。お嬢さん」
約十七分後。四人は部屋に戻り下半身をベッドに埋めた少女に挨拶をした。しかし、なぜがセツナの後ろにいた三人の表情は濁っていた。
「なにやっていたんですか? ってどうしたの三人とも」
「ちよっと準備をね」
セツナがそういって後ろにいる三人の顔を見たが顔が苦虫を噛み潰した様にひどく不愉快な表情だった。
「じゃあ、そろそろプレゼントを私にください」
ベッドの少女は腕を大きく伸ばし両手を広げる。
「その前にこれを食べてくれますか?」
セツナは腰にぶら下げている白い袋から真っ黒いアメを取り出し少女に手渡す。
「丸い玉……アメですか?」
「とっても美味しい『オレンジ味』のアメですよ」
「へぇ〜綺麗なオレンジ色……じゃあ」
少女はそれを口に入れ舌で回し始める
「うん、おいしいオレンジ味」
少女の言葉を聞いたメイドの三人の顔が変わる。
「お、お嬢さま」
一歩踏み出したクロノに手を伸ばし進行を遮るセツナ
「約束しましたよね? クロノさん」
セツナに殺気だった目にクロノは一歩踏み出した足を退いた。
「なになにどうしたの? クロノ」
「お嬢さん。いつからですか?」
セツナはベッドに手を置き、ずいっと少女の目の前に顔を動かす。
「えっ? なにが?」
「いつから『味覚』が失くなりましたか? それともう二つ、『眼の色覚と嗅覚』も失くしましたね」
「な、何を言って……」
「さっき食べたアメ、あれはオレンジ味でもオレンジ色でもないです……お嬢さん。あなたは昔の経験からイメージしてそのイメージを一致させていますね? 今のお嬢様を構成する世界は白と黒たった二色の世界ですね」
「何言ってるの?、だってオレンジ味だって……」
「アレはウソです。もし百歩譲ってオレンジ味だとしてもなんで『綺麗なオレンジ色』って言ったんです? わたしはオレンジ味だと言ってもオレンジ色だなんて一言も言ってないですよ? あれはとっても臭くて不味いです。それと、そのアメはミリアさんたちにも食べてもらってます」
「……! ほんとなの……」」
驚き少女は三人の顔を見た。メイド三姉妹は少女に目を合わせず俯いていた。
「そんな事ない……これは、オレンジ味だし……オレンジ色だもん……」
俯き高級そうな羽根布団を強く握り締める。
「他人の言動から自分の中にある過去のイメージを一致。再現させるという事はそういうことです」
「帰って……プレゼントなんていらないから帰ってよ!」
俯いたままセツナに怒気を含んだ声を上げる。
「体力の低下。味覚の欠落。嗅覚の欠落。色覚の欠落。このままだときっと聴覚、痛覚、触覚が失い最後に命が削られます」
「いいからさっさと私に自由の翼をプレゼントしてよ! 私をこの屋敷から飛び立たせてよ!」
「古来より翼は天使の象徴です。いかにサンタクロースでも翼を背に生やすことは出来ません」
少女の怒号を聞き流しセツナは言葉を紡ぐ。
「じゃあ……!」
「ですが! 私はあなたに『自由の翼』をプレゼントすることはできないけれど、あなたに『自由』をプレゼントすることはできます」
セツナは少しだけ声を荒げ少女の顔に自分の顔を近づける。
「ど、どういう事……?」
「あなたにかけられた『希望の呪い』を私が排除します」
「呪い……」
「失礼ですが胸を見せてもらいます」
セツナは少女のパジャマを掴みボタンを無理やりはずす。
「ちよっ! やめて! やめてよ!」
少女は両手でセツナの顔を押すがセツナはその抵抗と言葉を無視しボタンを徐々にはずしていく。
「エリス! 見てないでやめさせて!」
助けを求めるがエリスは助ける様子はない。
「な、なんで、助けてくれないの!」
「……お嬢様」
口を開いたのはエリスではなくミリアだった。
「どうして……どうして言ってくださらなかったのですか……味覚が無いこと……色覚が無いこと……言ってくださればセツナさんに頼る事無く私達だけでなんとかしできたかもしれないのに」」
「ミリア……」
「失礼します!」
最後のボタンをはずし、勢いよく上半身のパジャマを開く。
「や、やめて! 見ないで!」
全員の顔が青ざめる。そこには少女の胸に寄生する口のような異形な異物ができていた。
「お嬢さま……」
クロノが呟き口のような異形な肉片は《グエッ グエッ》と奇声をあげている。
「お願い……見ないで……」
両手で胸を隠し弱々しい声で訴える。しかし交差する腕の間から見える異形な肉片は口を開け奇声上げ。それはまるで嗤っているようだった。
「なんなのこの蟲……」
エリスは少女に寄生する『それ』を見ながら震える声で発する。
「これは希望を叶える呪いの具現化した姿です。ただし叶えるたびに『代償』が必要。でもこれは最悪の部類です。躯の機能を代償にすることで願いを叶える。こんな、最悪最低の呪い……」
パジャマを掴む手が震え声も震えるセツナ。
「お願い……見な……い……で……」
少女の声が掠れていき、そして目を閉じる。
「お嬢さま!」
ミリアが呼びかけるために近寄ると少女はスースーかわいい寝息を立てていた。
「寝てる……?」
「さっきのアメ玉には睡夢草の粉が練り込まれています」
セツナは沙羅双樹を腰のソードホルダーから抜き出す
「ちょっ! サンタお前なにするんだよ!」
「言ったでしょ。わたしが呪いを解くって。じゃあ、いくよ沙羅、待機状態解除! アストラルモード移行」
クロノを声を聞き流し待機状態だった沙羅双樹の蒼い光が伸び、再び剣に形成されていく
「お前! お嬢さまを斬る気か!」
「斬ります」
きっぱりと言い切る。
「クロノ落ち着いて。その光の剣でお嬢さまに寄生しているあの瘤を駆除できるのですか?」
「できます」
ミリアの問いにセツナは振り返らず答える。
「そうですか、ならば一つ訊かなくてはならないことがあります」
「なんですか?」
「お嬢さまの『希望』とはなんなのですか?」
「あなた……いや。あなた達は知っているはずですよ」
「……膨大すぎる魔力による躯の異常……」
一瞬の逡巡の後ミリアは口を開いた。
「生まれながらにして魔力をもったお嬢さんはそれを治すために自ら望んであの肉塊を受け入れた。アレは魔力を無尽蔵に貪る。自分の味覚や色覚を代償にしてね」
「……」
「最近は落ち着いているんじゃないんですか?」
「……」
ミリアは何も答えない。横目で後ろにいる二人にも目を向けたが答えなかった。
「わたしの師匠が言ってました。あの子は『魔術師』の素質があると。だから元気になったら魔術師養成学院に入学させたらどうだって。そこで魔力の制御を学べって」
「本当に……本当にお嬢さまは……治るのですか?」
「治ります! この沙羅双樹があれば」
その力強い意思と言葉を聞いて、ミリアとクロノ。そしてエリスは上品にお辞儀をした。その行動は従者が主に頭を垂れるそれとなんら変わらない優雅がお辞儀だった。
それを見届けずセツナは蒼い光の剣を振り上げる
「沙羅、あの肉の塊の名称は」
はい、アレは《魔喰虫》という人に寄生する蟲です■
「了解」
左目の瞳に投影され描かれた文字を読みセツナは唱える。
「魔喰虫の生命へ干渉開始」
ゆっくりと一言、一言しっかりと口上し蒼い光の剣を少女に、成長途上のはだけた小さな胸に寄生し醜く嗤う肉の塊めがけ振り下ろす。
蒼い光が少女の胸を斬り抜ける。胸に寄生していた肉塊は奇声を上げ少女の胸から紅い霧になって消えていった。
「これで、大丈夫なんですか……」
「はい、目が覚めたらきっと元気になりますよ。あっ、そうだ」
セツナは何かを思い出したように紅い服のポケットに手を突っ込み何かを探し出す。
「えっと、どこだったかな……あっ、あった!」
ポケットからだしたのは小粒の銀色の珠で数珠繋ぎされた十字架のペンダントだった。
「このペンダントをお嬢さまに渡してください」
「ペンダント?」
「このペンダントは師匠が創った魔法具で魔力を自然放出機能があります。身に着けているだけでいいそうです」
ミリアにペンダントを渡しセツナは待機状態に移行した沙羅双樹をソードホルダーに戻す。
「あ……いいのですか?」
「ええ、二年前に欲しいプレゼントをあげられなかった師匠のせめてもの償いだそうです。それと『あの時は何もプレゼントできなくてすまん』と言ってました」
「ありがとうございます!」
ミリアはお大きくセツナにお辞儀をしセツナに御礼をする。
「じゃあ、わたしはこれで帰ります」
「あ、待って」
「なんですか」
「その……お嬢さまの治療をして頂いたのに戦ったりして申し訳ありませんでした」
何度目かわからない行儀のいいお辞儀をセツナに贈る。
「いやいや、いいんですよ。お互い譲れない事だってあるし。その結果があの戦いですし」
「ですが……」
「ホントに気にしないでください。戦いなんてクリスマスの時期にはしょっちゅうだし」
「し、しゅっちゅうなんですか? クリスマスなのに?」
「ええ、子供たちは世界にたくさんいますし。戦場を抜けないと辿り着けない街だってありますし。この時期が一番苦労する職業ですよ」
「へぇ〜 大変なんですね」
心底感心した声を口から吐く。
「じゃあ、わたしはこれで。あっ、そうだ」
セツナは『すいません。玄関まで案内してくれませんか』と、寝息を立てて寝ているお嬢さまの寝間着を変えている長女に問いかけた。
◆
「すいませんね。この屋敷広くて玄関どこかわからないんですよね。ほら、わたしって窓から入ったじゃないですか? 流石に帰るときも窓からってワケにはいかないじゃないですかぁ〜落ちるし」
ワザとらしく語尾を延ばし話す。
「本当なら煙突からはいるんじゃないんの? サンタクロースって」
「それは迷信ですよ。もし暖炉を焚いていたらわたし丸焦げじゃないですか。焼かれるサンタなんて見たくないでしょ」
一階に続く横幅が広く長い大階段を降りる紅い服を着た少女とメイド服を着た少女の二人。その降りる途中での会話が繰り広げている。そんな他愛も無い会話をしながら一段、一段と階段を下る。セツナが笑いながら話すのをエリスは適当な相槌で答える。
セツナはそんなエリスの態度もお構いなしに空気も読まず話す。
エリスもそんなセツナの態度もお構いなしにマイペースで答える。
二人の『ある種ぎこちない』会話も一階が見えるとお互い何も話さなくなった。
ギィ、ギィ、ギィ、
木製の階段を降りる度に軋む音が屋敷に響く。
「ひとつ、引っかかってる事があるんですよね」
セツナが沈黙を打ち砕く。
「何が、ですか」
振り向きむせず階段を降りながらエリスが口を開く。
「あなたが言った『なにあの蟲』発言に」
エリスの階段を降りる足が止まる。それを見届けセツナの足も止まる。
「やだなぁ、わたしがそんなこといいました?」
「師匠が言ってました。無意識に発せられた言葉の中に真実があると」
「何言ってるんですかぁ〜 サンタさんが言ったじゃないですか。あの蟲の事」
「……師匠はこうも言ってました。追い詰められた人間ほど笑顔になると。相手に焦っているのを悟られないために」
エリスの顔を見たセツナはそう言った。そのエリスの顔はとてもかわいらしく極上と言ってもいいほどの満点の笑顔だった。気落ちした時に見たら誰もが元気になるほどの笑顔だった。
「最初、あの肉の塊を見た時にあれが蟲だなんて誰もわからない」
「でも、サンタさんは知ってたじゃないですか」
「わたしが知ったのはあの蟲を斬る直前に沙羅が教えてくれたからです。でもあなたはその前に『蟲』と言ってました」
「じゃあ、なに私が最初っからあの蟲の事を知っていたと言うんですか? サンタさんは」
「はい。わたしにはあなたが初めからあの蟲の事を知っていたとしか思えません」
「もし、そうだとしてもどうして私の主にそんな事をしないといけないの?」
「苦しんでいるお嬢さんを助けたかったから」
「……!?」
「……笑顔が消えましたね。でも、怒ってるのかな? その顔もかわいいですよ」
セツナの皮肉を受けセツナを睨んでいたミリアははっ、と我に返り俯いた。
「あなたはお嬢さんの魔力の暴走をどうにかしたかった、どうにかしたかったひとつの答え。それが魔力を食い潰す蟲、魔喰虫」
「何も反論がないから続けますよ。あなたは蟲をお嬢さまに寄生させた。その結果魔力の暴走はなくなったけれどその代わりに身体の五感を失う事になった」
「サンタさん……」
俯いていたエリスはスカートをゆっくりと上げる。
「ちょっ……!」
その白く綺麗で幼い両足の太もものガンホルダーには二挺の銃、セラフィムとアリエルが巻かれていた。
そして、流れるような機敏な動作で右手でセラフィムを抜きセツナに銃口を向ける。
「なんか……私の推論があたっちゃったみだいですね」
「サンタさん……わたしねルフィアお嬢さまを助けたかったんだ。苦しみから助けたかったんだ」
「そう思うならそのルフィアお嬢さんに全て話せばいいでしょ」
対峙する二人。目の前で、銃口に息が届くくらいの位置で向けられているセツナの右手は沙羅双樹の柄を握りいつでも抜刀できる状態に持っていっていた。
「ダメだよ。いくら知らなかったとはいえわたしはお嬢さまに命の危険に晒してしまった。従者として仕えるものとして私はやってはいけない事をしてしまったの」
「で、わたしを殺してなかった事にすると。全てを闇に隠すと」
「ごめんね。サンタさん」
銃口の重圧に押され汗が流れる。『ごめんね。サンタさん』の後から動かない。静かに時が流れる。
外には真っ白な雪が降り大地は白銀に染まっていく。風は静かに流れ木の上に積もった雪を落下させる。
「その剣を捨ててください」
後ろに回した手を、腰に差した沙羅双樹の柄を握るセツナの手を見て言う。
「それは交渉の余地があると見ていいのですか?」
「交渉はありません。反撃されないよう確実に仕留めるための準備です」
「……用心深いんですね」
セツナは沙羅双樹をソードホルダーから抜き頭上に高々と挙げその場で手を放す。
落ちる沙羅双樹に目を向けるエリス。柄が床に触れる刹那、沙羅双樹が急激に百八十度回転する。
「!!」
エリスはとっさに引き金を引く。
発射される銃弾をセツナは沙羅双樹ではじく
それは一瞬だった。
床に触れる沙羅双樹の柄をセツナは右足のつま先で振り蹴り百八十度回転させた。
回転した沙羅双樹の柄がセツナの手のひらに収まる次の瞬間にエリスの銃弾が飛びそれを飛び退きながら沙羅双樹で落としていた。
エリスは銃撃を休めずさらに弾幕を増やす。しかし、それをセツナは沙羅双樹を舞わせことごとくはじき落としていく。
後ろに引き下がりながら弾丸を落とすセツナをエリスはただ、ただ見ていた。観察していた。
そして、セツナが屋敷の柱に追い詰めるとエリスは銃を降ろした。
「どうしたんですか? もう終わりですか」
セツナが問うとエリスはゆっくりと銃口を自分のこめかみに当てる。
「ちょっ! なにやってるんですか!」
「サンタさんの口が塞げないなら自分の口を塞ぐしかないでしょ」
セツナが愚かな行為を止めようと動き出すと『動かないで!』と制す。
「ごめんね。サンタさん」
「……」
セツナは何も答えずただエリスを睨むだけだった。エリスがセツナを見ていたのは自分が自殺できる距離までセツナを離すことだった。
「ミリアちゃんとクロノちゃんに説明お願いね」
「……」
「……じゃあね、ばいばいサンタさん」
自分の手で自分を殺す愚かな引き金を引く。優しく引かれた引き金下りる撃鉄。急激な速度で弾き出される死へと誘う凶悪な弾丸。
……の、はずだった。しかし、引き金が引いても弾丸は射出されることはなかった。弾は篭めた。弾はまだ残っている。弾切れはありえない。
エリスはもう一度撃鉄を上げ引き金を引いた。が、結果は同じだった。
「そんな……どうしてセラフィム……」
銃の異常か弾丸がないのかわからないがセツナは向こうのトラブルに乗じてエリスに向かい猛ダッシュを翔ける。
その時、二つの影が同時にセツナの両脇を抜けた。
その影はミリアとクロノだった。
抜けた影から雫がこぼれる。その雫はセツナのほおではじけ一筋を残す。その雫はとてもしょっぱい雫だった。
◆
「姉ちゃん! 止めなくていいのかよ!」
「今出て行ったら姉さんは確実に自分の頭を打ちます。セツナさんが何かしゃべっているから様子を見るべきです」
「でも、銃口を頭に当ててるんだぜ!」
「今は、セツナさんに全てを任せるのです」
「……くそッ!」
二人は階段の踊り場で身をかがめ息を殺し小声で話し合いセツナとエリスの見ていた。
そして、見守る事数分。
エリスがなぜか銃を見つめ呆然としていた。
「姉ちゃん!」
「今です! 行きますよクロノ!」
二人は銃口から飛び出す弾丸のように階段を飛び降りエリスの元へと疾走した。その途中でセツナを追い越していくミリアとクロノの頬には無数の雫が流れて筋を構成していった。
「ミリアさん!?」
二人の姿を確認したセツナはスピードを急激に殺しブレーキをかけた。
◆
「ダメ! 来ないで!」
銃口を翔けて来る二つの影に向ける。しかし二つの影は止まる事無くエリスにさらに加速をかけ迫る。
「止まって!」
銃口を向けているが引き金は引かない。威嚇ではないが引き金を引けば確実に直撃る。直撃させる自信がある。
しかし、引かない。引けるわけが無い。引いてしまえば最愛の姉妹達を殺してしまい命の幕を降ろしてしまう。
そんな事出来ない。出来ないからこそ。
「姉ちゃん! ゴメン!」
クロノは姉に一言侘びを入れ右脚をエリスの左脇腹へ蹴りを見舞う。その衝撃で二挺銃を落とし蹴り飛ばされた先にはミリアが待ち構え倒れかけるエリスをしっかりと抱き止める。
「大丈夫ですか? 姉さん」
「クロノちゃん……容赦ないなぁ……」
「大丈夫そうですね。では失礼します」
ミリアもクロノと同じように一言侘びを入れる。
「えっ?」
パチン。
赤く染まった左ほおを押さえるエリス。
「ミリアちゃん……」
平手打ちをされたエリスはきょとんとしてミリアを見ている。
「もう……もう二度と自らを殺す行為はしないでください!」
強く硬い口調をエリスに放つ。
「でも……私は……」
「しゃべるな、偽善者……!」
エリスの言葉を遮りあとに続いたのはセツナだった。
「お嬢さまをあんな状態にしたから死んでお詫びをする? あんたバカ? そんな負い目を感じているなら生きて償え。死での償いはただの逃げ。その人からの逃避」
「逃避……」
「さらに言えばあんたの命に価値は無い。死にたかったらお嬢さまが死ねと言ったら死ね」
「セツナさん!」
エリスの側にいたミリアがセツナに強く口を開いたが、セツナは何も答えず、何も感じず口を開く
「いやなら部外者のわたしがあなたを殺してもいいんですよ? そこの二人じゃムリそうですし」
「てめぇ! それが子供に夢を与えるサンタの言う台詞か!」
「ええ、サンタの台詞ですよ。わたしはあなた達に夢を与えに来たのではないんですから」
「おまえ……」
恐ろしく冷めた口調、感情の温度が感じられない氷の表情でセツナはクロノに視線を向けていた。
そして、セツナは腰のソードホルダーから沙羅双樹を抜く。
「セツナさん! 待ってください!」
「いいよ。ミリアちゃん」
立ち上がり、一歩前え歩み寄る。
「でも、サンタさんの手はわずらわせないよ」
エリスはチラりとミリアの刀、床に放ってある輝夜月を見る
「姉さん!」
エリスの視線に気づき床の輝夜月に手を伸ばす。が、寸手遅くエリスが蹴り上げる。
「サンタさん。やっぱりわたしはダメ。ここで終わり」
手に取った輝夜月の刃を首元に当てる。
「ミリアちゃん、クロノちゃん。ごめんね。こんな姉でごめんね」
「やめてください! 姉さん!」
「姉ちゃん! やめてくれ!」
姉妹の嘆きの絶叫をも聞き流すと刃を首の動脈に当てる
「お嬢さまをよろしくね。ミリアちゃん。クロノちゃん」
「姉さん!」
「姉ちゃん!」
エリスは刀を持つ腕に力を入れそのまま引き抜く
「やめて! やめてよ! エリス」
聞こえてきた金切りの大声にエリスは腕を止める。
「お、お嬢さま……」
「どうしてそんなことするの!?」
二階の階段踊り場の手すりから乗り出した白い高級なシルクの布で創られたネグリジェを着た少女が叫ぶ。。
「私は! ですがお嬢さまに大変な事を……」
「何? 聞こえないよ?」
「私は! お嬢さまに大変な事をしてしまいました」
「そんな事気にしてない! 私は大丈夫だから死ぬなんてやめて!」
「ですが私はお嬢さまのお身体を不自由にしてしまいました!」
「サンタさんが治してくれたから私の身体なら大丈夫だから! ひとりでここまで歩いて来たんだよ!」
「……」
「ベットから出れなかった私が、部屋から出られなかった私が、歩けなかった私が、ひとりでベットから出て、部屋のドアをひとりで開けて歩いてここまできたんだよ! だから……これから外だっていける! いっしょにお出かけだっていける!」
「お嬢さま……お嬢さまーーーーーーー!!」
手に持ったミリアの刀、輝夜月を落とし階段の上階にいる少女に思いっきり大きな声で叫び自分も膝から崩れ落ちる。
「エリス……待ってて! 今そっちに行くから!」
おぼつかない足取りで階段を下りる。階段の手すりを頼りに一歩、一歩と一段ずつゆっくりと降りる。
「お嬢さま……」
エリスは少女に導かれるように一目散に駆け寄る。駆け寄るが階段を駆け上がらず一番したで少女を待つ。
そして、待つこと数十分。手すりを頼りに階段を降りた少女を階下を待ちうけたメイドが抱きとめる。
「申し訳ありません……申し訳ありません……」
「エリス……」
抱き合う二人。涙を流し抱き合う二人を見つめセツナは落ちたミリアの刀、輝夜月を拾い上げミリアの元に歩み寄る。
「セツナさん」
「じゃあ、もう大丈夫そうだからわたしそろそろ帰りますね」
輝夜月を渡しそう告げる。
「それと、最後に一言」
セツナの真剣な眼差しにミリアは気を引き締める。
「これからお嬢さまにウソをついて下さい」
「ウソ……ですか?」
「そうです」
「なぜですか? 私たちはお嬢さまに仕える身です。主に対してそのような行為はとうていできません」
「あのお嬢さま純粋です。純粋であるが故に人を疑う事を知らない」
「それでいいではありませんか」
「確かにそれがお嬢さまのいい所でもありますが、ありますが、同時に『疑心』が欠落していると言えます」
「疑心が欠落?」
「はい。思い出してください。わたしがアメを差し上げた時の事を。あの時お嬢さまはなにも疑わずに『オレンジ味』と言ったのアメを口に運びました。
もしこのアメに毒が盛られていたらどうしますか? まあ実際に睡夢草の粉がまぶしましたけど」
「それは、また……あのような蟲を……姉さん以外の誰かに体内に埋め込まれるというのですか?」
一瞬、逡巡したのち苦い顔をし『蟲』と漏らす。
「ゼロではないと思います。今のお嬢さまは疑う事を知りません。これから先、外出の機会が増えるだろうし、もしかしたら魔術師学院に通うようになるかもしれません。ヒトを疑うココロを持たないときっと何かの事件や事故に巻き込まれます。必ず」
「必ずですか……なぜそう言い切れるのです?」
「……裏切られた……憧れていたのに、焦がれていたのに……」
「セツナさん?」
セツナは空を見上げる。見上げた空は暗く、二つの月が綺麗に輝く。その空の向こう、その月の向こうにある蒼い思い出をいやがおうなく引き出される。
あの時もこんな綺麗な双子満月だった。
夜空にぽっかりと空いた二つの円形の月を見つめる。
「セツナさん……?」
もう一度名前を呟く。その横顔は月明かりに照らされてとても寂しそうだった。
「あ、ごめんね。浸っちゃって。話戻すね」
「えっ? ええ」
「それで、すべての言葉にウソをまぜるのではなくて十の言葉の内、一つのウソを混ぜてください」
「十の言葉の内に……ひとつのウソ……」
「ええ、それで大丈夫です。いつかすこしずつ疑心が芽生えます」
「……なぜか……気乗りしないのはなぜでしょうか……」
「えっと……お嬢様の成長のためと思って一つお願いします」
「はぁ、わかりました」
しぶしぶ納得したミリアに別れを告げ大きな扉のノブに手をかける
「あっ、そうだ」
何かを思い出したのか振り向き再びミリアの方へと歩み寄る
「どうしたのですか?」
「えっと、姉の責任は妹が取るっていうのはアリですかね?」
後頭部をポリポリとかきながら申し訳なさそうに尋ねた。
「は? 姉さんが何かしたのですか?」
「えっとですね……」
こっそりと耳打ちをし密かに話し出した
◆
「トナカイさ〜ん、お待たせしました!」
上空で待機しているトナカイに呼びかける。
「どうだ、終わったかぁ〜」
「は〜い、万事完了で〜す」
「わかった。今行く」
トナカイは空飛ぶソリを引き地上へと降りてくる。
「よし、帰るぞ、忘れ物はないな」
「大丈夫です帰りましょう」
空飛ぶソリに乗り込み左外壁を引き上げ沙羅双樹を差し込む。
「よしっ! じゃあ行きますか」
引き上げたソリの外壁を押し込み元に戻しながら飛び立つ空を見上げる。雲ひとつ無い夜空、双子月が輝く空。
『終わったんだ』と誰にでもなく呟くセツナ。同時にトナカイは前足で空を蹴り空へと飛び立つ。空を駆けるトナカイとソリ。
月の光に映える紅い服。なびく髪が今 空にいることを思い知らされる。
ふと、セツナが屋敷を見るとセツナが侵入したバルコニーからエリスとその主の少女が手を振っていた。大きく大きく大げさに手を振る二人を見てセツナもまた、ソリから大きく大きく大げさに二人に見えるように手を振って返した。
「本部に帰ったらケーキだぞ」
「わかってますよ。イチゴがたっぷり乗ったケーキを用意しますよ」
こうして、一人前のサンタになった少女の最初の聖夜が終わりを告げた。
(来年もここにくるんだよね……また戦うのかな……)
と、来年の不安を抱き夜の空へと消えていった。
◆
「さてと、もうすぐ来るかな」
あの夜から二週間後、サンタクロースの少女は再び広大に敷地にある屋敷の門へと訪れていた。訪れたと言っても今回は空飛ぶソリで訪れたのではない。
自宅(サンタクロース本部)から蒸気列車を乗り継ぎ、徒歩でここまで来たのだった。もちろん、今日は紅いサンタの服ではなく赤いベストに白い長袖、その下に白いワイシャツを着こなし、ぶかぶかのズボンを穿いていた。そしてなぜ、セツナは再びここに来たかたは理由があった。
「でも、なんて沙羅も持って来てなんて書いてあるんだろ」
手渡された紙には住所のほかに『屋敷に来る時には刀も持って来てください』と明記してあった。
「う〜ん、なんだろうな〜 わたしの刀を見たいのかな〜 そんなに珍しい刀でもないのにな〜」
刀自体に意思があり、なおかつ条件が揃うと変化する刀などこの世界に何本も無いのだが悲しいことにセツナはその事に関して自覚が無いようだ。
その選択肢しか思いつかないが玉にキズなのだが。
「あっ! 来た、お〜い、ミリアさ〜ん!」
セツナに向かい歩いてくるあの時と同じメイド服を着ているミリア。その両手には大きな板が持たれていた。
「お待たせしました。セツナさん」
「どうも、お久しぶりですミリアさん」
お互い挨拶をし、ミリアはさっそく両手に持った板をセツナに差し出す。
「では、約束のウイングボードです。姉さんが壊したのがどの製品だったか燃え尽きてわからなったので一番最新の機種を買いました」
差し出されたウイングボードを受け取った瞬間、目が大きく開くほど仰天した。
「ちょっ! これって、ライトニング社の疾風じゃないですか! いいんですか? こんな高価な最新機種!」
店頭で見かけた最新ボードが目の前にある。それだけで興奮。テンションもハイになり食い入るようにウイングボードをまじまじと見つめる。
「姉さんがお詫びにと。それとそのボードにはスカイボードと同じ風の飛翔回路が組み込んであります。数分ですが空を飛行できますって……聞いています? セツナさん」
セツナはウイングボードにほおづりをし、『ああっ、すごくいいフォルム……』とつぶやきうっとりとしていた。
「……セツナさん、慣らし走行しますか」
少しあきれ気味で提案したが案の定、セツナは乗り気で『慣らし走行?! します!』と元気よく答えた。
「では、その前に少し私の練習相手を務めていただきます」
そう言いミリアは腰に携えた輝夜月を抜く。
「へっ?」
すっとんきょうな声を上げるセツナにミリアは畳み掛ける
「何のためにその刀を持って来てもらったと思ってるんですか?」
「えっと……あはは、どうしてもやらないとダメなのかな?」
先ほどの自分の甘さを自身で苦笑する。
「ダメです。でなければそのボードを返して頂きます」
「え〜〜〜……わかりましたぁ。じゃあ、ミリアさんの気が済むまで付き合いますよ」
観念したのかセツナも沙羅双樹を抜く。
「では、行きますよ」
「確か、『練習相手』だったはずですよね?」
「ええ、そうです」
「じゃあ、なんでそんな本気モードなんですか?」
正眼の構えをするミリアから発する闘気は聖夜の夜に対峙したそれとまったく同等のものだった。『目の前のサンタを殺す』それと同じ。
すべてを排除するあの時のまったく同じ闘気だった。
「同じ刀での練習相手はなかなかいないので。本気で行きます」
「言っておきますけどそれって練習じゃなくてただの勝負ですよ」
「そうですね。訂正します。セツナさん、初めに勝負をしましょう」
(そっちの訂正!)
心で大きく絶叫しツッコミを入れる。
「では、始めましょう」
「わかりました。そっちが本気ならわたしも本気で行きます」
お互い目先に剣先見据えまっすぐ刀を構える。静寂が包み風が一瞬の突風を生み落ち葉が舞い上がり互いの髪がなびく。
「「いざ尋常に! 勝負!!」」
二つの声が重なり同時に駆け出した。
そして、森には鋼が打ちあう打撃音が鳴り響いた。
聖夜幻想物語 完
オマケ/学園セツナちゃん・MNP開始記念版
※注:ここからは本編とはまったく無関係で物語が進みます。Ifの物語としてお読みください。
「アスカ〜お昼一緒にたべよ〜」
紺色のブレザータイプの制服を着た白雪刹那は教室のドアを勢いよく開いた。教室内には意外と生徒が多い。どうやら2ーBでは学食派はあまりいないようだ。
セツナは目的の人物の席まで一目散に進む。いつも座席の最後尾、窓際の席に座る黒髪のツインテールにミスマッチな青い瞳の少女、名を蒼羽飛鳥の元にたどり着く。
「アスカ、お待たせ」
「別に待ってないわよ」
アスカはおにぎりを食べながらカタログか何かを読み、冷たい返答。しかしセツナはお構いなしに隣の机とイスをアスカの机にくっつけ腰を下ろす。
「あれ、なにケータイ変えるの?」
セツナは持ってきたお弁当を広げアスカの読んでいた携帯電話もカタログを覗き込み訊く。
「うん、ダケモから変えようと思ってね」
「キャリアごと変えるの?」
セツナは少し驚きアスカはカタログから目を離さずに『そう』とひとつ頷いた。
「アスカさ〜ん!」
その時勢いよく教室に突入する女生徒がひとり現れた。
「やりました! 入手困難なWVI手に入れました!」
女生徒が高々と掲げた手の先には弁天堂最新ゲーム機WVIの箱があった。
「マジでか! さっそく今夜遊ぶわよ!」
アスカが歓喜の表情で叫ぶ。
「はい!」
なぜか勝ち誇った面持ちでセツナとアスカの元へと歩む少女の名は緋波真奈。栗毛色の長い髪と紅い瞳が印象的な少女だった。
ちなみにアスカとマナはとある事情で一緒に住んでいる。
「いや〜午前中に学校さぼって買いに行った甲斐がありましたよ」
セツナに『あ、セツナさんこんにちは』と一言交わし、アスカの席に向かい合わせに机をくっつける。そしてWVIの入った袋を自分の机の金具に引っ掛け、再びセツナとアスカの元へと向かう。
「お腹すきましたぁ〜」
WVIの袋と入れ替えに自分の鞄を持ってきたマナはその中からお弁当を出し
机上に広げる。
「ねぇ、マナっち、制服のままで大丈夫だったの?」
「はい、わたしの制服無改造なんで地味なんです」
マナの制服は紺色の背広型ジャケットにスカート、胸にはリボンといった天楼学園標準の制服。そしてセツナの学園では制服の改造が認められている。制服と判断できる程度までだが、それでも生徒は自分の好みに制服を変えられるという事でこの学校を選んでいる生徒も少なくない。ちなみにセツナはスカートを若干短くしブレザーの肩口に大きなボタンを縫いつけ胸元はリボンではなくネクタイを締めている。アスカはというとスカートはセツナと同じだがサイドからサスペンダーのベルトを垂らしブレザー下からは白いワイシャツがだらしなくはみだしている。
「あれ、なんですか? ケータイ変えるんですか?」
マナもアスカの携帯電話カタログに目をやり訊いてくる。
「うん、ダケモから変えようと思ってね」
カタログから目を離さずセツナと同じ返答をする。
「ちょっと待ってください! そ、それってMNPでダケモから他キャリアに変えるって事ですか!?」
「そだよ」
「駄目ですよぉ〜私のダケモのファミリー割引が適用されなくなるじゃないですか!」
さも悲しい顔でアスカに懇願するがアスカは『大丈夫、ひとりでも割が新設されるから』と
いい、ダケモカタログを見せる。
「でもぉ〜私はアスカさんと同じキャリアがいいんです!」
「じゃあ、わたしと一緒にMNPするの?」
「はい! 私もモバイルナンバーポーダビリティーします!」
「いいの? あんた確かこの前機種変したばっかじゃないの?」
「いいんです! アスカさんと一緒なら」
マナの強い決意を受け止めアスカは『わかったわよ』と言った。
(携帯かぁ〜 そういえばもう何年も変えてないな〜)
セツナは自分の携帯をブレザーの胸ポケットから取り出す。セツナの携帯電話は年季の入ったストレートタイプの携帯電話だった。メールは送れるが絵文字は使えず、ネットには繋がらない(携帯専門コンテンツなら接続可)液晶最大表示色数はモノクロでたったの4色。
さらに今では当たり前のカメラ機能がない。ディスプレイサイズも一・五インチの小さい画面だった。見るからに時代遅れの携帯だ。
アスカとマナを見る。二人はEU携帯カタログを見てなにやら話している。そして、誰も見ていないダケモとミストバンクの携帯電話カタログが放り出されている。
セツナは携帯を机上に置きミストバンクの携帯電話カタログを手に取りページをめくる。
(へぇ〜最近の携帯はすごいな〜画面がカラーなんだ。ワンセグ? ぶ、ぶるーとぅーす? なにコレ? えっ、なに? 携帯で音楽まで聴けるの!?)
最近の携帯事情に驚きを隠せないセツナ。ふと、ひとつの携帯電話で目が留まる。
(この携帯変わってるな〜横にスライドするんだ)
その携帯は液晶テレビが有名なメーカーが手がける携帯で液晶画面が縦から横に変形する携帯だった。
「セツナさん。こなたケータイに興味ありですか?」
「こ、こなたけーたい?」
話しかけたマナはニコニコしながらセツナの眼鏡に止まった携帯とセツナを交互に見る。
「マナ、そんなマニアックなことセツナがわかるわけないでしょ?」
「でも、最近は正式名称よりこなたケータイのほうが広まってますよ」
「それは一部の地域だけでしょうが」
「まあ、そうですけど…」
二人はある程度会話をするとアスカが「セツナはその携帯でいいの?」と突然話を振ってきた。
「えっ? わたしは別に変えるなんて言ってないよ?」
「いい機会だから変えなさいよ。そんな古い携帯なんて使ってる女子高生いないよ」
「そうですよ。このこなたケータイにしましょうよ」
二人の勧誘にう〜んと、セツナは悩む。携帯電話なんて電話ができればそれでいいと考えるセツナは機種変にはまったく興味なかった。今日までは。しかし、何年ぶりかに見た携帯電話のカタログに載っていた携帯電話のフォームはとても魅力的だった。
しかしセツナにはひとつネックがあった。それは値段だ。携帯電話は高い。一度ショップで見た値段は二万〜三万が占めていた。
「でも、値段が高いんでしょ?」
セツナの質問に二人は「はぁ?」とすこしあきれ顔をしてセツナを見た。
「セツナはホントに携帯に疎いね。いい携帯には……」
「アスカさん。わたしに説明させてください」
アスカの言葉をマナが遮り説明を買って出る
「セツナさん。いいですか? 携帯の値段は使用期間によって決まるんです」
と、マナが携帯電話の値段のなんたるかの説明をはじめる。
「使用期間?」
「そうです。見たところセツナさんのケータイはだいぶ年月が経ってますね?」
「うん、だいたい五〜六年かな?」
「なら、二十四ヶ月以上ということになります。それだったら型落ちモデルで大体五千円から六千円で機種変できます」
「えっ!? そうなの?」
驚愕の事実を叩きつけれたセツナの顔は双眸が見開く。
「なおかつMNPを行使すれば最新機種が新規の値段で買えます。ですがこれはキャリアを変えるのが前提ですが」
「うんうん」
「そしてさらに安くなる方法があります」
「なに? なに? それはなに??」
セツナは興味津々でマナの話を聞き入る。
「キャンペーンを利用することです」
「キャンペーン……」
生唾をごくっと飲み込みマナを言葉を待つ
「そうです。だいたい各社キャンペーンを行う時期があります。そのキャンペーンを利用することによって約五千円は安くなります」
「ほんとに?」
嬉々としてマナを言葉を一言一句聞き漏らさずに構える。
「はい、ですが注意してほしいのが各社異なりますが、キャンペーン対象機種、割引適用条件があります」
「対象機種ってのはわかるけど、割引適用条件って?」
マナはアスカのポカリを一口飲む。アスカは「ちょっと!」と咎めるがマナはお構いなしに話を続ける。
「割引適用条件というのは契約時に特定の割引サービスや年間割引サービス、それとパケット通信料定額サービスに加入することです」
「そんなに加入するの? それって確か月々の基本料金に上乗せされるんだよね?」
「ええ、年間割引サービスは料金はかかりませんがそのほかは上乗せされます。ですが考えてみてください。契約時に割引適用サービスに加入しても別にずっとそのサービスを利用しなければいけないということは一言も書いてません」
「……どういうこと?」
「つまり、契約時にサービスに加入して新しい携帯を手に入れてしまえば、あとは利用するか解約するかは私たちで決められるということです」
「それって……つまり……」
ズズっと顔がマナに近づく。
「そうです。契約してすぐ解約してしまえば月々の使用料は抑えることができます」
「なるほど……」
「要約すると、セツナさんの場合は、MNPをしてさらにキャンペーンを使えばかなり安くケータイをゲットすることができまし、MNPをしなくても安く機種変することができます」
「なんだろ? なんかすごい機種変したくなってきた」
「そうですかじゃあさっそく、明日は土曜なんで行きましょう!」
こーして、セツナはマナの説得により機種変することとなった。
もちろん最後の最後でセツナが「ところでMNPってなに?」と訊いて来たのは言うまでもないことだった。
「ちょっとォォォォォォ! なにやってんですかァァァァァァ!」
アスカとマナは今日購入したWVIをさっそくテレビに接続し、ファミコンゲームをダウンロードした。ダウンロードしたゲームは後々カートで爆走したりゴルフやテニスをこなすようになる国民的なヒゲのおじさんが初めてお姫様を助け出すゲームだった。
マナはアスカのふがいないプレイでお怒り気味だった。それはそうだろうなぜならアスカは一番最初の敵、クリ坊でなにもせずに突っ込んだのだから。
「なに? このゲーム攻撃とかできないの?」
「Aボタンでジャンプして踏むんですよ!」
「どこよ? Aボタンって? あ、これ?」
「ちょっ! そこのAボタンじゃないですよォォォォォォ! Aボタンはここです!」
アスカはWVIのワイヤレスコントローラー十字キー横のAボタンを押した。もちろん何も起こるはずもなくクリ坊に当たり、軽快な音と共にヒゲのおっさんの残機が一人減った。
「ここ? ここ2って書いてあるじゃん! ここ2ボタンじゃん!」
「あ〜〜〜〜〜もう! このゲームはファミコンなんですから1をBボタン、2をAボタンとして捉えてくださいよ!」
「ふ〜ん、わかった」
マナのゲーム操作のノウハウを教わったアスカはゲーム再開。
「アスカさん……Bダッシュでお願いします」
「おっけい」
Bダッシュした瞬間、クリ坊に当たり軽快な音と共にヒゲのおっさんの残機が一人減る。
「……なんとなくわかってましたよ……」
画面には悲しい音と共に『GAME OVER』と映し出されていた。
こーして、アスカとマナのWVI初プレイの夜が更けていった。
土曜日 午前十一時三十七分 アキバ、エドバシカメラ前
「セツナさん、遅いですね」
「う〜ん、なにやってんだろ? セツナのやつ」
アスカとマナは待ち合わせ場所であるアキバエドバシ前でセツナを待つ。今日は休日なのでアスカは大き目の白のワイシャツに緩く締めた紺のネクタイに黒のミニスカート、足にニーソックスを履いた格好。マナは白いワンピースに同じく白のカーディガンを羽織っている。
あはは〜バルサミコ酢〜 あはは〜バルサミコ酢〜
マナの鞄からから音声が流れてくる。マナは鞄の中から着ボイスが流れる携帯を取り出し着信相手を確認する。
「あ、セツナさんからだ。もしもし。セツナさん」
携帯の通話ボタンを押しセツナとの回線を繋ぐ。
《あ、マナっち? あのさ、エドバシカメラってどこにあるの?》
「その前に、セツナさん今どこですか?」
《えっと……アキバの駅だけど》
「アキバのどこですか?」
《……ただっ広い、広場みたいな場所かな?》
「じゃあ、右のほうにケータイショップみたいな店ありませんか?」
《うん、あるある》
「なるほど、そこは電気街口ですね。ひとつ訊きますけど、改札から出た時、右からでませんでした?」
《右からでた》
「では……あっ、そこで待っててください。今から迎えに行きますから」
《ホント? ありがとう》
「では、十分くらいで着きますから」
《うん、待ってる》
「じゃあ、待っててくださいね」
《わかった》
マナは通話ボタンを押し通話を終える。
「セツナなんだって?」
「ここがわからないみたいなんで、ちょっと迎えに行ってきますね」
マナがアスカのそう告げるとアスカは「わたしも行くよ」と言ってマナについてきてくれた。
こーして二人はマナの待つ電気街口へと向かったのだった。
◆
「秋葉原って……すごい混んでるなぁ〜」
駅中か駅外か微妙な位置にあるコンビニでアップルジュースと買いアスカとマナを待つセツナ。
「もうすぐこの携帯ともお別れか」
鞄から携帯を取り出し思い出にふける。過去に届いたメールやアドレス帳を開く。
(そういえばミリアさん、元気にしてるかな〜)
交換留学生だったミリアから届いたメールを読み彼女の事を思い出す。
(生真面目で、いい人だったな〜)
「あれ? セツナちゃん?」
「へっ?」
突然の声にセツナは携帯から目を離し目の前の人物を見る。
そこにはアスカと同じような服装で金髪のショートカットで左右の瞳が蒼と紅のオッドアイの同じクラスである衛宮華鈴がいた。
「やっぱり、セツナちゃんだ」
「カリンちゃん?、こんなところで会うなんて珍しいね。どうしたの?」
「アクアちゃんとアキバ名物のラーメン缶を食べにね」
「アクアちゃん?」
「ああ、ごめん、私の友達で今、桜華学園に通ってるんだ」
「桜華学園って、ものすごいお嬢様学校じゃない? すごいね桜華に友達がいるなんて」
「まぁね」
カリンはテレながら後頭部をぽりぽりと掻く。
「ねぇ、セツナちゃん、こんなところでこんなことを訊くのもなんだけど……」
「なに?」
カリンは歯切れの悪い口調で切り出す。
「騎士道部に戻ってこない? 騎士長も戻ってきてほしいみたいだし……あれはセツナちゃんが悪いわけじゃ……」
「ごめんねカリンちゃん。もう決めたことだから。わたしは武士道部でアスカと頑張るよ」
「……そっか」
セツナは笑顔でカリンの出戻り説得を遮り断った。カリンの顔は少し寂しそうだった。セツナは少し心が痛んだ。
「カリ〜ン、お待たせ〜」
二人の沈黙を破ったのは白と黒のゴスロリ服を纏った少女が手を振ってこっちにやってきた
「あ、アクアちゃんだ。ごめんね、わたし行くよ」
「うん……」
「さっきの話、気にしないでね、じゃあね。また学校で」
「うん、バイバイ」
お互いに笑顔で手を振りカリンは去っていった。
「お〜い、セツナさ〜ん」
「あっ、マナっち、アスカ」
マナの声を聞き振り返る。入れ違いで今度はアスカとマナがセツナの元にやってくる。
「お待たせしました」
「ちょっと、セツナ。あんたまた迷ったの?」
「えへへ〜」
二者二様の開口にセツナは笑って返す。
「じゃあ、さっそくMNP予約番号をゲットしに行きますか」
マナの先導に二人は頷いた。
三人はまず、利用しているキャリアが同じなのでアキバのダケモショップでMNP予約番号を取得し満を持してアキバエドバシへ。前日の相談の結果、乗り換えるキャリアはミストバンクにすることに決めていた。最大の決め手は基本使用料の安さと同じミストバンク携帯同士なら時間帯制限があるものの通話料無料ということだった。
エドバシ一階携帯コーナーは土曜日ということもありそれなりの人ごみがあった。三人は携帯コーナのミストバンクコーナーへ赴き携帯選びをそれぞれ開始した。
セツナは当初の予定通りこなたケータイことアイオクケータイに決める。アスカはある程度便利機能があるスリムケータイをチョイスした。
「……マナっち〜〜まだ決まらないの〜」
「もう少し待ってください」
「一時間半くらい迷ってんじゃん」
「もう少し待ってください」
呆れ声の二者二様の質問にマナは同じ返答で答える。
「これにしよっと」
長い時間悩んだ結果、マナはスライドワンセグケータイを選んだ。そして、三人は機種変の為に店員さんに声をかける。さすがに一人で三人は対応できないので店員さんは応援を呼んだそれぞれ一人ずつ店員さんが付き、自分たちがMNP希望と告げるとキャンペーンの説明が始まる。説明を受けるとするとカウンターへ案内され書類を書きMNP予約番号が書かれた紙を渡す。
「では、携帯お渡し時間は、そうですね〜約一時間半くらいですがよろしいですか?」と言われセツナは『長いな〜』と思いながらも素直に『大丈夫ですよ』と、いい頷いた。
「お待たせ」
「何時間待ちだって?」
「わたしは一時間半だった」
「わたしも。みんな同じくらいかな?」
アスカとセツナはそう会話しながらマナを待つ。
「お待たせしましたぁ〜」
軽快な声と共に数十分の時を経てマナが帰還する。
「マナっちは何時間待ち?」
「一時間半くらいです」
「みんな同じだね」とセツナが言うと「そだね」とアスカが返す。こーして一時間半の暇つぶしにと三人はゲームセンターへと向かう。一階から三階までがゲームセンターで地下が同人ショップという変わった構成の建物へと足を踏み入れエスカレーターで二階へと向かった。
二階はパズル・シューティングゲーム・大型カードゲームフロア。アスカはシューティングゲームをプレイしマナは三階で対戦格闘ゲームをプレイするためにエスカレーターに乗り三階へ。
◆
「うわ、なにこれ? 弾すごくない?」
アスカがプレイしたのは『怒首パッチ大往生』という弾幕系シューティングゲームである。普通のシューティングゲームと何が違うかというと画面を覆いつくすほどの弾数だ。
「最近じゃ大体のシューティングは弾幕系よ」
マナにしゃべりながらもアスカは画面を覆う弾幕の間を縫うように避けていく。
「へぇ〜 うまいね」
「まあね、セツナもやる? 意外と動体視力鍛えられるよ?」
「ほんと?」
そういうとセツナはアスカの隣に座り硬貨を一枚投入口に投入。プッシュスタートボタンを押し機体を選択し弾幕が飛び交うアスカが待つ戦場へと降り立つ。
数十分後。アスカは第四ステージでゲームオーバーになり席を立つ。ちなみにセツナは弾が避けきれずわずか一分でゲームオーバーとなっていた。
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「落ちろ!」
「直撃! くっ、まだだ! まだ終わらんよ!」
ゲームセンター三階ではマナはアップライト型筐体でのゲームである宇宙世紀で活躍するロボットの対戦ゲームプレイしていた。念のため言っておくがもちろん実際に叫んでいるのではなく心の中で叫んでいる。
マナの使用機体は金色のMSである『百七式』で対戦相手の髪が真っ赤な少年はその髪の色と同様の真っ赤な機体の『リック・ディロス』だった。直撃された百七式はダッシュしリック・ディロスから距離を離しバルカン砲で威嚇射撃をし、ビルの後ろの隠れる
「機体のダメージが大きい……これでは機体がもたん!」
「見つけたぞ! 金色!」
「見つかっただと! ええい!」
百七式はすんでのところでビーム射撃をかわし、ビームライフルでの反撃をする。
「迂闊だな!」
空中に飛び上がりそのままエアダッシュで百七式へと追撃をかけた。射撃の硬直で動けない百七式はリック・ディロスのビームサーベルの攻撃をまともに受け後方にふっ飛んだ。
「まだ! たかがメインカメラがやられただけだ!」
このゲームにメインカメラという概念はないのだが機体が動くのでそう叫んでいた。もちろん心の中で。
「もらった!」
ととめとばかりにリック・ディロスが百七式にダッシュで近づく。
「当たらなければ、どうと言う事はない!」
百七式は青色のオーラをまとい高速で回り込みダッシュをかけリック・ディロスの背後に回った。
「なんだと!」
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
百七式のビームサーベル攻撃が連撃コンビネーションでリック・ディロスに直撃。
「な、なぜだ! う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
機体が真っ二つになり爆音と共にリック・ディロスが煙をあげ爆発する。
「それは、坊やだからさ」
自販機で買ったアルミ缶の緑茶を一口飲みながら言う。何度も言うが心の中で、である。そして、これはゲームである。実際には対戦相手の赤い髪の男の子は何食わぬ顔をして立ち去っていった。
その後マナは二階に降りてセツナとアスカと合流し三人はUFOキャッチャーやパズルゲームをプレイし時間を潰した。
「アスカ、そろそろ戻ろっか?」
「ん、そうだね」
セツナが腕時計を見て促す。それに習い二人も携帯の時計の時計を見て確認する。
「では、エドバシに戻りますか」
マナを先頭にして三人はゲームセンターを後にしたのだった。
「こちらがお客様の機種変更された携帯電話でよろしいでしょうか?」
ミストバンク携帯受け取りカウンターで女性店員さんが実物のこなたケータイ見せてセツナに確認してもらい「そうです」と頷く。
「はい、アドレス帳は前の携帯から引き継いでいるので改めて入力する必要はありません。あと、お客様はMNPでの機種変なので電話番号の変更はございません。ですが、メールアドレスだけは引継ぎできません。当店で新メールアドレスをアドレス帳に登録されているメールアドレスに一斉に告知できるサービスを実施中でですがご利用いたしますか?」
と、いう店員さんの問いかけにセツナは『いえ、結構です』と伝えた。
「かしこまりました。では、事務契約手数料ですがこちらは初回の請求時での請求となりますので今回はお支払う必要はございません。以上で説明は終了致しますが質問等はありますか?」
セツナは「いえ大丈夫です」と答える。
「はい、ではこちらの携帯はすでに使える状態となっております。すぐに携帯はお使いになりますか?」
「えっ? もう使えるんですか?」
思わず聞き返す。すると女性店員さんは「はい、すでに契約は完了しているのでお使いになれます」と答えた。
「じゃあ、使います」
「では、どうぞ」
新しい携帯を受け取りセツナはうっとりと眺めてしまった。
「お客様、今回は携帯電話本体の金額のみとなります。お客様は割引適用条件を満たしているので、一万六千円となります」
「えっ? あ、はい」
軽快にレジを叩き金額表示ウインドウに金額が打ち込まれる我に返ったセツナは一万六千円ちょうどを出し払う。
「ポイントカードをお持ちですか?」
「あ、いえ持っていません」
「お作り致しますか?」
「えっと、今回はいいです」
「かしこまりました。では、一万六千円ちょうどお預かりいたします」
ポイントカードの作成を断りやっとお金を受け取ってくれた女性店員は慣れた手つきでレジを打ちレシートを引き出す。
「では、レシートのお返しとなります」
レシートを受け取り次に前の携帯と新しい携帯の箱が入った紙袋を受け取る。
「ありがとうございました」
笑顔で見送られセツナは携帯を開きながら歩き出す。
「おかえり」
「セツナさん、新しいケータイはどうですか?」
アスカとマナも新しいケータイをいじりセツナを迎える。
「なんか……すごい感動!」
セツナはケータイ画面を横縦、横縦にしながら感動している。
「さてと、このあとどうしよっか?」
「お昼ごはんを食べませんか? エドバシの八階に食堂街があるらしいですよ?」
「どうする? セツナ」
「うん、いいんじゃない?」
ケータイをいじり上の空で返答する。
「……ダメだ、夢中になってるよ」
「まあ、いいじゃないですか。五年ぶりの新しいケータイだったら夢中になりますよ」
「そうかな? 夢中になりすぎじゃないの?」
「まあまあ、セツナさん行きますよ」
マナがセツナの腕を引っ張りその勢いでアスカの腕を開いている左手で掴む
「ちょっ!」
「さあ、ごはんを食べましょう。実はお腹ぺこぺこで歩けないんですよ」
「歩いてるじゃん! 力強く踏み出してんじゃん! なんか力強く腕掴んでんじゃん!」
と、言うアスカのツッコミを無視しマナは二人を引き連れエレベーターへと向かうのだった。
セツナは終始ケータイをいじっていたのは言うまでもないことだった。
オマケ/学園セツナちゃん・MNP開始記念版・完
最後まで読んでいただきありがとうございます。間宮冬弥です。これにて『聖夜幻想物語』は最終回です。どうでしょうか? 面白かったですか? オマケはMNPで何か書いてみたいと思い書いてみましたが、途中かなりおかしなことになってしまいました。反省です。では、反省しつつこの辺で失礼します。