見透かされた恋
どれ程のボールを体に受けただろうか? 気が遠くなるほど、長い時間のようにも思えた。
逃げ出そうと思えば逃げ出せる。野球を辞めるのは、簡単な事だ。しかし、今辞めても何にもならない。
「もう、止めて!」
「私からもお願いします」
全身泥だらけの僕を見て、佳奈さんと千秋は言った。その言葉を聞いて、情けなくなった。無理だと思われ、同情されているのだ。
その言葉を跳ね返すように、声を振り絞る。
「住田さん……まだ、やれます。続けてお願いします」
「いい返事だ! 行くぞ!」
――キィィィン――
――ドスッ――
「お願いします」
僕一人の為に、ノックは二時間続いた。
――これ以上、先輩達に迷惑が掛けてはいけない。
そんなプレッシャーの中、遂に僕のグローブの中に白球が吸い込まれたのである。
――ザシュ――
それは何とも心地好い音で、今までの疲れが吹き飛ぶようだった。
「山岸……よくやった……次、ショート!」
住田さんはニッコリと微笑み、労いの言葉を掛けてくれた。
それは太陽が空高く、天辺まで昇りつめた時のことだった。
◇◇◇◇◇◇
「痛ててて……」
合宿一日目のメニューが終わり、顔を洗うと全身の痛みが僕を襲った。アザだらけである。
「お前のガッツには、恐れいったよ。プレートでのステータスアップが楽しみだな」
「内藤も凄かったな……感心したよ」
「へへへ……」
お互いの健闘を称賛し、泥だらけのユニフォームを脱いだ。
「さぁ、皆~。ご飯の用意が出来てるわよ」
佳奈さんが皆に呼び掛ける。
この匂いから察すると、カレーのようだ。僕はカレーが大好物なので、余計に腹が減った。
そんな事を思っている僕の裏で、こんな会話がされていたとは知るよしもなかった。
◇◇◇◇◇◇
一時間前……。
集会所の台所では、千秋と佳奈が夕食の準備に取り掛かっていた。
育ち盛りの部員達の胃袋を満たすには、大量の食材が必要である。 そこで二人が考えたメニューはカレーだ。比較的安価で、調理も楽だ。
「千秋ちゃん、それじゃ、ジャガイモの皮むきお願いね」
「はい」
勿論、面識はあった二人だが、それは蓮を通してのこと。会話が続かないことに気付いた佳奈は、何の気なしに恋愛の話を振ってみた。
「ねぇ、千秋ちゃんて、好きな子いるの?」
「えっ!」
突然の佳奈の質問に、取り乱す千秋。途端に耳を真っ赤にし、うつむいた。
「わ、私のは……無理ですから……」
「千秋ちゃん、最初から諦めちゃ駄目よ。山岸君だって、あんなに頑張ってんだから……」
佳奈は悪戯に、蓮の名前を出して振ってみた。これこそが、佳奈の狙いである。
その反応を見れば、千秋の想いは一目瞭然。
「れ、蓮ちゃん……。佳奈さんてば、意地悪です……」
千秋は、甘えた声で佳奈に返した。
更に千秋は続けて尋ねた。
「佳奈さんはどうなんですか?」
「わ、私? ひ~み~つ」
「ズルいですよ~」
「さ~て、仕上げに取り掛かりますか~」
千秋は佳奈に上手くはぐらかされ、自分の想いだけを悟られてしまったのだ。
◇◇◇◇◇◇
当然、僕はそんな会話の真相を知らなかった訳で、のんきにカレーをガツガツいただいていた。
「うめ~な~。おかわり」
「俺も~」
男は単純である。僕と内藤は、カレーおかわりバトルを繰り広げていた。