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あの夏を忘れない  作者: エイノ(復帰の目処が立たない勢)
第三章 キャプテンとしての役目 三年生編
88/88

あの夏を忘れない

 3-3。

この回を投げ抜き、延長戦に持ち込む。

夏を終わらせない為の最低条件だ。

 ここまで積み上げてきた物を無駄にしない為にも、負ける訳にはいかない。

 マウンドの土の感触を左足で確かめ、白球を握り締める。

幾度となく繰り返して来た投球だが、改めてその心地好さを感じた。

 内藤は、ただミットをど真ん中に構える。

今までに何度もあったが、内藤が僕に全てを委ねる合図だ。

 僕は静かに頷き、渾身の力を込め振りかぶった。


――ストライク――


 この試合初めての150km台。

僕の肩はまるで、『まだ、やれる』と言っているかのようだった。

 内藤から白球が戻ると、テンポ良く次の球を投げる。

苦労して覚えたスライダー。

今は完全に自分のモノにしている変化球。


――ブォォン――


――ストライク――


 投げた瞬間、手応えはあったが、見事に空振りを誘った。

 そして、決め球に選んだのはスローカーブ。

須賀に教えてもらった大事な変化球。


――ブォォン――


――ストライク、バッターアウト――


「よし……」


 まずはワンアウト。

残り二つのアウトで反撃に移れる。

 先頭打者と同じように、まずは直球……しっかりとストライクを取りに……。


「!?」


 突然、打者はバットを寝かせる。


「セーフティバント?」


 球威を殺しきれない打球は、中途半端な勢いでサードの箭内に転がった。

箭内なら安心だ。

この程度なら、十分アウトに出来る。

 箭内は丁寧に捕球し、一塁の市原へと送球……。


「あぁ、しまった」


 箭内の投げた球は、市原の遥か頭上を越えていった。

市原も懸命にジャンプをするが、届く高さではない。

直ぐ様、ライトの新井がその悪送球を捕球するも、ワンベース。

ランナーはしてやったりとした表情で、二塁を陣取った後だった。

 練習でも試合でも、こんなミスはしたことがなかった箭内。

やはり、甲子園には魔物が住んでいるのだ。

掲示板には、"E"の横に"1"という文字が記された。


「キャプテン……すみません……」


「ドンマイ」


 まだ負けと決まった訳じゃない。

誰にでもミスはある。

それが今回たまたま出てしまっただけだ。


――チームメイトのミスは僕が埋める――


 僕は気を取り直し、セットポジションに構える。

ランナーを絶対に走らせてなるものかと、睨みを利かせる。

 

 白球の縫い目を確認し、呼吸を整え投げた初球はセカンドの松田へと転がった。

松田はランナーを見て三塁には間に合わないと判断し、一塁の市原へと送球した。


――アウト――っ! ――


 これでツーアウト。

しかし、一打サヨナラの場面。

ここを抑えれば、十回の攻撃が待っている。


「落ち着け……普段通りやれば大丈夫……」


 そう自分に言い聞かせ鼓舞する。

三塁ランナーを背に構えるセットポジション。

 初球投げ放った球は直球。


――ストライク――


 まずはストライク。

二球目はチェンジアップを投げた。

あわよくば内野ゴロに打ち取る算段だ。

しかし、打者はこれを見逃しボール。

ワンストライク、ワンボール。

 ここで内藤が、この回初めてのサインを出した。


――スライダー――


 自分としては直球を投げるつもりだったが、ここは内藤の意思を尊重し、スライダーの握りに変えた。

 ランナーのリードは浅い。

それを確認して内藤の指示通りスライダーを投げた。


――ズバァァン――


 直球に的を絞っていたのか、打者はスライダーを見送った。

直球を投げていたら、打たれていたかも知れない。

内藤の采配も大したものだ。

しかし、打者の選球眼もなかなかのもの。

 内藤は、続けてスライダーのサインを出した。

しかし、三振を取れると踏んだ僕は首を横に振り、スプリット投げたいと主張した。

内藤は渋々それに同意し、ようやくミットを構えた。

 僕の一番の武器……これで仕留める。


「これでどうだ?」


 投げ放った球は打者の直前で、グンと落ちた。

勿論、打者は空振りだ。

しかしだ、あまりにキレが良かった為、内藤は白球を見失い後ろに反らしてしまった。

 それを見た打者は一塁へ走り、三塁ランナーはホームを狙う。


「内藤――っ! 後ろだ!」


 内藤は慌てマスクを脱ぎ捨て白球を捕球するも、既にランナーはホームインした後だった。


「…………負けた」


 ホームベースにカバーに入っていた僕は、そのままそこに膝をついた。

受け止められない現実……。

呆気ない幕切れ……僕達の夏が終わった瞬間だった。

 汗と涙で顔をグシャグシャにする内藤。


「山岸……済まない。俺の所為で……」


「泣くなよ……僕達は、やれることだけのことはやったんだ。内藤……ありがとう」


「山岸……」


 僕と内藤は強く抱き締め合った。

そして、この瞬間僕は"負けた"という現実を受け入れたのだ。


「さぁ、整列だ。皆、最後くらい笑顔で終わろう」


「はい!」


 明秋野球部……いいチームだった。

そう、負けた今それはもう過去のもの。


「ありがとうございました」


 僕達は惜しみ無い拍手の中、ベンチへ引き上げた。

 止まらない涙。

止めようにも制御が効かない。

今まで生きてきた中で、こんなにも涙を流したことはなかった。




◇◇◇◇◇◇




 ロッカールームに戻ると、嗚咽がまだ響き渡る。


「お前らは良くやったん。いい夢見させてもらった……。ワシは今日で監督を辞める。本当に……本当にありがとう」


 負けた僕達に、追い打ちを掛けるような監督の発言。

部員達は言葉を失い、更に声を上げた。


「何だ、何だ。いつものお前ららしくないぞ。でもな、悔しい時は思いっきり泣け!」


 それが監督の残した最後の言葉だった。




◇◇◇◇◇◇




 監督が明秋高校を去り、二週間が経った。

そして、僕達も後輩達に、意志を告げなくてはならない。

次期キャプテンは決めてある。




箭内だ。




「箭内、キャプテンはお前に任せる。僕達が成し遂げられなかった全国制覇を託す」


「キャプテン、俺……頑張ります」


 いつかは来るとわかったいた世代交代。

後は後輩達に任せるだけだ。

この悔しさを味わった箭内達は、きっと強くなる……僕はそう信じた。




◇◇◇◇◇◇




 そして、迎えたドラフトの日。

緊張の中、僕と内藤はテレビ越しにその結果を待った。

プロに行けるかは、わからない。

例え、選出されなくても野球を続けようとはしていた。




 そして、発表の瞬間……。





「万神タイガーズ六位指名……明秋高校、内藤 大翔」


「よっしゃ~!」


 思わず内藤は声を張り上げる。


「やったな、内藤。これからは本庄とチームメイトだな」


「へへっ、そうだな」


 しかし、まだ僕の名前は呼ばれない。

やはり、プロの壁は厚かったか。


「読捨ガイアンツ、六位指名……明秋高校…………」


「えっ?」


 一度は諦め掛けた僕だったが、再びテレビに視線を送った。


「山岸……蓮」


「マジかよ……僕が選ばれた……」


「山岸、おめでとう。へへっ、これからはライバルだな」


「あ、あぁ……」


 僕と内藤はハイタッチを交わし、お互いの健闘を称賛した。




◇◇◇◇◇◇




 そしてプロになった今、久しぶりに僕は母校である明秋高校のグラウンドに来ていた。

 後輩達は僕達の意志を引き継ぎ、今では甲子園でも強豪と呼ばれるまでに成長した。

確実に引き継がれた伝統……。


「はぁ……懐かしいな……」


 マウンドの土の匂い……手入れの行き届いた青臭い芝生の匂い……。

思えばここから僕の野球人生は始まった。




「あの夏を忘れない」




 僕は型遅れになったプレートを握り締め、そう呟いた。


「あなた~。そろそろ帰りましょう」


「あぁ、今行く」


 僕は妻に呼ばれ、マウンドから降りた。

来月、産まれて来る子供にも、野球をさせようと思う。



 僕の妻は誰かって?




それは……。





完。

 長い間この作品にお付き合い頂きありがとうございました。

よろしければ、評価や感想を頂けると幸いです。


 尚、お気に入りを外す際、この作品のことを忘れないで頂けるとありがたいです。

読んで頂きありがとうございました。

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