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あの夏を忘れない  作者: エイノ(復帰の目処が立たない勢)
第三章 キャプテンとしての役目 三年生編
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エースとして、キャプテンとして

 ブルペンでマスクを被って待っていたのは、二年の最上だ。

彼は、内藤の後釜。

言わば、今後明秋のキャッチャーを担う男だ。


「キャプテン、俺が受けます」


 最上が僕の球を受けるのは、紅白戦以来だ。

あの頃に比べると、随分成長したものだ。


『明秋の将来も明るいな』


 僕は堂々とした最上を見て、そう思った。


「最上、それじゃ遠慮なく行くぞ」


「はい、キャプテン」


 僕自身、"キャプテン"と呼ばれることに抵抗があったが、最後の最後に来て、それもすんなり受け入れることが出来るようになっていた。


 白球の感触を確かめ、振りかぶる。




――ズバァァン――




 指先から白球が離れた瞬間、手応えを感じる。

腕も振れているし、肩の調子も悪くない。

逆に以前より、球が走っているようだ。


「キャ、キャプテン。凄い球威です」


「そうか?」


 自分で手応えを感じながらも、照れ臭そうに最上に返す。


「よし、投げれるだけどんどん行くぞ!」


「はい!」


 それから、二十球程投げ込んだ時だった。



――キィィン――




『ワァ――――っ!』



 グラウンドから、悲鳴に似た歓声が響き渡る。

ランナーが一塁に出たのと同時に、マウンド上の須賀が膝を着く。


「須賀――っ!」


 内藤達は、すかさずマウンドの須賀に駆け寄る。

投球に集中していた僕は、事態が飲み込めずキャッチャーの最上にボールを渡し、ベンチに向かった。


「監督! 須賀の奴、どうしたんですか?」


「お前見てなかったのか?」


「はい、投球に集中していたもので……」


「そうか……あの野郎、ピッチャーライナーをまともに受けやがった……」


「何だって?」


 僕は気が動転していたのか、無意識のうちに監督にタメ口をきいていた。

 マウンド上の須賀は、内藤達に抱えられながら鼻血を流していた。


「万事休す……だな。山岸、あまり時間をあげられなかったが、行けるか?」


「はい、行けます」


「やっぱりお前は明秋のエースだな。よし、残り一つアウト取って反撃だ。頼んだぞ」


「はい!」


 マウンドから引き上げて来た須賀は、僕に"すまない"と手を挙げた。

僕の方こそ、謝りたいくらいだ。

 本来須賀は先発向きではない。

それなのに僕の"穴"を埋める為に、八回まで投げ抜いたのだ。

感謝の言葉しか見付からない。


「きっちり抑えて、最終回に反撃だ!」


 僕は気合いを入れ直し、アナウンスを待った。





「ピッチャー須賀君に代わりまして、山岸君」




 何度聞いても心地好い、ウグイス嬢の声。

やっと、僕の夏がやって来た。

そんなこと思いながら、僕は須賀の介抱を終えた内藤と、マウンドに駆け出した。


「山岸、肩、大丈夫なのか?」


「心配ない」


「そうか、その顔は心配なさそうだな」


 内藤はそう言うと、マウンドを降りマスクを被った。


 投球練習を終え、試合再開だ。

ツーアウト、ランナーは一塁。

久しぶりに投げるには、まずまずのシチュエーションだ。

 須賀にピッチャーライナーを浴びせた一塁ランナーを警戒しながら、セットポジションからの投球。


――ストライク――



 まずは内角低めに、直球が決まった。

その瞬間、甲子園全体の空気が変わったのを肌で感じた。



――甲子園で投げれる喜び。遠回りしたけど、無駄ではなかった――


 野球が出来ることに感謝しながら、内藤のサインを受ける。


――スライダー――


 僕は直ぐ様サインに同意し、白球を握り締めた。

自分でも、信じられないくらいの自然体。

 僕が放ったスライダーは、思い通りの場所、思い通りの変化で、空振りを誘った。



――ストライク――



 これでツーストライク。


「勿論、決め球は……」


 内藤は迷うことなく、スプリットのサインを出した。

スプリット――僕が初めて覚えた変化球。

この球を覚えたことで、僕はピッチャーとして歩き出したのだ。

 僕はそのサインに頷き、白球を挟み込む。


「これで、終わりだ――っ!」


 僕は今までにない、極上のスプリットを投げ放った。




――ズバァァン――



――ストライクバッターアウト――




「よっしゃ!」


 大観衆の前で思わず飛び出したガッツポーズ。

最高の形で復活を遂げ、僕はマウンドを降りた。



「ナイスピィ――っ!」


 誰もが僕の復活を喜んだ。

しかし、喜んでもいられない。

得点は3-2。

九回表、最低でも一点取らなければ、僕達の負けだ。

 この回打順は一番の箭内から。

箭内は打席に入る前に、僕の前に立った。


「キャプテン、あれやりましょう」


 反撃の狼煙を上げる為の、儀式――すなわち円陣だ。


「よし、お前ら気合い入れて行くぞ! 僕達の夏は終わらない。反撃だ――っ!」


「おおぅ――っ!」


 流れは僕達に来ている。

最後の最後まで、野球はわからない。


「箭内、頼んだぞ!」


「はい!」


 箭内は清々しい笑顔で、打席に向かった。

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