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あの夏を忘れない  作者: エイノ(復帰の目処が立たない勢)
第三章 キャプテンとしての役目 三年生編
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待ってろ、甲子園

 未来ちゃんが病室を去り、一夜明けた。

静まり返った病室はあまりに広く、折り鶴が虚しく翼を広げていた。


「山岸、ありがとうな。甲子園……頑張れよ」


「住田さん、こちらこそありがとうございました。未来ちゃんの為にも、僕……必ず勝ちますから」


「期待してるぞ。恐らく未来もな」


「はい」


 こうして僕は、住田さんと別れた。

こうなってしまうと、暫く会うこともないだろう。

あんなに大きな体格の住田さんの背中が、心なしか小さく見えた。


 その日の午後、僕は先生に呼ばれ診察室にいた。


「やぁ、山岸。今日は、退院の日取りを決めようと思ってね」


「先生! それじゃ?」


「うむ。また、投げれるよ。退院は明後日になりそうだ」


「明後日? それじゃ、明日の開会式は勿論、明後日の試合にも出れないじゃないですか」


「そこなんだよ。最終的な結果が出るのが、明後日の午前中。そして君が出る予定の試合は、第二試合……微妙な時間帯だ」


「それじゃ、意味がないんです」


「私としては、今直ぐにでも退院させたいのは山々だ。しかし、こればっかりは、私の力ではどうにもならないんだよ。わかってくれ」


「そんな……」


「確か相手は、山梨の山梨工大(やまなしこうだい)だったね。間に合うことを祈るしかないな……」


 今まで親身になってくれていた先生が、冷たく僕をあしらう。

それは、何処か事務的にも思えた。


「何の為に今までやって来たんだ。これじゃ、水の泡じゃないか……くそ……くそぉ」


 僕は診察室を飛び出し、公衆電話に向かっていた。

この事実を、千秋に伝える為だ。

 受話器を手に取り、ありったけの小銭を投入する。

三回目の呼び出しで、千秋は電話に出た。


「もしもし、千秋? 僕だ」


「あっ、蓮ちゃん。皆、蓮ちゃんだよ」


 受話器の向こう側に、仲間達の声が聞こえる。


「退院の日取りが決まった。明後日だ」


「明後日? それじゃ、開会式は間に合わないのね」


「あぁ、それどころか、試合に間に合うかさえわからない」


「そっか……肩はどうなの?」


「問題ない。ブランクはあるだろうけど、大丈夫だ」


「良かった。皆、蓮ちゃん、肩大丈夫だって。あ、ちょっと待って。内藤君に代わるね」


「あぁ」


「おう、山岸! 元気か? 試合……間に合わないって本当か?」


「あぁ、最善は尽くすつもりだけど、開会式は無理だ」


「そっか……まぁ、気を落とすな。俺達だけで何とかしてみせる」


「すまない……内藤」


「何言ってんだよ。お前らしくないな。あ、ちょっと待ってくれ」


「あ、うん」


「キャプテ――ン! 俺達皆、キャプテンのこと待ってますから」


「山岸、聞こえたか? そういうことだ」


「皆……皆……ありがとう」


「何だ、泣いてんのか?」


「ば、馬鹿。泣くわけないだろ。僕が行くまで待ってろよ。じゃあな」


「おう、じゃあな」


 ありがたい――皆、僕の帰りを待っていてくれてる。

そうだ、諦めちゃいけないんだ。

 僕は泣くのをやめ、唇をキュッと噛み締めた。




◇◇◇◇◇◇




 翌日、開会式で堂々と入場行進をする、明秋野球部の姿があった。

テレビに映るその姿は、凛としていて弱小だった頃の面影はない。

 第三者目線で見ると、他校にひけを取らない……まるで強豪校のようだ。


「本当なら、僕もここにいれたのに……」


 そんなこと思いながら、僕は長い長い一日を過ごした。




◇◇◇◇◇◇




 翌朝、退院の日。

つまり、試合当日だ。

この日は朝から慌ただしく、退院の手続きやら病室の片付けやらで、時間に追われていた。


「検査の結果も問題ない。山岸君、退院おめでとう」


「ありがとうございます」


「くれぐれも、無茶はいかんよ」


「わかってます」


 僕は先生や看護師達に見送られながら、久しぶりに外の空気を吸った。

こんなに外の空気が美味しいと思ったことはない。

 しかし、問題はここからだ。

もうじき、第一試合が終わる頃。

慌て時刻表を見ると、新幹線の発車時刻まであまり時間がない。

しかも、タクシー乗り場は、混雑していた。

 やむを得ずタクシー乗り場の長い列に並ぼうとしたその時、不意に誰かが僕を呼び止めた。


「山岸、早く乗れ!」


「住田さん! はい!」


 僕は住田さんに言われるがまま、車に乗り込んだ。


「住田さん、どうして?」


「未来からの遺言だ。山岸を絶対に甲子園に連れてってくれってな」


「未来ちゃんが……」


「ば、馬鹿! 泣く奴がいるか」


「いえ、嬉しいんです。僕は野球を始めて、色んなことを学びました。野球を始めた当初は、野球が出来る喜びだけを感じていましたけど……」


「いましたけど、何だ?」


「沢山の人に支えられて、野球が出来るんだなと学びました」


「そうか……」


 住田さんはそう返すと、無言のままハンドルを握った。

そして、何とか発車時刻に間に合ったのだ。


「住田さん。ありがとうございました」


「礼は、勝ってからにしてくれ」


「はい!」


 僕は住田さんに深々とお辞儀をすると、駅の階段を駆け上がった。


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