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あの夏を忘れない  作者: エイノ(復帰の目処が立たない勢)
第三章 キャプテンとしての役目 三年生編
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一夜明けたその後に

申し訳ありません。この話には残酷な描写が含まれます。

苦手な方はおやめ下さい。

 甲子園出場を決め、一夜明けた。

去年とはまた違う安堵感が、僕を包み込む。

 そして僕は、監督や部員全員に肩のことを話した。


「何で、今まで黙っていたんだ? これがどういうことかわかってるのか?」


「監督、山岸を責めないで下さい」


「内藤、お前知っていたんだな?」


「すみません……監督。内藤は悪くありません。僕は……僕は……自分では投げれると思ったんです」


「医者には行ったのか?」


「はい……下手をすれば手術が必要だと言われました。県大会は、痛み止の注射を打ちながら投げましたが……」


 僕は言葉を詰まらせ、『投げられなくなるかも知れない』とは言えなかった。

勿論、プロへの道を諦めた訳じゃない。

だが、後悔だけはしたくなかったのだ。


「夏の甲子園まで多少時間はある。その間お前は、肩を休ませるんだな。一時的にレギュラーも外す。わかったな?」


「わかりました。必ず肩を治して、甲子園で投げます」


「うむ。だが、無理はするなよ」


「はい!」


 正直、監督にはもっと怒られると思った。

だが、何処か温かい……そして、優しい気がした。

僕がその理由(わけ)がわかったは、随分後になってからだった。




◇◇◇◇◇◇




 翌日僕は、肩の具合を見てもらう為に、明秋病院に赴いた。


「山岸君、甲子園出場おめでとう。テレビで応援させてもらったけど、だいぶ無理をしたようだね? どれ、見せてみなさい」


「はい……」


 僕は肩のことより、先生が僕の活躍を見てくれてたことに、思わず口角を上げた。


「う~む。無理をしたわりには、大丈夫そうだな。だけど、山岸君。甲子園が始まるまでの二週間、入院してみないか? 将来のことを考えると、その方がいいと思うんだが……。どうだろう?」


「先生、入院すれば、甲子園で投げれるんですか?」


 思わず僕は身を乗り出し、声を荒げた。


「いや、保証はできないが、このままでいるよりはよっぽどマシだ」


「少し考えさせて下さい」


「うむ。君がそう言うなら待つとしよう。だが、時間がないのを頭に入れておくのだよ」


 甲子園が始まるまで、あと二週間。

入院するべきか、しないべきか。

一人で答えが出ない僕は、千秋に相談することにした。


 その夜、僕は病院であったことを千秋に話した。


「そう……可能性があるなら、入院してしっかり治すのも一つの手よ」


「でも、甲子園で投げられないかもしれないんだぞ」


「それはそうだけど、蓮ちゃんの夢は何? 甲子園で勝つこと? それともプロ?」


「それは……」


 千秋の問いに、僕は答えることが出来なかった。

甲子園でも投げたい。

でも、プロにも行きたい。

 二つの夢を追うことが、こんなにも大変だということを知らされた瞬間だった。

 甲子園を捨て、プロに行くのが妥当。

しかし、それじゃここまでやってきた仲間に申し訳がたたない。

 結局その日は、答えが出ないまま終わった。


 翌日、再び病院を訪れると、先生が僕に尋ねた。


「決まったかね?」


「あの……どっちの夢も捨てれません。こんな僕は贅沢なんでしょうか?」


 高校生にしては、あまりに残酷な選択肢。

そんな僕を見て、先生が言う。


「そう言うと思ったよ。よし、私も全力を尽くそう。だから、入院するんだ」


 先生の言葉で踏ん切りがついた僕は、入院することを決めた。




◇◇◇◇◇◇




 入院して一週間――僕は一人の少女と出会った。

彼女の名前は『住田未来(すみたみく)』。

そう、住田さんの妹だ。

 以前、話は聞いていたが、彼女は生まれつき体が弱く、入退院を繰り返していたらしい。

 何故、未来ちゃんと僕が出会ったかと言うと、偶然、見舞いに来た住田さんと出会したのきっかけだ。


「山岸、お前も大変だな」


「住田さん、心配ご無用ですよ。僕……必ず甲子園で投げますから」


「頼もしいな。頼んだぞ」


「それより未来ちゃんの容態って、どうなんですか?」


 触れてはいけない質問だと知っていた。

しかし、どうしても僕は無視することが出来なかった。

 住田さんは一度溜め息をついた後、僕に言った。


「あんまりいい状態ではない。なぁ、山岸。俺がいない間、未来を元気付けてくれないか? お前も大変なのはわかってる。お願いだ」


 住田さんは大勢の人が行き交うロビーで、頭を深々と下げた。


「住田さん、やめて下さいよ。人が見てます。未来ちゃんのことは任せて下さい」


「本当か? 山岸、恩にきる……」


これが僕と未来ちゃんが、話すようになったきっかけだった。

 それからというもの、未来ちゃんは体の調子がいいと度々僕の病室を訪れ、笑顔を振り撒いてくれた。

実際、未来ちゃんを元気付けるどころか、僕が元気付けられていたのである。


「お兄ちゃんの代わりに甲子園で頑張ってね」


「勿論だ。住田さんより僕の方が野球上手いしね。あ、住田さんには内緒だよ」


「あはははっ。言わないよ。山岸さんの為に、未来、鶴折ってきたんだ」


「おぅ、ありがとう」


「良かった~。喜んでもらえて。これから毎日、未来が鶴を折ってあげるね。あ、そうだ。退院したら野球も教えてよ」


「未来ちゃんが? 無理無理」


「無理じゃないもん。未来だって出来るもん」


 未来ちゃんは頬を膨らまし、腰に手を当てて言った。

怒っているのに、何故か可愛い。僕もこんな妹がいたらな――なんて思っていた。




◇◇◇◇◇◇




 未来ちゃんが折ってくれた鶴が、十個目になった。

退院まであと少し。

先生曰く、経過は順調で手術の必要はなくなったそうだ。

恐らく、試合にも間に合う。

 そう聞かされた僕は、二日間姿を見せなかった未来ちゃんの病室へ向かった。


「未来ちゃん、喜んでくれるかな?」


 そんな独り言をいいながら、廊下を歩いていると看護師が慌ただしく走り回る。


「先生、こちらです。容態が悪化して危険な状態です」


「うむ」


 僕はイヤな予感を感じながら、未来ちゃんの病室の前に辿り着いた。

 病室には住田さんを初め、住田の親戚が集まっていた。



――まさか――


「おぉ、山岸……未来の顔を見てやってくれ……まるで眠っているようだろ?」


「住田さん……何を縁起でもない」


「未来が……未来が……死んだんだ……」


「そ、そんな……この前まであんなに元気だったのに……野球教えてって言っていたのに……」


 未来ちゃんは眠ったように、幸せそうな顔をしていた。

まだ中学にも行っていないのに。

これから沢山、楽しいことが待っていた筈なのに……。


「なんでだよ……」


 僕は声を出して泣いた。


「未来ちゃん、空の上から見ててくれ。僕は必ず甲子園で、勝つ!」


 握り締めた拳に、涙が一粒落ちていった。

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