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あの夏を忘れない  作者: エイノ(復帰の目処が立たない勢)
第三章 キャプテンとしての役目 三年生編
82/88

仲間を信じて

 決勝戦、最終回……しかも、一点リードした状態。

エースとして、ここでマウンドを受け渡すことが、どんなに屈辱的なことか。

でも、今は須賀を……チームメイトを信じるしかない。

 この所、須賀も調子を上げて来ている。

きっと抑えてくれるに違いない。

 この回、寺が丘は六番からの下位打線。

しかし、油断は出来ない。

 投球練習を終えた須賀は、尋常じゃない汗をかいている。

相当なプレッシャーだ。

恐らく僕が投げていても、同じように大量の汗をかいていたであろう。


「プレイ!」


 主審がそう言うと、九回裏寺が丘の攻撃が始まった。

須賀は汗を何度も拭った後、一球目を投げた。

僅かに外に外れボール。

続く二球目も、同じコースに外れボール。

三球目も同じだった。

カウント、ノーストライクスリーボール。

 須賀らしくない投球だ。

四球目は辛うじてストライクを取ったが、結局フォアボールで歩かせてしまった。


「何だ、あのピッチャー。前の奴の方が良かったんじゃないか?」


 心ない罵声が、スタンドから舞い込む。

僕はその声の主をキッと睨みながら、拳を固めた。


――須賀……お前なら出来る――


 僕は、そう心の中で叫んだ。

 続く七番打者は、初めからバントの構えを見せる。

正攻法と言えば、正攻法だろう。

 内藤は内野の守備位置を確認し、細かい指示を出す。

さすが、僕の女房役だ。

違う視点から見ると、本当に頼りになる。

 須賀は一塁ランナーを警戒しながら、セットポジションからようやく投げた。


「ボール」


 またもやボールだ。

完全に、ストライクゾーンから嫌われている。

調子がいいと、ストライクゾーンが大きく見えて、調子が悪いと小さく見えるものだ。

 調子を上げていた須賀は、大きく見えているはずなのだが、未だストライクはさっきの一球だけ。

 内藤は、立ち上がり肩を上下に揺らす。

"リラックスして投げろ"の意だ。

須賀もそれに答え、静かに頷く。

 スタンドから尚も、罵声が飛び交う。

本人達は深く考えずに言ってるつもりだろうが、僕達はプロじゃない。

高校生には堪えるのだ。


「もう、我慢出来ない」


 千秋がスクッとベンチから立ち上がる。


「千秋、何するんだ? 試合中だぞ」


「蓮ちゃんは黙ってて」


 千秋は僕を振り切り、ベンチから体を乗り出した。


「監督! 止めて下さいよ」


「お前の彼女だろ」


 確かにそうだが、野球部のマネージャーでもある。

他の部員は、見て見ぬフリをしている。

結局、僕が止めるしかないようだ。


「おい、千秋。やめろよ」


 僕が腕を伸ばすも、千秋はスタンドに言い放った。


「静かにしてもらえますか? 須賀くんだって、頑張ってるんです」


 伸ばした手の力が抜けていく。

マズイと思いながらも、僕はよく言ったと心の中で千秋を褒めた。


「その子の言う通りだ! 静かにしてやろうぜ」


「そうだ、そうだ」


「ありがとうございます」


 罵声を放った主は、千秋に小さく頭を下げた。

 千秋は主審に注意を受けたが、爽やかな笑みを浮かべていた。


「千秋……」


「何?」


「ありがとな」


「へへっ。私に出来るのは、これくらいだけだから」


 千秋の勇気ある行動が、再び明秋に流れを変えた。

 須賀の汗もだいぶ収まり、笑顔さえ溢れている。


「さぁ、締まって行こう!」


 僕は、再びベンチから声を張り上げた。

 須賀は深く息を吸い込み、投球を開始した。


――コツン――


 七番打者がバントを試みる。

打球は一塁の市原に転がった。


「須賀――っ!」


 市原は冷静に捕球し、ベースカバーに入った須賀に投げた。


「アウト――っ!」


 送りバントを許したものの、これでワンアウト。

あと二つアウトを取れば、優勝。

しかし、長打を浴びれば同点という場面だ。

 そして、八番打者が打席に入る。

二塁ランナーのリードは浅い。

須賀はそれを見届けると、直球を投げ放った。


――キィィン――


 初球打ち。

打球はレフト前に転がる。

返球が早く、ランナーは三塁を回れない。

 ワンアウト一、三塁。

イヤな汗が頬を伝う。


――信じる……絶対に――


 握る拳にも、汗が溢れる。

 打席には九番打者である半沢が入る。


「お願いします」


 決して試合を諦めていない顔。

打たれた須賀も負けてはいない。


「うっし……」


 気合いを入れる須賀。

グローブ内の白球を見つめ、握りしめる。

 そして、須賀は打たれた直球を再び投げた。


――キィィン――


――バシュ――


 打球はショートの広野のグローブに収まった。


「松田!」


 広野はセカンドの松田に送球する。


「アウト――っ!」


「市原さ――ん」


 それを受け取った松田は、一塁で足を伸ばす市原に投げた。


「アウト――っ!」


 その瞬間スタンドからは、大歓声が上がった。


「やった……やったんだ」


 僕は、須賀や内藤と抱き合った。

去年より嬉しい……皆で掴んだ優勝……甲子園への切符。


「お疲れ」


 最後に市原に声を掛ける。


「あぁ……」


 市原の目からは、涙が溢れていた。


「さぁ、整列だ!」


 二年連続の甲子園出場。

ここまで来るのには、一筋縄ではいかなかった。



――僕の夏は終わらない。終わらせちゃいけない。頼む……僕の肩よ。言うことを聞いてくれ――


 僕は勝利を噛み締めながら、次なる戦いを待ち望んだ。


いよいよ最後の甲子園が始まります。

エンディングまでお付き合い頂けると幸いです。

余談ですが、ラストが納得いかなかったので、プロット練り直しました。

気に入ってもらえるかわかりませんが、その目で確かめて下さいね。

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