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あの夏を忘れない  作者: エイノ(復帰の目処が立たない勢)
第三章 キャプテンとしての役目 三年生編
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アイツが教えてくれた物

 打席に立った市原は、一度スタンドに視線を送る。

その視線の先には、先程から汗だくになるほど声援を送る佳奈の姿。

どうやら、市原も姉の存在に気付いたようだ。

 市原は照れながら、ヘルメットをかぶり直しバットを構えた。

マネージャーとして応援されるのと、スタンドから応援されるのでは雲泥の差がある。

 これは僕なりの見解だが、少なくとも父親の時はそうだった。

もっとも、ベンチから父親に応援されたことがないから、比較しようがないのだが。

 そんなこと思いながら、僕は市原に視線を集中させた。

もはや、頼りになるのは市原だけだ。

 寺が丘の半沢は、こっちの気持ちを知ってか知らずか、マウンド上での時間を有効に使う。

恐らく、市原の集中力を切らす為。

腕だけでなく、心理的攻撃をも使用する頭脳プレー。

 打席の市原は、苛立ち始めていた。


――挑発に乗るな。これは相手の作戦だ――


 僕はそう言いたかったが、言葉を飲み込んだ。

市原は広野とタイプが違う。

今、出て行ったら、四番としてのプライドが傷付く。

 プライドで野球をする訳ではないが、過去の市原とのいざこざを考えると、僕がしゃしゃり出ることによって、余計に面倒になるとわかっていた。

難しい所だ。

結局は、市原自体が気付いて冷静になってくれればいいのだが……。 半沢は市原が苛立っているのを確認すると、ようやくセットポジションから投げた。

案の定、市原は豪快な空振りを見せた。

あれでは当たるものも当たらない。

 半沢は、キャッチャーから球が戻るとまたもや時間を稼ぐ。

見事に市原の性格を見抜いている。

 何度か二塁の広野に牽制球を投げるが、まるでアウトにする気がない。


――どうしたらいい? アイツを……市原を冷静にするには――


 自問自答する僕に、内藤が言い添える。


「市原を信じてやろう……」


 どうやら、内藤も同じ気持ちらしい。

何も出来ない不甲斐なさを感じながら、僕はベンチに腰を据えた。


「落ち着け、市原――っ!」


 佳奈に代わって、今度はスタンドから男性の声がした。

思わずその方向に目をやる。


「しょ、東海林さん」


 間違いない。

佳奈の横にいるのは、卒業した前キャプテンの東海林さんだ。

 懐かしいその声に、僕達はスタンドに目を奪われた。

無論、市原も例外ではなかった。

 その声で我に返ったのか、市原は肩を上下に揺らしバットを構え直した。

絶妙のタイミングでの、東海林さんからの援護射撃。

もう市原に憂いはなくなった。

 半沢は時間を有効に使い、ようやく投げた。

市原は素早く振り抜く。

これこそが、本来の市原のバッティングだ。

 素直に返した打球は、空を切り裂きセンターの頭上を越えていった。

 広野は全力で三塁を回る。

中継を経てバックホームされるが、既に広野はホームインしたあと。

 すかさずキャッチャーはセカンドに投げる。


「アウト――っ!」


 セカンドを目指していた市原は、アウトになった。

キャッチャーの見事な判断だ。

とは言え、僕達明秋高校は貴重な一点をもぎ取った。




◇◇◇◇◇◇




 1-0のまま回を重ね、いよいよ最終回。

この一点を守り切れば、二年連続甲子園出場である。

 しかし、ここまで言うことを聞いてきた肩が悲鳴をあげ始めたのだ。

マウンドに登る足取りは重い。

 内藤に言うべきか、言わざるべきか。

 僕はロジンバッグを握りながら、唇を噛み締めた。 すると、誰かが背後から肩をポンと叩いた。

振り向くと、そこには市原が立っていた。


「肩……痛いんだろ?」


「何が?」


 僕はバレるのが怖くて、惚けて見せた。

我ながら、下手な芝居。

それくらい嘘が下手なのは、わかっている。

でも、試合前決めていた。


――何がなんでも投げ抜こうと――


 市原は目を細めながら、こう述べた。


「さっきはどうもな。内藤から話は聞いた。ガンガン言ってくれて構わないのに……俺に気を使うな」


「気なんか、使ってない。それに肩なんて痛くない」


 強情だ。

自分で言うのも何だが、どうしようもないくらい強情だ。


「俺達が何にも知らないと思ってるのか? 俺も広野も、金沢だって、皆お前が肩が痛いのを我慢して投げてることは知ってる」


「何だって? 内藤の奴喋ったのか?」


「内藤は何も言ってない。最後まで口を割らなかった。なぁ、山岸。もういいだろ。須賀と代われ」


「僕は大丈夫だよ」


「大丈夫じゃない! 今まで、お前を見てきたからわかる。お願いだ。もう無茶はよせ……必ず……必ず守り切って、優勝するからさ」


 そう言う市原の目からは、大粒の涙が溢れていた。

信じよう。

味方を信じられなくなったら終わりだ。


「市原……ありがとな」


「任せろ。その代わり、ちゃんと応援しろよな」


「あぁ」


 話を終えると、マウンドに須賀がやって来た。


「須賀……あとは頼んだぞ」


「任しておけ」


 僕は須賀のグローブに白球をポンと入れると、マウンドを降りた。

信じられないくらいの盛大な拍手。

 僕は悔しさと嬉しさの中、ベンチに戻った。


「さぁ、締まっていこう」


 僕は市原との約束通り、ベンチからそう声を張り上げた。


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