根性の決勝戦
まずはストライク。
幾多の試合を重ね、この初球が大事なのはわかっている。
「肩は……今の所問題ない。セーブしながら投げれば……いや、セーブして勝てるなら、誰でも甲子園に行けるな。よし……」
肩の力を抜いて、直球を中心に組み立てる。
例え、打たれたからと言って、力むことは許されない。
僕は細心の注意を払って、投げ続けた。
初回をゼロに抑え、二回、三回と何とか持ちこたえた。
立ち上がりは上々だ。
しかしながら、味方打線が半沢に攻めあぐね、未だヒットが出ていなかった。
四回裏、明秋の攻撃。
僕はメンバーを集めた。
「打順も一巡した。半沢の球は速いけど、打てない球ではない筈だ。僕達はこんなとこで、躓くわけにはいかないんだ。まずはヒット一本……それだけでいい。わかったな? わかったら返事!」
「うぃぃっす」
「よし。明秋高校行くぞ――っ!」
ここに来て、僕を中心に組む円陣も様になって来た。
住田さんや東海林さんには到底及ばないが、これが僕なりのやり方だ。
アルプススタンドには、レギュラー入りさえ叶わなかった部員達が声援を送ってくれている。
背番号さえもらえない部員達だ。
未来を担ってもらう為にも、下手な試合は出来ないのだ。
明秋高校一番打者の、箭内が打席に入る。
箭内は二年生で一番の切れ者だ。
紅白戦をきっかけに、卒業した木下さんからサードのポジションを奪った熱き男だ。
守備は勿論、バッティング、走り共に、他校の選手にヒケを取らない。
「頼んだぞ、箭内」
僕は小さく箭内に向け祈った。
「ストライク」
「ストライク」
「ファール」
「ストライク、バッターアウト」
僕の期待も虚しく、箭内のバットは空を切った。
「すみません……山岸さん」
ガックリと肩を落とす箭内。
「箭内、元気だせよ。もっと、肩の力を抜いて行こう」
僕は落ち込む箭内に、労いの言葉を掛けた。
本心としては意地でも塁に出て欲しかったが、キャプテンとしてはこうしたケアも必要なのだ。
数々のトラブルを乗り越え、やっとわかったキャプテンとしてのあり方。
責めるだけが先輩じゃない。
悪い所は悪いと指摘し、良い所はとことん褒める。
そして、落ち込んでいたら、一緒になって落ち込む。
この数ヶ月で学んだことだ。
打席には広野。
完璧とも言える半沢の投球は、隙がない。
恐らく全国でも十分通用するレベル。
半沢はますます球威を上げ、球が乗ってくる。
「ストライク」
掲示板には152kmと表示された。
この試合、一番の速球だ。
広野は目を丸くして、一旦打席から離れた。
その口元は、「えっ~」と、言っていた。
「ダメだ。完全にビビってる。これじゃ円陣を組んだ意味がない。それに後輩達に示しがつかない」
僕は、広野に駆け寄り言った。
「広野、お前がビビってどうすんだ?」
「だって……見たかよ、今の球」
「だっても、ヘチマもないよ。とにかく、バットを振れよ。振らなきゃ、当たらない」
「そっか……そうだよな。山岸、ありがとう」
広野は改めて打席に入ると、バットの先を見つめコンパクトに構えた。
半沢は表情一つ変えず、二球目を投げた。
これまた速い球だ。
コースはど真ん中。
浮き上がっては来るが、絶好の球だ。
「振れ――っ!」
僕は声を張り上げ、広野を鼓舞した。
――キィィン――
バットの内側に当たった打球は、三塁線に転がる。
深い位置ながら、サードは華麗なグラブさばきを見せる。
さすが、寺が丘のサードだ。
広野は一塁ベースを一点に見つめ、全力疾走する。
「行け――っ!」
ヘッドスライディングをする広野とほぼ同時に、一塁手のミットに白球が吸い込まれる。
「セーフ」
審判は、両手を伸ばした。
たった一本の内野安打。
しかし、初の出塁だ。
広野は砂を振り払い、ガッツポーズを見せる。
鈴木さんのようになりと願っていた、広野らしい出塁だ。
ワンアウト、一塁。
続く内藤は、送りバントをした。
内藤はきっちりと仕事を終え、ベンチに戻る。
ツーアウト、二塁。
全ては、四番の市原に委ねられた。
「かっ飛ばせ、市原――っ!」
スタンドからは、より大きな声援が送られた。
「市原――っ!」
その声援の中に、可愛らしい声。
よく見ると、元彼女……つまり市原の姉、佳奈の姿があった。
紺色のスーツを着込み、この場に似つかわしくないスタイル。
恐らく、仕事を抜け出し応援に駆け付けたのであろう。
過去に父親が、仕事を抜け出し応援に駆け付けてくれたことを思い出す。
佳奈もきっと、いてもたってもいられず応援に来たのだろう。
しかし、遠目に見ても大人っぽくなり、色っぽい。
「いてて……」
誰かが、僕の耳を引っ張る。
千秋だ。
膨れっ面をしながら、僕を睨み付ける。
「何見てんのよ。試合中でしょ?」
「ご、ごめん」
僕は視線を市原に戻し、声援を送った。
「市原――っ! かっ飛ばせ」
市原はニヤリと笑うと、バットを構えた。