表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あの夏を忘れない  作者: エイノ(復帰の目処が立たない勢)
第三章 キャプテンとしての役目 三年生編
80/88

根性の決勝戦

 まずはストライク。

幾多の試合を重ね、この初球が大事なのはわかっている。


「肩は……今の所問題ない。セーブしながら投げれば……いや、セーブして勝てるなら、誰でも甲子園に行けるな。よし……」


 肩の力を抜いて、直球を中心に組み立てる。

例え、打たれたからと言って、力むことは許されない。

僕は細心の注意を払って、投げ続けた。


 初回をゼロに抑え、二回、三回と何とか持ちこたえた。

立ち上がりは上々だ。

 しかしながら、味方打線が半沢に攻めあぐね、未だヒットが出ていなかった。

 四回裏、明秋の攻撃。

僕はメンバーを集めた。


「打順も一巡した。半沢の球は速いけど、打てない球ではない筈だ。僕達はこんなとこで、躓くわけにはいかないんだ。まずはヒット一本……それだけでいい。わかったな? わかったら返事!」


「うぃぃっす」


「よし。明秋高校行くぞ――っ!」


 ここに来て、僕を中心に組む円陣も様になって来た。

住田さんや東海林さんには到底及ばないが、これが僕なりのやり方だ。

 アルプススタンドには、レギュラー入りさえ叶わなかった部員達が声援を送ってくれている。

背番号さえもらえない部員達だ。

 未来を担ってもらう為にも、下手な試合は出来ないのだ。

 明秋高校一番打者の、箭内が打席に入る。

箭内は二年生で一番の切れ者だ。

 紅白戦をきっかけに、卒業した木下さんからサードのポジションを奪った熱き男だ。

 守備は勿論、バッティング、走り共に、他校の選手にヒケを取らない。


「頼んだぞ、箭内」


 僕は小さく箭内に向け祈った。


「ストライク」


「ストライク」


「ファール」


「ストライク、バッターアウト」


 僕の期待も虚しく、箭内のバットは空を切った。


「すみません……山岸さん」


 ガックリと肩を落とす箭内。


「箭内、元気だせよ。もっと、肩の力を抜いて行こう」


 僕は落ち込む箭内に、労いの言葉を掛けた。

本心としては意地でも塁に出て欲しかったが、キャプテンとしてはこうしたケアも必要なのだ。

 数々のトラブルを乗り越え、やっとわかったキャプテンとしてのあり方。

 責めるだけが先輩じゃない。

悪い所は悪いと指摘し、良い所はとことん褒める。

そして、落ち込んでいたら、一緒になって落ち込む。

この数ヶ月で学んだことだ。

 打席には広野。

完璧とも言える半沢の投球は、隙がない。

恐らく全国でも十分通用するレベル。

 半沢はますます球威を上げ、球が乗ってくる。


「ストライク」


 掲示板には152kmと表示された。

この試合、一番の速球だ。

 広野は目を丸くして、一旦打席から離れた。

その口元は、「えっ~」と、言っていた。


「ダメだ。完全にビビってる。これじゃ円陣を組んだ意味がない。それに後輩達に示しがつかない」


 僕は、広野に駆け寄り言った。


「広野、お前がビビってどうすんだ?」


「だって……見たかよ、今の球」


「だっても、ヘチマもないよ。とにかく、バットを振れよ。振らなきゃ、当たらない」


「そっか……そうだよな。山岸、ありがとう」


 広野は改めて打席に入ると、バットの先を見つめコンパクトに構えた。

 半沢は表情一つ変えず、二球目を投げた。

これまた速い球だ。

コースはど真ん中。

浮き上がっては来るが、絶好の球だ。


「振れ――っ!」


 僕は声を張り上げ、広野を鼓舞した。


――キィィン――


 バットの内側に当たった打球は、三塁線に転がる。

深い位置ながら、サードは華麗なグラブさばきを見せる。

さすが、寺が丘のサードだ。

 広野は一塁ベースを一点に見つめ、全力疾走する。


「行け――っ!」


 ヘッドスライディングをする広野とほぼ同時に、一塁手のミットに白球が吸い込まれる。


「セーフ」


 審判は、両手を伸ばした。

 たった一本の内野安打。

しかし、初の出塁だ。

 広野は砂を振り払い、ガッツポーズを見せる。

鈴木さんのようになりと願っていた、広野らしい出塁だ。

 ワンアウト、一塁。

続く内藤は、送りバントをした。

内藤はきっちりと仕事を終え、ベンチに戻る。

 ツーアウト、二塁。

全ては、四番の市原に委ねられた。


「かっ飛ばせ、市原――っ!」


 スタンドからは、より大きな声援が送られた。


「市原――っ!」


 その声援の中に、可愛らしい声。

よく見ると、元彼女……つまり市原の姉、佳奈の姿があった。

 紺色のスーツを着込み、この場に似つかわしくないスタイル。

恐らく、仕事を抜け出し応援に駆け付けたのであろう。

 過去に父親が、仕事を抜け出し応援に駆け付けてくれたことを思い出す。

佳奈もきっと、いてもたってもいられず応援に来たのだろう。

 しかし、遠目に見ても大人っぽくなり、色っぽい。


「いてて……」


 誰かが、僕の耳を引っ張る。

千秋だ。

膨れっ面をしながら、僕を睨み付ける。


「何見てんのよ。試合中でしょ?」


「ご、ごめん」


 僕は視線を市原に戻し、声援を送った。


「市原――っ! かっ飛ばせ」


 市原はニヤリと笑うと、バットを構えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ