強化合宿
「蓮ちゃ~ん、どう、野球の方は?」
昼休みになると、決まって僕らのクラスに千秋は現れた。千秋は僕に陸上を続けて欲しいと願っていたが、最近では野球に理解を示し始めていた。
「うん、何とか無難にやってるよ。それはそうと、地区予選が始まるんだ。応援に来てくれよな」
「勿論よ。お弁当持って、応援に行くね」
千秋と他愛もない会話をしていると、内藤が話に混ざってくる。
これも、よくあることだ。
「千秋ちゃん、こんにちは。俺も千秋の作る弁当が食べたいな」
サラッと内藤は言ったが、どうやら千秋に『ホの字』のようだ。
本人から聞いた訳ではないが、内藤の行動はわかりやすい。恋愛に奥手な僕でも、これくらいは手に取るようにわかる。
とは言え、自分も佳奈さんにわかりやすい態度を取っていた訳で……人の事言えない身分ではあった。
◇◇◇◇◇◇
放課後、住田さんは珍しく練習前に僕らを部室に集めた。
狭い部室に少ない部員とは言え、何人も思春期の男共が集まると暑苦しいものだ。呼吸さえままならない。
ふと佳奈さんを見ると、涼しい顔をしている。肝が座ったものだ。
僕が佳奈さんを感心していると、住田さんは話を切り出した。
「皆を集めたのは、他でもない。知っての通り、間もなく地区予選が始まる……。そこでだ……今週末を利用して、強化合宿を行いたい。場所は集会所を手配してある」
住田さんがそう言うと、メンバーはざわつき始める。二年の先輩達の話では、野球部始まって以来の試みらしい。
「皆……どうだ?」
メンバーの反応を見ながら、住田さんは言い添える。
「いい考えですね。住田さん、頑張りましょう」
僕は住田さんの意気込みを嬉しく感じ、いの一番に声を上げた。一年のぺーぺーがしゃしゃりでるのも何だが、野球部の士気を上げるには僕が言うのもアリかなと思ったのだ。
案の定、僕に負けてはいられないと、先輩達も名乗りを上げ始めた。僕の狙い通りだ。
傍にいる内藤に目をやると、ニヤリと微笑み返す。内藤も同感だったようだ。
◇◇◇◇◇◇
そして迎えた週末、強化合宿が始まった――。
何故か話を聞き付けた千夏も合流したのには驚いたが、僕はこの合宿で自分自身の限界に挑みたいと思っていた。
練習は早朝六時から始まった。普段通りランニングから始まり、基礎体、キャッチボール。ここまでは、同じメニューだ。
しかし、ここからが地獄の特訓の始まりだった。
「よし、体も温まったことだし、それぞれ守備につけ」
住田さんの掲げる目標は、『まず一勝』。しかしやるからには、二勝、三勝と勝ち上がりたい。そうしないと、陸上をやめてまで野球を選んだ意味がない。僕は密かにそう思っていた。
住田さんは、使い慣れたバットを片手に指示を出す。
「内野、前進守備だ」
ノックをする前に、住田さんはそう言い放った。
漫画とかではよく聞く守備練習だが、実際やるとなると恐怖を感じる。
「まずはサード……山岸からだ」
『カキィン』と、耳を貫く金属バットの甲高い音が響く。
そして次の瞬間、悲劇が襲った。
「うぐっ……」
僕の反応より速く白球は、鳩尾を直撃した。思わず膝をついた僕に、次の白球が肩を直撃する。
「ボールをよく見ろ!」
僕は生まれて初めて、恐怖を覚えた。
――これが……野球なのか。
乱れる呼吸を抑えながら、そう思ったのである。