強靭な意思を持って
翌日、朝一番で教室に入って来た内藤に、昨日病院で言われたことを伝えた。
「マジかよ……シャレになんねぇな」
「なぁ、内藤。このことは皆に内緒にしててくれないか?」
「お前がそれでいいなら……でも、これは…………」
「何、話してんの?」
僕と内藤の間に、千秋が割ってはいる。
勿論、千秋にも言うつもりはない。
しかし、嘘が下手な僕は挙動不審に陥った。
「新しいグローブの話だよ。だいぶボロくなってきたからね。な、山岸?」
「ん? あぁ、そうだよ」
「ふぅ~ん……」
千秋は疑いの目で僕達を見たが、とりあえずは納得したようだ。
「蓮ちゃん、今日は練習来るんだよ。勉強も野球も両立しなきゃ。じゃあ、また後でね」
千秋はそう言うと、ポニーテールを揺らしながら教室を出ていった。
「お前、嘘つくの下手だな」
「悪かったな。それより、昨日の練習休んだ理由、何て伝えたんだ?」
「テスト勉強があるからって……」
すっかり忘れていた。
病院どうのこうのより、中間試験が迫って来ていることを。
「内藤、お前は勉強大丈夫なのか?」
「当たり前だ。ウチは両立しないと、野球やらしてもらえないからな」
ここ最近、野球のことばかり考えて、勉強が疎かになっていたことに気付いた。
学力的には中の上だが、成績は年々下がってきていたのだ。
「勉強もやらなきゃな……」
中間試験があるお陰で、僕は無理な練習をせずに済んだ。
テストはというと、散々な結果だったが、とりあえずは乗り越えたのだ。
問題は左肩。
このところは調子がいいが、あまり無理は出来ない。
少なくとも、この夏だけでももってくれと、僕は願った。
◇◇◇◇◇◇
そして七月――いよいよ県大会が始まった。
去年優勝した僕達は、シード権を勝ち取り他校より試合数が少ない。
今の僕に取って、せめてもの救いだ。
第一試合は、成南高校を破った山名学園。
序盤、立ち上がりの悪い僕は連打を浴びたが、その後明秋打線が爆発し、七回コールドに仕留めた。
続く準々決勝の相手は、常勝聖新学院。
しかし、本庄のいなくなった聖新学院は、僕達の敵ではなかった。
この試合、二年の箭内の活躍で、僕達は5-2で勝利を飾った。
しかしながら、徐々に僕の肩は、言うことを聞かなくなっていた。
準決勝、水鳥工業戦では、痛み止の注射をしての出場になった。
変化球を投げる度に襲い掛かる痛み。
もはや、痛み止では誤魔化しが利かないレベル。
三振を取ることを諦め、打ち取る野球に切り替えた。
監督や部員達は、ただ単に調子が悪いと思っていたようだ。
それもこれも、内藤が上手くフォローしてくれたお陰でだと思っている。 結局、五回途中で須賀に託し、僕はマウンドを降りた。
一度は逆転を許すも、4-3で辛くも勝利を飾ったのだ。
そして迎えた決勝戦。
選手層の底上げをしてきた、寺が丘高校との一戦を迎えようとしていた。
今年の寺が丘高校は、一味も二味も違うと噂されていた。
今日の試合勝てば、甲子園。
痛み止の注射も、この日はいつもの倍になっていた。
「もってくれよ、僕の肩……」
この三年間の集大成を見せるべく、僕はマウンドに登った。
寺が丘高校は、二年生、一年生を中心とした若いチームだ。
特に一年生エースの半沢は四国出身で、中学時代四国で一番の右腕ピッチャーとされていた人物だ。
寺が丘高校はそこに目を付け、半沢の獲得に成功したのだ。
半沢の武器は何と言っても、MAX150kmの直球。
今の時代、150km台を投げるピッチャーは少なくないが、半沢の直球はうねりながら浮いてくるように見える直球だ。
この半沢をどう攻略するかが、この試合のカギになることは言うまでもない。
「一年に負けるかよ……」
僕は左肩を右手にはめたグローブで、撫でた。
――泣いても、笑っても、これが最後の夏……悔いのないピッチングをしてやる――
唇をキュッと噛み締め、先頭打者に対して初球を投げた。
「ストライーク!」
「夏は終わらない……僕の夏はここからだ!」