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あの夏を忘れない  作者: エイノ(復帰の目処が立たない勢)
第三章 キャプテンとしての役目 三年生編
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夏までの道程

 あの一件があってから明秋野球部は、かつての活気を取り戻していた。

 自分のピッチング――部員達の面倒――それらを同時に見るのは大変だったが、僕はこれまでにない充実感に浸っていた。


「よーし、今日の練習はこのくらいにしておこう」


「うぃぃっす」


 さすがに大所帯になると、今の部室では狭すぎる。

一年生部員は、ロッカーさえもらえない者もいる。

 部員が増えて嬉しい反面、そういった問題も生じていたのだ。


「内藤、もうちょっと付き合ってくれないか」


「あぁ、いいぜ」


「悪いな。僕がいると、後輩達が気を使うからな。屋内で、ちょっと投げたい……」


「お前、気を遣いすぎだよ。もっと、肩の力抜けば」


「出来たら苦労しないよ」


「だな……よし、やろう」


 内藤にはそういう口実で付き合ってもらったが、真意は別の所にあった。

 内藤はマスクを被り、ミットを構える。


「山岸、いつでもいいぜ」


「あぁ。何かあったら、何でも言ってくれ」


 僕はそう言うと、振りかぶり投げ放った。

変化球は投げない。

直球のみだ。

 僕と内藤しかいない屋内練習場は広く、ミットに突き刺さる白球の音だけが響き渡る。

 僕も無言だが、内藤も無言だ。

内藤は、時折首を傾げるが、何も言って来ない。

僕は夢中で、ひたすら投げ込んだ。

 三十球程投げると、内藤はマスクを脱ぎ捨て僕に近付いてきた。


「山岸、どういうことだ?」


「何が?」


「惚けても無駄だ」


 僕の投球内容に違和感を覚えた内藤は、問い詰めてきた。

さすが、内藤だ。

僕が言わなくても、見破っていた。


「内藤……さすが僕の女房役だな。実はここ最近、肩に痛みというか、違和感を感じるんだ。単純に疲労とかじゃない。なぁ、内藤……このことは皆に黙っててくれないか?」


「だけど……」


「頼む、この通りだ」


 僕は肩に覚える違和感をカミングアウトした上で、内藤に頭を下げた。

もし、これが重症な何かなら、プロへの道も閉ざされてしまう。

それだけは……それだけは避けたいのだ。

 内藤は眉間にシワを寄せながら、僕の顔を伺う。


「わかったよ。でもな、明日医者に行って来いよ。皆には上手く言っておくから」


「ごめんな、内藤」


「いいってことよ」


 内藤に打ち明けたことで、少し気持ちが楽になった。

今まで病院に行くことを恐れていたが、これで踏ん切りがついたのだ。




◇◇◇◇◇◇




 翌日、僕は練習を休み、地元にある明秋病院を訪れた。

どんな決断がくだされるかは、わからない。

しかし、今はっきりとしておかないと、プロは勿論のこと、甲子園で全国制覇なんて夢のまた夢になるかも知れないのだ。

 待ち合い室で待つ時間は、永遠を感じれる程に長かった。


「山岸 蓮さん」


「はい、僕です」


「診察室へどうぞ」


 緊張しながら、診察室に入る。

薬品の匂いが、更に緊張感を僕に与えた。


「どうしました?」


 髭を蓄えた優しそうな先生だ。

その横にいる、美人の看護師が同じく僕に視線を向ける。


「実は野球をしてるんですが、最近肩の調子がおかしいんですよ」


「あぁ、君は去年甲子園で投げた、山岸君だね。テレビで応援させてもらったよ」


「あ、ありがとうございます」


「私は高校野球の大のファンでね。どれどれ、見せてみなさい」


 僕を知ってる人がいた。

口角が上がるのを抑えながら、僕は左肩を見せた。


「ふむぅ。何とも言えんな。検査してみようか。な~に、心配することはないさ」


「はぁ……」


 僕は先生に言われるがまま、検査を受けることになった。

憂いが解消出来るなら、何も問題ない――そう思いながら、CT検査室へと向かった。

 見慣れない数々の機器。

思わず、生唾を飲む。

 CTは初めての体験だ。

眩い光が僕の周りを回転しながら動いて行く。

検査は思いの外、呆気なく終わった。

 再び診察室に戻ると、三次元に構成された僕の断面図が張り付けられていた。

最近の医療機器は、優れたものだなと感心していると、先生がしかめっ面をしながら述べる。


「ううむ。あまり良くないね。日常生活する分には問題ないが、野球となると手術が必要かもしれんな」


「そんな……嘘ですよね。先生……最後の夏なんですよ」


 気が付くと僕は、大粒の涙を溢していた。

看護師がそっと、ティッシュを差し出す。


「すみません……現実を受け止められなくて……」


「山岸君、どうするかね?」


 さっきと打って変わって事務的にすら感じる先生の問い。

僕は絶望を感じながら、答えを出した。


「手術は待って下さい。夏が終わるまでは……」


「そう言うと思ったよ。大会は痛み止の注射でしのごう。あとは私に任せてくれ」


「お願いします……」


 病院を後にした僕は、まだ現実を受け止められなかった。


「野球が、出来なくなるかもしれない」


 そう思うと、拭っても拭っても涙が溢れ出てきた。


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