考えの違い
答えが出ないまま、僕達は初の練習試合を行った。
相手は、以前も対戦したことがある成南高校だ。
今ではこちらの方が格上。
試合は僕達の圧倒的勝利に終わったが、いくつか課題は残った。
締まりのない守備……悪送球の連発。
打撃こそ光るものはあったが、チームワークはてんでバラバラだった。
そこで試合後、僕は部員達を集めた。
「今日の試合、何だあの有り様は! やる気あんのか?」
感情を剥き出しにした所為か、自分の怒鳴り声で余計に熱くなる。
はっきり言って喧嘩腰だ。
そんな僕を見て、内藤が止めに入るも、それを振り払い更に続けた。
「こんなザマでは、甲子園どころか、県大会も危ういぞ! わかってんのか?」
こんなこと言いたくなかった。
だが、自分の意思とは裏腹に、口から言葉が溢れ出たのだ。
もはや、引っ込みがつかなくなった状態だ。
水を飲み、冷静になろうとしていた所に、市原が口を出す。
「さっきから聞いてりゃ、ガタガタと……」
「おい、市原やめろよ」
「内藤、お前は黙ってろ! この際、はっきり言う。俺は、受験を控えてんだよ。広野だってそうだ。確かに甲子園で活躍はしたいけど、俺達には将来が掛かってんだよ! お前には、ついていけねぇ!」
その言葉を聞いて、僕は思わずカッとなり、気が付くと市原の胸ぐらを掴んでこう述べた。
「言いたいことは、それだけか? 自惚れんなよ。お前の代わりなんて、いくらでもいるんだよ」
当然、市原もそこまで言われれば、面白くはない。
市原も、僕の胸ぐらを掴みながら言った。
「んだと? もう一度言ってみろ!」
こうなると、お互いに引っ込みがつかない。
必死で内藤や広野が僕達を止めたが、遂には殴り合いのケンカにまで発展してしまった。
後輩達は、僕達を止めることも出来ず、ただ呆然としている。
「おるぁぁ」
「うぐっ……」
さすが市原だ。
元不良というだけあり、ケンカには慣れている。
それに明秋の四番。
パンチの重さを、肌で感じた。
どう考えても、勝てる相手ではない。
しかし、僕も負けじと鳩尾に、パンチを返す。
「くっ……山岸、思ったよりやるじゃねぇか」
「はぁ……はぁ……」
そんなことを褒められても、嬉しくない。
何故なら、僕の渾身のパンチを受けても、よろめきもしないのだ。
完全に僕の負けだ。
そう思った瞬間、目の前に千秋が割って入る。
「二人共、やめてよ。今まで一緒に戦ってきた仲間じゃない……こんなの……こんなの寂しすぎるよ……」
千秋はそう言うと、泣きながら踞った。
わかっていた。
こんなことしても、何もならないことぐらい。
握り締めた拳が、自然と緩んでいく。
残されたものは、後悔だけだ。
キャプテンとしてチームを纏めることが出来ず、市原に言われたことが当たっていただけに、腹が立ったのだ。
「市原……ごめん。言い過ぎた」
「いいんだ。俺の方こそ、ごめん……」
僕と市原は互いの非を認め、まるく収まった。
かのように思えたが、一部始終を監督に見られていたのだ。
「お前ら、自分達が何をやったのか、わかってんのか? この大事な時期に、停学だけじゃ済まされんぞ」
僕の背筋は、凍り付いた。
何もかも、終わってしまう。
甲子園に行くことも、プロに行くことも。
僕は膝を落とし、自らの行為を恥じた。
「監督……僕にはキャプテンをやる資格がありません。キャプテン辞めます」
監督はいつものように腕を組んで、やれやれと言う表情を見せる。
「お前、何言ってんだ! 東海林がどれだけの思いで、お前を選んだかわかってんのか? お前なら出来る――やり遂げられるって思って選んだんだぞ。お前に取って、キャプテンとはそんなもんだったのか? 東海林だってな、キャプテンとしての器があった訳じゃない。だけどアイツは、苦悩しながらも皆を纏めたんだ。住田だって、東海林だって、ただの一度キャプテンを辞めたいなんて言わなかったぞ!」
「東海林さんが……」
僕は、そこまで東海林さんがそこまで苦労していたとは知らなかった。
淡々とこなす姿は、気を抜いているようにも思えた。
しかし、実際は違った。
――僕はなんて臆病で、なんて情けないんだ――
「山岸、キャプテンはお前だけだ」
「監督……」
監督は僕の手を引いた。
「今回のことは、ワシの胸に秘めておく。皆を纏められるな?」
「はい!」
僕がそう返事をすると、内藤と市原が頭を叩いてきた。
「頼むぜ、キャプテン」
「内藤……」
「まぁ、なんだ。俺も受験のことで、いっぱいいっぱいだった。キャプテンはお前が相応しい……」
「市原……皆……僕について来てくれるか?」
「うぃぃっす」
総勢百人以上の部員達が、僕の問いにそう返す。
「皆、ありがとう……これからもよろしく」
ようやく、チームを一つに纏め上げた瞬間だった。
――住田さん、東海林さん、僕頑張ります。きっと今までにない強いチームに纏めあげますから――
僕は決意を新たに、キャプテンとして動き出した。