表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あの夏を忘れない  作者: エイノ(復帰の目処が立たない勢)
第三章 キャプテンとしての役目 三年生編
76/88

キャプテンとしての素質

最終章の始まりです。若干、一部や二部と異なる展開ですが、最後までお付き合い頂けると幸いです。

 東海林さん達三年生が学舎を去り、キャプテンとしての時代がやって来た。

それは、最後の年ということを示唆していた。

 いよいよ、新学期。

真新しい制服に身を包んだ一年生を見ると、入学した頃を昨日のことのように思い出す。

思えば内藤と出会い、プレートと出会ったことで、僕の野球人生が始まったのだ。

今では、寝ても覚めても野球のことばかりだ。


「〇〇商事に、就職しようかと思うんだ」


「へぇ、あそこは給料もいいしな。俺は〇〇大学を目指すよ」


 クラスメイトも、就職組と進学組に別れ、皆それぞれ将来のビジョンを描き始めていた。


「内藤、お前はどうするんだ?」


 どう返ってくるかはわかっていたが、聞いてみる。


「勿論、プロ目指すよ。山岸、お前はどうするんだ?」


 ここまで内緒にして来たが、僕はこれを期に内藤に告げた。


「僕もプロに行きたい……」


 僕がそう言った瞬間、教室に静寂が訪れる。

聞き耳を立てるように、クラスメイトは僕の顔を見つめた。


「そ、そんなに驚くなよ」


 後から内藤に聞いた話だと、皆僕の将来が気になっていたとのことだ。

注目を浴びることに悪い気はしないが、何処か照れ臭い。

 結局、僕も内藤もプロを目指すということだ。

その為には、今年の甲子園ではもっと勝ち抜かなくてはならない。

そう思った瞬間、僕は自分自身に驚いた。

 以前までは甲子園なんてのは、夢のまた夢。

そう思っていたのに、今は甲子園で勝ち上がることを思い描いている。

当たり前とまではいかないが、必然的に目標が高く設定されていたのだ。

 しかし、その考えの所為で、悲劇を生むとは考えもしなかった。




◇◇◇◇◇◇




「今年は、何人くらい入部するんだろうな」


「かなり来るんじゃないか? 去年、甲子園にも行ったしな。山岸、纏められるのか?」


「やるしかないだろ? 内藤も僕のサポートしてくれよ」


「わかった。わかった」


 内藤と、そんな他愛もない会話をしながら部室へ向かう。

 すると部室の周りには、通路を塞ぐ程の人だかり。

その目線の先には、須賀と市原がいた。


「おい、市原。これはどういうことだ?」


 内藤が、人だかりの間から市原に問う。


「入部希望者だってよ」


 まさかとは思ったが、市原の話だとここにいる連中全員が、入部希望者らしい。

軽く数えても、百人はいるレベルだ。

 動揺しながら僕と内藤が部室を目指すと、道が開ける。


「あの人が山岸さんだ。すげぇな」


「あのスプリットはすげぇよな」


 僕の姿を見て、何人かの入部希望者がそう囁く。

耳を真っ赤にしながら、ようやく辿り着いた部室の入り口。

流行る気持ちを抑えながら、ユニフォームに袖を通す。


「よし……」


 新しく購入したスパイクの感触を確かめながら、部室の外に出る。

更に僕へ視線は高まった。


「入部希望者は、グラウンドに集まってくれ」


 キャプテンとして、入部希望者にしておかなくてはいけない初仕事。

部員と入部希望者達とで、グラウンドが埋め尽くされる。


「僕がキャプテンの山岸 蓮だ」


 僕は住田さんや東海林さんのように、第一声を張ってみせた。

ところが、入部希望者達は、ざわつきを見せたのだ。

僅かに聞こえる陰口……。


「僕? 迫力ねぇよな」


「自分のこと『僕』だってよ。イメージ違うな」


 僕は地獄耳と言える程、その囁きを捉えていた。

自分の方が先輩――しかもキャプテン。

だが、僕はそのことにショックを受け、完全に萎縮してしまったのだ。

 事態を重く受け止めた内藤は、


「今、言った奴誰だ!」


と、怒号を上げたが、当然名乗り出る訳がない。

 こんなにも集まってくれた入部希望者を、僕は纏め上げることが出来なかったのだ。




◇◇◇◇◇◇




 その日の部活帰り、千秋は言う。


「元気だしてよ。蓮ちゃんは蓮ちゃんだもん。今更『僕』が『俺』になったら可笑しいよ」


「……だよな。それにこんなとこで躓いていられないもな。千秋、ありがとう」


「どう致しまして~」


 千秋は舌をペロッと出しながら、おどけて見せた。

いつもは僕が千秋を引っ張っていく感じだが、こういう時は千秋の方が頼りになる。

 僕は夕日が沈む中、感謝の気持ちを込め、千秋に優しく口付けをした。

 翌日、昨日のことを払拭するかのように、厳しく練習にあたる。

入部希望者達は、総勢百五人。

嬉しいことに一人も欠けることなく、入部したのだ。

 大所帯になった野球部を纏め上げるのは、一筋縄ではいかない。

その為、僕は去年の倍のメニューを組むことにした。


――去年の練習量では、甲子園で勝てない。何としてもプロに行く為には、実績が必要だ――


 そう考える僕と、部員達との間に溝ができ来始めたのだ。


「山岸、ちょっと練習量厳しくないか?」


 不満そうな顔で、市原は言う。

市原は、進学を希望している。

だから、市原の言い分もわかる。

だが、今までの練習量で、甲子園で勝てないのは明白だ。


「嫌なら、辞めたっていいんだぞ!」


 僕がそう言うと、間髪入れず内藤が止めに入る。


「山岸、言っていい事と悪い事ってあんだろ? 市原だって、事情があるんだよ」


 熱くなっていたのは、わかっていた。

だが、どうして自分をコントロール出来なくなっていたのだ。


――皆、勝ちたいに決まってる――


 そう言う考えが招いた悲劇であった。


――住田さん、東海林さん……僕はキャプテン失格でしょうか……――


 空回る気持ちは、更に僕を苦しめていった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ