キャプテンとしての素質
最終章の始まりです。若干、一部や二部と異なる展開ですが、最後までお付き合い頂けると幸いです。
東海林さん達三年生が学舎を去り、キャプテンとしての時代がやって来た。
それは、最後の年ということを示唆していた。
いよいよ、新学期。
真新しい制服に身を包んだ一年生を見ると、入学した頃を昨日のことのように思い出す。
思えば内藤と出会い、プレートと出会ったことで、僕の野球人生が始まったのだ。
今では、寝ても覚めても野球のことばかりだ。
「〇〇商事に、就職しようかと思うんだ」
「へぇ、あそこは給料もいいしな。俺は〇〇大学を目指すよ」
クラスメイトも、就職組と進学組に別れ、皆それぞれ将来のビジョンを描き始めていた。
「内藤、お前はどうするんだ?」
どう返ってくるかはわかっていたが、聞いてみる。
「勿論、プロ目指すよ。山岸、お前はどうするんだ?」
ここまで内緒にして来たが、僕はこれを期に内藤に告げた。
「僕もプロに行きたい……」
僕がそう言った瞬間、教室に静寂が訪れる。
聞き耳を立てるように、クラスメイトは僕の顔を見つめた。
「そ、そんなに驚くなよ」
後から内藤に聞いた話だと、皆僕の将来が気になっていたとのことだ。
注目を浴びることに悪い気はしないが、何処か照れ臭い。
結局、僕も内藤もプロを目指すということだ。
その為には、今年の甲子園ではもっと勝ち抜かなくてはならない。
そう思った瞬間、僕は自分自身に驚いた。
以前までは甲子園なんてのは、夢のまた夢。
そう思っていたのに、今は甲子園で勝ち上がることを思い描いている。
当たり前とまではいかないが、必然的に目標が高く設定されていたのだ。
しかし、その考えの所為で、悲劇を生むとは考えもしなかった。
◇◇◇◇◇◇
「今年は、何人くらい入部するんだろうな」
「かなり来るんじゃないか? 去年、甲子園にも行ったしな。山岸、纏められるのか?」
「やるしかないだろ? 内藤も僕のサポートしてくれよ」
「わかった。わかった」
内藤と、そんな他愛もない会話をしながら部室へ向かう。
すると部室の周りには、通路を塞ぐ程の人だかり。
その目線の先には、須賀と市原がいた。
「おい、市原。これはどういうことだ?」
内藤が、人だかりの間から市原に問う。
「入部希望者だってよ」
まさかとは思ったが、市原の話だとここにいる連中全員が、入部希望者らしい。
軽く数えても、百人はいるレベルだ。
動揺しながら僕と内藤が部室を目指すと、道が開ける。
「あの人が山岸さんだ。すげぇな」
「あのスプリットはすげぇよな」
僕の姿を見て、何人かの入部希望者がそう囁く。
耳を真っ赤にしながら、ようやく辿り着いた部室の入り口。
流行る気持ちを抑えながら、ユニフォームに袖を通す。
「よし……」
新しく購入したスパイクの感触を確かめながら、部室の外に出る。
更に僕へ視線は高まった。
「入部希望者は、グラウンドに集まってくれ」
キャプテンとして、入部希望者にしておかなくてはいけない初仕事。
部員と入部希望者達とで、グラウンドが埋め尽くされる。
「僕がキャプテンの山岸 蓮だ」
僕は住田さんや東海林さんのように、第一声を張ってみせた。
ところが、入部希望者達は、ざわつきを見せたのだ。
僅かに聞こえる陰口……。
「僕? 迫力ねぇよな」
「自分のこと『僕』だってよ。イメージ違うな」
僕は地獄耳と言える程、その囁きを捉えていた。
自分の方が先輩――しかもキャプテン。
だが、僕はそのことにショックを受け、完全に萎縮してしまったのだ。
事態を重く受け止めた内藤は、
「今、言った奴誰だ!」
と、怒号を上げたが、当然名乗り出る訳がない。
こんなにも集まってくれた入部希望者を、僕は纏め上げることが出来なかったのだ。
◇◇◇◇◇◇
その日の部活帰り、千秋は言う。
「元気だしてよ。蓮ちゃんは蓮ちゃんだもん。今更『僕』が『俺』になったら可笑しいよ」
「……だよな。それにこんなとこで躓いていられないもな。千秋、ありがとう」
「どう致しまして~」
千秋は舌をペロッと出しながら、おどけて見せた。
いつもは僕が千秋を引っ張っていく感じだが、こういう時は千秋の方が頼りになる。
僕は夕日が沈む中、感謝の気持ちを込め、千秋に優しく口付けをした。
翌日、昨日のことを払拭するかのように、厳しく練習にあたる。
入部希望者達は、総勢百五人。
嬉しいことに一人も欠けることなく、入部したのだ。
大所帯になった野球部を纏め上げるのは、一筋縄ではいかない。
その為、僕は去年の倍のメニューを組むことにした。
――去年の練習量では、甲子園で勝てない。何としてもプロに行く為には、実績が必要だ――
そう考える僕と、部員達との間に溝ができ来始めたのだ。
「山岸、ちょっと練習量厳しくないか?」
不満そうな顔で、市原は言う。
市原は、進学を希望している。
だから、市原の言い分もわかる。
だが、今までの練習量で、甲子園で勝てないのは明白だ。
「嫌なら、辞めたっていいんだぞ!」
僕がそう言うと、間髪入れず内藤が止めに入る。
「山岸、言っていい事と悪い事ってあんだろ? 市原だって、事情があるんだよ」
熱くなっていたのは、わかっていた。
だが、どうして自分をコントロール出来なくなっていたのだ。
――皆、勝ちたいに決まってる――
そう言う考えが招いた悲劇であった。
――住田さん、東海林さん……僕はキャプテン失格でしょうか……――
空回る気持ちは、更に僕を苦しめていった。