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あの夏を忘れない  作者: エイノ(復帰の目処が立たない勢)
第二章 甲子園への道程 二年生編
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この夏を忘れない

 念願だった甲子園での一勝を上げた僕達だったが、二回戦の華巻西戦は散々なものだった。

 僕は足の怪我の所為もあり、途中降板した。

もっとも、怪我をしていなくても華巻西には負けていたであろう。

 一回戦を勝ち進み浮かれていた僕達とは対照的に、巧みな技と弱点をついてくる野球は、とても太刀打ち出来るものではなかった。

 8-1。

全ては結果が物を言っていた。

 こうして、長く儚い僕達の夏は、終わりを告げたのである。

 久しぶりに地元に戻ると、待ち受ける人は(まば)らだ。

送り出してくれた時の半数……いや、それ以下かも知れない。

 いくら一回戦を勝ち抜こうとも、二回戦で大敗を喫した僕達には、労いの言葉もないのだ。

それは、お盆を間近に控えた暑い夏の日だった。

この悔しさをバネに、もう一度甲子園を目指そうと思った瞬間でもあった。




◇◇◇◇◇◇




 それから一週間後、僕達は早くも新チーム結成に向けて動き出そうとしていた。

練習後、東海林さんが部室に僕達を集める。

恐らく、新キャプテンを決めるのだ。

 新キャプテンの決定権は、基本的に現キャプテンにある。

だが、今回は三年生全員が話し合い決めたらしい。


「練習、ご苦労だった。お前達のお陰で念願だった甲子園にも行け、一勝も上げることが出来た」


 そう話すのは、キャプテンの東海林さんだ。

東海林さんは、一通り部員達の顔を見渡すと、更に続けた。


「お前達もわかっていると思うが、俺達三年生が一緒にいられるのも、あと僅かだ。そこで新キャプテンを決めることにする」


 ざわつく部員に、鈴木さんが渇を入れる。


「静かにしろ! 大事な話だ」


 部室に静寂が戻ると、東海林さんが再び口を開く。


「新キャプテンは……山岸、お前に頼む」


「ぼ、僕が?」


 突然のことに僕は、動揺しながら体を乗り出した。


「今まで、副キャプテンを努めて来た実績もあるし、妥当だと判断した」


「そ、そんな……僕には無理ですよ」


「無理じゃない。やってもらわなくては困る。だよな、鈴木?」


「そう言うことだ。山岸、お前には俺達が出来なかった全国制覇の夢を叶えてもらわないとな」


「全国制覇?」


 冗談なのか本当なのか、鈴木さんは真顔で言った。


「冗談ではないぞ! 山岸……」


 そこに監督が、タオルで汗を拭いながら部室にやって来た。


「でも、監督。全国制覇なんて……」


「何だ、ビビってんのか? それくらいの気持ちを持てってことだ。なぁ、東海林!」


「えぇ、監督の仰る通りです。副キャプテンは、内藤……お前に任せる。山岸をサポートしてやってくれ」


「わかりました」


 僕の意見は反映されることなく、トントン拍子に事は進んでしまった。

やれる自信はない。

でも、誰だって自信があってキャプテンをやる訳じゃない。

僕は腹をくくって、キャプテンを引き受けた。




◇◇◇◇◇◇




 秋も深まり掛けた頃、我が明秋野球部に吉報が舞い込んできた。

甲子園に出場したことで、校長が野球部に投資をしてくれたのである。

 屋内練習場に、天然芝……近隣の高校にはない充実した設備だ。

嬉しいのは山々だが、その分プレッシャーもある。

 そんな時、内藤は言う。


「勝てばいいんだよ」


 シンプルイズベスト。

確かにその通りだ。

だが、その勝つのが大変なのだ。

 そのプレッシャーに打ち勝つ為、更に厳しい練習をこなす。

屋内練習場があるお陰で、部活が休みになることはない。

 その無理が祟ったのか、明秋野球部の主軸である内藤が腰を痛め、市原、広野が膝の怪我をしたのだ。

幸い生活に支障はないレベルだったが、秋季大会は絶望的なものになった。

つまりそれは、春の選抜も出場出来ないということを示唆していたのだ。

 だからと言って、内藤達を責める訳にもいかない。

僕達は春の選抜を諦め、夏の甲子園を目標に掲げた。

 そんな時、テレビに映る本庄の姿があった。

今日は、誰もが注目するドラフトの日。

 本庄がプロを目指していたことは噂に聞いていたが、それは現実の物になっていった。

画面の向こうで、仲間達に祝福される姿は、柄にもなく嬉しそうで好感を持てるものであった。


『僕も、プロになりたい』


 そう思った瞬間だった。




◇◇◇◇◇◇




 季節は秋を越え、冬を過ぎ、そしてまた春が来る。

出会いがあれば、その数だけ別れもある。

 この二年間、お世話になった先輩が学舎をあとにする日。

緊張した面持ちで、それでいて何処か大人びた雰囲気が伺える。


「東海林さん、鈴木さん、木下さん。今までお世話になりました……」


 堪えていた涙が、お辞儀した瞬間靴先にポツリと落ちる。

住田さんの時もそうだが、嬉しかったこと辛かったこと――そして、甲子園で共に汗を流し、最後まで白球を追い掛け戦い抜いたことを思い出す――。





――きっと、忘れない……忘れちゃいけない……悔しさと共に――




「山岸……泣くな。俺達の分も頼んだぞ……」


「木下さん……」


「山岸、千秋ちゃんと仲良くな」


「鈴木さん……」


「山岸……皆を纏めて、全国制覇……頼んだぞ!」


「東海林さん……皆さん……ありがとうございました。僕……頑張ります」


 青く澄んだ空に一片の桜が舞い散る――。

三年間通い続けた校門を、肩を並べて去っていく三人。


 僕は三人が見えなくなるまで、何度もありがとうございましたと呟いた。


 これで第二部完結です。キリがいいので評価、感想頂けると嬉しいです。

次話より、いよいよ最終章です。

これまでと多少テイストが変わることをご了承下さい。


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