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あの夏を忘れない  作者: エイノ(復帰の目処が立たない勢)
第二章 甲子園への道程 二年生編
72/88

大観衆は敵か味方か

「無茶なのは、わかってる。でも投げさせて下さい……」


――バシッ――


 鈴木さんがグローブで、僕の頭を殴り付ける。


「それでこそ、明秋のエースだ。よし、全ては山岸……お前に託した。お前ら締まっていくぞ。山岸、守りは任せろよな」


「はい!」


 鈴木さん……何て心強い先輩なんだ。あれほど、やる気がなく、練習嫌いだった鈴木さんが頼もしく見える。キャプテンは東海林さんだが、本当は鈴木さんがキャプテンやるべきだったのでは? いや、影の立役者であったからこそ、鈴木さん自身も成長出来たのかも知れない。


「やるか……」


 この夏の集大成を、見せる時が来た。足の痛みがなんだ。五点差がなんだ。PM学園がなんだ。

 僕は僕らしく、明秋高校らしい野球を見せるだけだ。痛みをはね除け、投げてやる。

 最終回、PM学園は先頭からの好打順。相手も有利だが、手の内がわかるだけに、僕だって有利だ。

 石村は、左打席にバットを構える。絶対に塁に出してはいけない。点差を広げてはいけない。

 僕は全身全霊を賭け、一球目を投げた。


「ストライク――っ!」


 足の痛みはあるが、何とかなりそうだ。鋭く内角ギリギリに、直球は決まった。

 内藤はサインを出さず、ただストライクゾーンにミットを構える。


「全てを委ねるってわけか……。悔いのないようにってね……」


 二球目は、スライダー。打てるなら、打ってみろと言わんばかりに、気合いの入ったピッチング。


「ボール」


 石村は寸での所でバットを止めた。外角に逃げた球は、僅かに外れボール。見事な選球眼である。

 これに手を出していれば、間違いなく打ち取っていたであろう。そこに手を出さないあたり、本物である。


「なら、これならどうだ?」


 僕は、スローカーブを投げた。今ではスプリットや、スライダーに負けないくらい自信のある変化球だ。


――カツン――


 中途半端に振られたバットは、勢いのない打球を一塁側に生んだ。市原はそれを捕球し、自らベースに入った。


「よし……ワンアウト……」


 正直、ここ(マウンド)に立っているもやっとなくらいだ。


 あと何球投げれるのだろう?


 あと何球投げたら楽になれるのだろう?


 明日の今頃、僕は笑っていられるのだろうか?





 わからない……。





 右手に拳を作り、心臓を軽く叩く。


「まだ、やれる……やれるはずだ」


 打席には、あの粘り強い佐々木。毎回のことながら、極端に短く持つバット。


――意地でも塁に出ようというだな? 残念ながら、簡単に塁に出させる程、僕はお人好しではない。足の痛みがなんだ。正々堂々、受けてやる――


 今回は粘らせない。僕は球種を直球に絞り、振りかぶった。


――カコン――


 ヒットにする気のない、中途半端な当たり。打球はコロコロと、一塁側のファールグラウンドに転がっていった。


「例によって、粘る気だな? そうはさせないんだ……よ」


 渾身の力を込め、再度直球を投げ放つ。


――ズバン――


 その球は、ど真ん中に吸い込まれた。加えて、掲示板には150kmが計測された。自身初の、150km台だ。

 大歓声が僕に向けられる。しかし、喜んではいられない。ツーストライクでは、アウトにならないのだ。

 次に投げる球は、当然スプリット。遊び球はいらない。


「これで決める……」


 帽子を被り直し、白球を握り締める。スプリットを投げると悟られぬように、僕は振りかぶった。

 佐々木は身構え、狙いを定めている。


――行け――


 祈るように、僕はそれを見守った。


――カツン――


 バットは僅かに白球を捉えたが、そのまま内藤のミットに収まった。


「ストライク、バッターアウト――っ!」


「よし!」


 僕は、この試合初めてのガッツポーズを決めた。あと一人……あと一人きっちりと抑え、反撃に出るのだ。


「三番、ライト、鴫原君」


 打席には、唯一この試合ヒットを許していない鴫原が入る。僕は鴫原の苦手なコースを攻めたが、制球が定まらず四球を出してしまった。


 ツーアウト、一塁。


「四番、ファースト、権田君」


 やはり、こいつとの勝負は避けられないようだ。二回に豪快な一撃を放った権田だ。

 もはや高校生離れした体格は、後ろにミットを構える内藤が中学生に見える程だ。

 マウンドの土をならしていると、この回初めて内藤がサインを出す。


――敬遠だ――


 敬遠……過去にもあったが、気分の良いものではない。しかし、勝つ為にはと僕は首を縦に振った。


「ボール」


「ボール」


 途端に、さっきまで僕に送られていた声援が、罵倒に変わる。


「…………やっぱり、嫌だ」


 僕は、セットポジションを外し、内藤に座るように促した。内藤はマスクを脱ぎ捨て、笑顔で答えた。


「それでこそ、お前だ」


 ここは、敬遠するのが正攻法。勝負するリスクは計り知れない。

でも、僕は決めた。


『どんな結果が待ち受けていようと、逃げない』と。

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