甲子園の洗礼
佐々木は躊躇しながらも、その球に食らい付く。
――キィィン――
「山岸――っ!」
投球を終えた僕に、内藤が叫ぶ。その意味がわかったのは、僕が打球に目にがいった瞬間だった。痛烈な当たりが、僕に迫って来る。身の危険を感じた僕は、体勢を屈め打球にグローブを出していた。
――バシッ――
一旦、グローブを弾き、左足のスパイクに打球は当たった。電気が走るような痛み、しかし打球を追う方が先決だ。
浮き上がった打球は、ショートの広野が既に捕球していた。
「んなろうぉぉ」
広野はワンステップで、一塁へと送球する。
「アウト――っ!」
「ふぅ……広野、ナイスカバー」
「おう!」
佐々木と次の鴫原を内野ゴロに打ち取り、マウンドを降りる。途端に、受けた打球の痛みが押し寄せる。
「蓮ちゃん、大丈夫?」
「あぁ、大したことない。千秋、念のためスプレーをくれ」
僕はスパイクを脱ぎもせず、表面のみクールダウンを図った。後に、このことが試合を大きく左右するとも知らずに。
注目のPM学園左腕三年生エース内山だが、府大会では向かうところ敵なしという程の、投球ぶりだったらしい。
そんな大投手相手に、僕達が攻略出来るかは疑問だ。少ないチャンスを物に出来るかが、キモになってくるには間違いない。
プレートRでは、これまで見たことがないくらいの高ランクなステータスだ。
投手力99
打撃力75
守備力91
走力90
ガッツ95
この大会で、一番プロに近いと言っても過言ではない。
その噂は本物で、一番の鈴木さんがキャッチャーフライに倒れ、二番の広野は内野ゴロ、三番の内藤に限っては、一度もバットを振ることなく三振に倒れた。
まるで一瞬のような攻撃。そんな僕達に監督が渇を入れる。
「お前ら、何度言わせたらわかるんだ。ビビってんじゃねぇよ。相手も同じ高校生だって言ってんだろ? 少しは考えろ。ここに来るまで、何校が涙を飲んだと思ってんだ? お前らはその代表なんだぞ!」
確かに監督の言うことはもっともだ。本庄を初め、僕達は数々の高校を撃破してきた。負けていった高校の為にも、無様な試合は出来ない。
いつもながら言葉にトゲはあるが、僕達は冷静になれた。
二回表、先頭打者は内藤や市原達より、一回りも大きい権田だ。この権田も内山同様、プロ注目の選手で既にドラフト一位指名を掲げている球団もあるほどだ。
プレートRでも、桁違いだということがわかる。
強肩91
打撃力99
守備力85
走力65
ガッツ95
僕は臆することなく、自信を持って直球を投げた。投球を組み立てる上で、最も重要で県大会を勝ち抜いて来た球だ。
――キィィン――
打球は綺麗な放物線を描き、レフトスタンドに吸い込まれていく。何が起きたかわからない程の一瞬だ。
大歓声の中、権田は拳を掲げダイヤモンドを一周する。何度も浴びたことがあるホームランだが、この大舞台で浴びるのは気分のいいものではない。まるで、大観衆が全て敵に見えてくるのだ。
「これが甲子園なのか……」
肩を落とす僕に、内野陣は優しい言葉を掛けてくれた。
「ドンマイ」
今日ほど、その言葉がありがたいと思ったことはない。僕はその後、開き直りピシャリと抑えた。いくら相手が格上とは言え、僕にもエースとしてのプライドがある。
自分だけのプライドじゃない。県民の思いを背負った、代表としてのプライドだ。
◇◇◇◇◇◇
しかしながら、相手は全国でも有名な強豪。僕達は、チャンスを活かし切れず、三塁ベースすら踏むことが出来なかった。
一方、PM学園は地道にチャンスを物にし、気付けば五点差がついていた。
八回を終え、5-0。誰もが、一回戦敗退の文字を描き始める。だが、僕達は諦めない。最後の最後まで、試合はわからないのだから。
九回表、マウンドに駆け出すと、左足に違和感を覚えた。まさかと思い、そっと撫でてみる。
「いて……」
熱を帯び、触れただけで信じられないくらいの痛み。
投球練習を前に、僕は内藤を呼び出した。
「内藤……。足が……足が」
「山岸、落ち着け! 交代するか?」
頑張れと言ってくれると予想していたが、内藤は僕に労いの言葉を掛けてきた。
「ここまで頑張ったんだ。交代するのも、悪くない。皆だって、そう言う筈だ」
なかなか投球練習をしない僕に異変を感じたのか、広野、鈴木さん、市原、木下さんと内野陣がマウンドに集まる。
「あの打球か? 山岸、ここまでよく頑張った。後はお前に任せる」
「鈴木さん……」
「そう言うことだ。無理はするな」
「木下さんまで……」
「悔いは残すなよ」
「広野……」
「いい夢見させてもらったぜ」
「市原まで……」
内藤は笑顔で、ミットを叩く。
「さぁ、どうするんだ。皆、この試合はお前に賭けている。どんな結論を出そうと、俺達はお前に従う」
広がる青空、一段と盛り上がる大歓声。僕は呼吸を整え、答えを口にした。
「内藤……僕は……僕は……」