甲子園で始まる激闘
そして、明秋高校創立以来初めて、甲子園での初戦の日を迎えた。
第一試合、石川県代表、金沢順正大対宮城代表天台育英の試合が行われた。両者一歩も譲らず、白熱の試合展開を見せ、大観衆を大いに沸かせた。
結果は4-3で、天台育英が早くも二回戦進出を決めた。この試合の決めては、選手宣誓をした本多さんの活躍にあった。
一方の金沢順正大は、あと一歩及ばず涙を飲んだ。金沢順正大ナインは、涙を流しながら甲子園の砂を集める。スタンドからは、金沢順正大に労いの言葉が掛けられた。
地元の期待を背負ったが、叶えられなかった金沢順正大ナインの夏はこうして終わった。
他人事ではない。全国で僅か一チーム以外は、同じ経験をするのだ。それが、全国……甲子園という場所だ。
◇◇◇◇◇◇
「さぁ、いよいよお前達にとって甲子園デビューだ。悔いのないように、全力でプレーして来い!」
監督は言葉少なに、僕達を送り出した。太陽も天まで登り始め、日差しも最高潮に強くなる。熱い思いを胸に、グラウンドに駆け出す。
「お願いします!」
一塁側後攻の僕達は、そのまま守備位置についた。練習でも上がったマウンドだが、試合となるとまた気分が違う。何より、テレビカメラが何台もいて、全国放送されていると思うと緊張が過る。
「これが甲子園……」
甲子園で投げるという実感が、沸いてくる。
「一番、セカンド、石村君」
テレビでよく聞く、ウグイス嬢の声が甲子園に響き渡る。透明感があり、球場外にも溢れる程のエコー。見るもの、聞くもの初めてで、本当に自分はここにいるのかと思う程だ。
「プレーボール!」
一番打者の石村が、左打席に入る。府大会では五割をマークし、俊足で有名らしい。僕と同じ二年生で、陸上を取るか野球を取るか悩んだ点も僕に類似している。
プレートでは確か……
強肩85
打撃力87
守備力95
走力96
ガッツ97
と、表示されていた。
さすが、強豪……全国ともなると桁違いだ。
サイレンがなると同時に僕は振りかぶり、第一球を投げる。記念すべき一球目は、直球と決めていた。
「ストライク――っ!」
低めにストライクが決まると、スタンドからドッと歓声が沸き起こる。恐らくこの試合、大半が優勝候補の一角であるPM学園に声援が送られるのであろう。応援自体は嬉しいが、応援で野球をしてる訳ではない。気にしないと言えば嘘になるが、僕は投球に専念した。
二球目は、更に磨きを掛けたチェンジアップ。石村はそれを引っ掛け打球は一塁側スタンドに吸い込まれていった。
「おお――っ!」
ファール一つでこの歓声だ。
「ファールボールに、お気をつけ下さい」
更に、ウグイス嬢によるアナウンスも入る。まるでお祭り騒ぎだ。
「ふぅ……」
雰囲気に飲み込まれないように、深呼吸をする。まず一つ……まず一つアウトを取れば、自然と馴染むはずだ。
僕は丁寧に内藤のサインを受け取ると、決め球であるスプリットを投げた。
――キィィン――
落ちが甘かったとは言え、石村は救い上げるようにスプリットを打ち返した。打球は、セカンドの鈴木さんへと転がる。反応のいい鈴木さんは素早く駆け出し、打球に追い付く。
――パシッ――
しかし、一度はグローブに収まった白球が、溢れた。
「くそ……」
若干焦りはあったが、鈴木さんは白球を拾い上げ、ファーストの市原へと送った。それと同時に、石村も一塁を駆け抜ける。判定は微妙なところだ。
「アウト――っ!」
審判は迷いながらも拳をグッと握り、アウトの判定を下した。
「鈴木さん、ナイスプレー」
「山岸、悪りぃ。少し焦っちまった」
鈴木さんは、早くも泥だらけになったユニフォームの土をはらいながら、笑顔でそう言った。何て心強い、そして何と頼もしいのだろう。僕は流れた汗を拭いながら、天を仰いだ。
心なしか、アウト一つ取ったことで、緊張も解れた気がする。過度の緊張していたつもりはないが、これ程の大舞台……やはり、力んでしまったのかも知れない。
「二番、センター、佐々木君」
僕が、PM学園で最も警戒していた佐々木が、右打席に入る。何故、警戒していたかと言うと、とにかく粘り強い。その為、府大会でも三振は僅かに一つ。例えアウトになったとしても、意地でも前に打つという強者だ。ピッチャーとしては、一番やりにくい相手だ。
だが、こっちにも作戦はある。千秋が調べたデータでは、緩急の差にめっぽう弱いらしいのだ。因みにプレートR上では、わからないデータだ。
強肩80
打撃力78
守備力82
走力78
ガッツ90
この平凡なステータスで、強豪PM学園のレギュラーを勝ち取ったのには、そう言う訳があった。
佐々木は一礼すると、バットを極端に短めに持った。
「絶対に打たせない」
僕は強い気持ちを胸に、渾身の力で直球を投げた。
――キィン――
佐々木の打った球は、バックネット裏に飛んでいった。
「噂通りだ。なら、これならどうだ?」
僕はボールの縫い目を確認すると、須賀から密かに教わったスローカーブを投げた。初球投げた直球との差は、およそ三十キロ。
「どうだ?」
僕は、投げ放った白球の行く末を見守った。