野球が好きだ
内藤が、練習に来なくなって三日が過ぎた。
二人の間に、何処か気まずい雰囲気のような壁が出来て話もしなくなった。
今思えば、僕の方が内藤を避けていたのかも知れない。
内藤は次第に学校もサボりがちになり、たまに学校に来ても、いつの間にか早退するという日々が続いた。
そんなある日、不良グループ達と煙草を吸いながら、ゲームセンターから出てくる内藤の姿を見つけた。
髪を金髪に染め上げているが、紛れもなく内藤だ。
「内藤……」
自信なさげにか細い声で、その名を呼んだ。すると、内藤よりガタイの良いリーダー格と思われる男が話し始めた。
「何だぁ? こいつ……内藤、知り合いか?」
「知らねぇよ!」
その言葉を聞いて、僕は思わず声を張り上げた。
「内藤! あの時、甲子園に行きたいって言ってたのは嘘だったのかよ! お前の夢は……そんなに安っぽいモノだったのかよ……なぁ……目を覚ましてくれよ……」
気が付くとアスファルトにヘタリ込み、涙が溢れていた。
「何だ? こいつ……気持ち悪りぃな! 皆行こうぜ」
リーダー格の男がそう言うと、内藤もそれに同調し歩き始めた。
時々、振り返る内藤の姿は、もうあの頃の『内藤』ではなかった。
◇◇◇◇◇◇
次の日、部室へ行くと、顔を腫らした内藤が土下座をして先輩達に謝る姿があった。
「すみませんでした……もう一度……野球をやらせて下さい……」
金髪だった髪は元の黒髪に戻り、痛々しいほど腫れ上がった頬。恐らく不良グループ達と決別した『ケジメ』なのだろう。
そんな内藤の姿に心を動かされ、僕は隣に跪いた。
「僕からも、お願いします……」
「山岸……」
内藤は隣で一緒に土下座する僕を見て、口角を上げた。
――もう、心配ない。あの頃の内藤が戻ってきたんだ。
この先どんな制裁が下されようと、問題ではない。大事なものを、取り戻したのだから。そんなことを思った。
「お前達、顔を上げろよ……俺達の方こそ悪かった。また俺達と野球……やってくれるか?」
住田さんは、少し目を潤ませながら言った。
――住田さんも、野球が好きなんだ。
僕はその顔を見てそう思った。そして、僕達はそれに答えるように『はい』と答えた。
「よし、練習始めるぞ!」
グラウンドに出ると、皆生き生きしていた。内藤の帰りを誰もが待っていたのだ。
僕と内藤の定位置でもある外野に腰を据えると、言葉少なに内藤は言った。
「山岸、ありがとな……やっぱ俺……野球が好きみたいだ……」
「何言ってんだよ……好きみたいじゃなくて、好きなんだよ」
僕がそう言うと内藤は帽子を深く被り、涙を頬に伝わせていた。
◇◇◇◇◇◇
内藤が戻り、キャプテンの住田さんが渇を入れ、初めてチームが一つになった。僕はしみじみ思った。
――練習量は倍になりキツくなったけど、皆野球が出来る喜びを知ったのだろう。
その表れがグランドの整備だ。草むしりをする僕と内藤に刺激され、先輩達も一人、二人と整備に参加するようになり、あれほど草木が生い茂っていたグラウンドがみちがえるように変わったのである。
――そして、僕達にとって初めての夏……県大会の予選の時期が近付いて来ていた。