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あの夏を忘れない  作者: エイノ(復帰の目処が立たない勢)
第二章 甲子園への道程 二年生編
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甲子園まであと一歩

 ワンアウト一塁。鮫島は、一塁ランナーの鈴木さんを頻りに牽制しながら、ようやく内藤に対しての第一球を投げた。低めに決まったこの直球を内藤は見逃し、ワンストライク。

 続く二球目は、高めに浮きボール。内藤のバットに動きはない。選球は冴えているようだ。三球目、鮫島の腕の振りは以前の二球目と違った。恐らく変化球であろう。内藤のバットが揺れる。


――ズバン――


 内藤のバットが空を切ったのと同時に、キャッチャーの羽田は二塁へ送球する。ヒットエンドランを試みようとした鈴木さんは既に飛び出しており、待ち構えるセカンドベース上のショートにタッチされた。

 これでツーアウトランナーなし。明秋に取っては手痛いアウトだ。内藤を肩を落としながらも、再びバットを構える。カウント、ツーストライク、ワンボール。

 マウンド上の鮫島は、終始リラックスムードでキャッチャーである羽田サインを快く受ける。


「ツーアウトだ、ツーアウト」


 まるで、僕達を馬鹿にするかのような羽田の一言。僕は、それを聞いてカチンと来た。いや、それ以上にカチンときた男がいた。バッターボックスにいる内藤である。

 内藤は、頭に血が昇るとバットを揺らす癖がある。正にいまがそれだ。


「内藤、落ち着け!」


 僕がそう言うと、バットの揺れは収まった。


――それでいい……頼んだぞ、内藤――


 鮫島はランナーがいなくなり、オーバースローに切り替える。内藤はクイッと腰を入れると、鮫島の放った球を的確に捉えた。レフト方向に流れた当たりは悪くない。レフトは、全力で打球を追う。


「うぐっ」


 レフトはフェンスに激突しながらも、その打球をグローブに収めた。向かい風じゃなければ、完全にホームランという当たりだ。

 東誠義塾は、このレフトと言い、先ほどのファーストと言いボールに対する執念が凄い。見習わなくてはならないと同時に、恐怖を感じる。

 そんな中、マウンドから降りてくる鮫島は、ポツリと羽田に言った。


「明秋は大したことないな。寺が丘の方がよっぽど強かったよ」


「鮫島、聞こえるって」


「いいじゃん、羽田。本当のことだし……」


 鮫島は、マウンドに登る僕の目を見ながらそう言った。スポーツマンらしからぬ言動に苛立ちを覚えたが、仮にこれが平常心を失わす挑発だったとしたら、踊らされた僕が負けだ。悔しいが、全ては試合で決着をつける。僕はそう考えた。




◇◇◇◇◇◇




 一回裏、僕も鮫島と同様に先頭打者にヒットを浴びたが、その後はコントロールめ定まり、警戒していた羽田も内野ゴロに打ち取った。

 その後、お互い一点ずつ加え、試合は最終回を迎えていた。

 先頭打者の神田さんがラッキーな内野安打で出塁し、僕が手堅く送る。続く東海林さんが四球を選び、ワンアウト一、二塁。

この試合始まっての大チャンスを迎えていた。

 次の打者は金沢だ。そこで、監督が金沢を呼び止め主審に言い放つ。


「代打、須賀」


 僕達は唖然とした。須賀は僕の抑えであるし、肩も温めていない。それ以前に、ピッチャーはこの僕だ。

 須賀は戸惑いながらも、早急にヘルメットを被り打席に立つ。


「何故、金沢を降ろしたんですか?」


 僕は納得がいかず、監督にそう言った。


「いいから、黙って見てろ」


 監督はそれ以上何も答えず、ベンチに鎮座した。


「いいんだ、山岸……」


 僕を宥めるように、金沢が僕の肩を掴んだ。


「何がいいんだよ」


 僕がそう突き返すと、金沢は右足の裾を捲り上げた。


「これを見てくれ」


 金沢にそう言われ、僕がその足に目をやると痛々しいほどに腫れ上がっていた。


「金沢……お前」



 考えてみると心当たりがあった。あれは五回裏……四番の羽田の打った当たりだ。打球はセンターの金沢の頭上を越え、あわやホームランという当たり。

 金沢は懸命に追い付くも、グローブに弾かれ落球させてしまった。その際、返球が遅れたのを思い出した。恐らくその時に、足を捻りでもしたのだろう。


「無理して俺が出るより、須賀が出た方が無難だ。それに万が一、延長になった場合、山岸と入れ替えられるだろ? だから、監督の判断は正しい」


 金沢はそう言うと、監督に一礼し奥に引っ込んだ。そのドアの向こうからは、咽び泣く金沢の声が聞こえた。よほど、悔しかったのであろう。


――須賀、頼んだぞ――


 僕は祈るように、打席の須賀を見守った。鮫島は凛とした態度で、須賀に立ち向かう。

 その威圧に負けたのか須賀は、初球を引っ掛けた。打球は力なくセカンドの立花へと転がった。立花は素手でその球を捕球すると、振り向き様にセカンドへ送球した。更にベースカバーに入ったショートが、一塁へ送球する。

 須賀は、練習では滅多に見せないヘッドスライディングを見せた。撒き散らした砂埃が収まると、審判は『セーフ』と言い放った。

 ツーアウト一、三塁。ギリギリ首の皮一つで繋がった感じである。

 打席には木下さん。下手をすれば、これが最後の打席。緊張が明秋ベンチに走る。

 ここまで疲れを見せなかった鮫島も、大量の汗をかき疲れた表情を見せる。お互いここが正念場だ。

 鮫島は呼吸を整えると、セットポジションからサイドスローで投げた。木下さんは、三年間の思いを胸にバットを振り抜いた。


――キィィン――


 ややバットの先だが、打球はセンター前へ抜けていった。三塁ランナーの神田さんが帰り2-1。甲子園出場まで、一歩近付いた瞬間だった。

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