真のエースはどっちだ?
「お願いです……監督……」
本庄は膝間づき、頭を垂れた。同じピッチャーとして、痛いほど気持ちがわかる。志半ばでマウンドを降りることが、どんなに辛いことか。言葉では言い表せない程の屈辱だ。
僕は、複雑な気持ちに苛まれた。確かに本庄がマウンドを降りれば、明秋に勝機は見えてくるであろう。でもそれは本庄に……聖新学院に勝ったとは言い切れない。完全に打ち崩してこそ、勝利と呼べる。
だが、きれい事では済まされないし、高校野球は負ければ後がないのだ。聖新学院の監督の言い分もわかる。
僕は気持ちより先に、三塁側に声を出していた。
「本庄さ――ん! 僕は、貴方をライバルだと思っている。ここでマウンドを降りたら、僕の勝ちってことですよね?」
挑発とも取れるその言葉は、ある意味僕に取って最大の賭けだった。先程の借りを返したいという気持ちと、本庄自体にも、悔いを残して欲しくないという二つの意味があった。
聖新学院の監督はムッとした態度で僕を睨み付け、本庄に言い放った。
「本庄……信じてもいいんだな?」
本庄はキョトンとした表情で、監督を見上げ、
「はい!」
と、一言返した。
監督は本庄に背を向け、
「なら、もう何も言うまい。聖新のエースらしく、最後まで投げ抜け!」
と、述べた。
僕の作戦が上手くいったのと同時に、本庄の思いが通じた瞬間であった。
本庄は軽く僕に一礼すると、再びマウンドに舞い戻った。スタンドからは溢れんばかりの声援が、本庄に贈られる。それに対し本庄は、丁寧にお辞儀をした。
チャンスを作った僕達に流れはあったが、この一幕の所為で遮断されてしまった。広野はこの雰囲気に飲まれ、本庄の投げる球に一度もかすることなく三振に倒れた。
「内藤、頼んだぞ」
「任せておけ」
流れを再び明秋に戻す為に、僕は内藤のバットに思いを委ねた。
ツーアウト、一、三塁。雰囲気は押されていが、間違いく明秋のチャンスに変わりはない。
内藤はバットを短めに持ち、脇を締める。本庄はすっかり気を取り直し、ロジンバッグに手を付ける。
ダイヤモンドの土も乾き初め、ムシムシとした熱気が帰ってくる。
「ここが正念場だな……」
「そうですね」
僕は監督にそう答え、プレートRで本庄のスタミナをチェックした。25/100。少し見ない間に、本庄もだいぶスタミナを消耗したようだ。
しかし、マウンド上の本庄は、さっきと異なりそんな疲れも見せない。
『エースとしての意地』
そんな言葉がピッタリと当てはまるようだ。
本庄は長い静止を経て、内藤に対して高速スライダーを放った。内藤はスライダーに的を絞っていたのか、手前ギリギリまで引き寄せバットを振り抜いた。打球は、サードの頭上を越える痛烈な当たりだ。快音が響いたと同時に、木下さんがホームに滑り込む。
聖新のレフトの好守備と好返球で、鈴木さんは二塁に留まったが、ようやく同点に追い付いた。続く市原は、ショートゴロに倒れチェンジになったが、僕に取って、この同点は価値のあるものになった。
九回表。何としてもここを0点に抑え、最後の攻撃に繋ぎたいものである。僕のスタミナは、もう少しも残っていない。しかし、僕も本庄には負けない。それがエースとしての意地であり、役目だからだ。
とは言え、投球練習することさえ辛い。そんな僕に、スタンドから聞き覚えのある声が響き渡る。この場に似つかわしくない、スーツ姿の中年男性。
――父さん――
「蓮――っ! 頑張れ――っ!」
――父さん、止めてくれよ。恥ずかしいじゃないか――
恐らく仕事の合間を抜け出して、応援に駆け付けてくれたのだ。恥ずかしい……けれど、それは本心じゃなく本当は何よりも嬉しかった。疲れが一気に吹き飛ぶような、心地好さ。僕は父親の応援を胸に受け止め、快投をした。
正直、もう握力も残っていない。けれど、その応援のお陰で三者凡退に打ち取ったのだ。
「ナイスピッチング――っ!」
僕は父親に目を合わせず、左手の拳を一塁側スタンドに掲げベンチへと戻った。
九回裏、1-1。この回の攻撃が無得点なら、延長戦だ。スタミナ面でも、延長戦だけは避けたい。
この回先頭打者は、神田さんからだ。当然、僕にも打順は回ってくる。神田さんが本庄と対戦している間、再度ネクストバッターサークルで、タイミングの確認をする。
本庄は持てるスタミナを、全てぶつけてくる。まるで、初回のようなピッチングだ。
「何処にそんな力が残っているだ」
僕の後ろに控えた東海林さんが、ポツリとそう言った。
「東海林さん、あれが聖新のエース、本庄ですよ」
わかりきったことである。わかりきったことではあるが、僕は再認識する意味でそう返した。
「ストライク、バッターアウト――っ!」
その間に神田さんは、三度バットに空を切らせ三振に倒れた。
「山岸、すまん。やっぱり本庄は本物だ」
「神田さん、気にしないで下さい。僕が何とかします」
自信なんてこれっぽっちもなかったが、神田さんにそう返し打席に向かった。
僕がバットを構えると本庄は、
「君には負けない」
と、言葉少なに言った。
僕は言葉を返すことなく、グリップを握る。
――ズバン――
本庄の球威は衰える所か、威力を増す。
――ズバン――
全く同じコース。僕は金縛りにあったように、バットが出ない。ツーストライク、ノーボール。
――次は必ず、振ってやる――
バットを振らなきゃ当たらない。そんなことは、子供でもわかる。
――ザシュ――
本庄は振りかぶり、球を投げてきた。恐らくは高速スライダー。
僕はどうにでもなれと、力一杯バットを振り抜いた。
――キィィィン――
自分でも驚く程、いい当たりだ。ライトは懸命に打球を追い掛ける。
「入れ――っ! 入れ――っ!」
ライトは脇目も振らず駆け抜ける。
――ドガッ――
ライトは打球を追うあまり、フェンスに激突し倒れた。
そして……
打球は、倒れたライトの遥か上を越え、ライトスタンドに吸い込まれていった。
「やった……やった……」
全身の力が抜け、僕はやっとの思いでダイヤモンドを一周した。
「ゲームセット!」
三度目の勝負は、僕のサヨナラホームランで勝利を飾ったのだ。泣き崩れる本庄が、僕に近付き、
「負けたよ……必ず甲子園に行ってくれよな……」
と、言った。
僕は力強く頷き、本庄と熱い抱擁を交わした。
――本庄、手強い相手だった――
僕は既に、次の決勝に気持ちを向けていた。
――目指すは、甲子園――
いつも拝読頂いてありがとうございます。
さぁ、いよいよ次回から決勝戦が始まります。
今年こそ、甲子園に行けるのでしょうか?
盛り上げていくので、応援お願いします。