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あの夏を忘れない  作者: エイノ(復帰の目処が立たない勢)
第二章 甲子園への道程 二年生編
64/88

真のエースはどっちだ?

「お願いです……監督……」


 本庄は膝間づき、(こうべ)を垂れた。同じピッチャーとして、痛いほど気持ちがわかる。志半ばでマウンドを降りることが、どんなに辛いことか。言葉では言い表せない程の屈辱だ。

 僕は、複雑な気持ちに苛まれた。確かに本庄がマウンドを降りれば、明秋に勝機は見えてくるであろう。でもそれは本庄に……聖新学院に勝ったとは言い切れない。完全に打ち崩してこそ、勝利と呼べる。

 だが、きれい事では済まされないし、高校野球は負ければ後がないのだ。聖新学院の監督の言い分もわかる。

 僕は気持ちより先に、三塁側に声を出していた。


「本庄さ――ん! 僕は、貴方をライバルだと思っている。ここでマウンドを降りたら、僕の勝ちってことですよね?」


 挑発とも取れるその言葉は、ある意味僕に取って最大の賭けだった。先程の借りを返したいという気持ちと、本庄自体にも、悔いを残して欲しくないという二つの意味があった。

 聖新学院の監督はムッとした態度で僕を睨み付け、本庄に言い放った。


「本庄……信じてもいいんだな?」


 本庄はキョトンとした表情で、監督を見上げ、


「はい!」


 と、一言返した。

 監督は本庄に背を向け、


「なら、もう何も言うまい。聖新のエースらしく、最後まで投げ抜け!」


 と、述べた。

 僕の作戦が上手くいったのと同時に、本庄の思いが通じた瞬間であった。

 本庄は軽く僕に一礼すると、再びマウンドに舞い戻った。スタンドからは溢れんばかりの声援が、本庄に贈られる。それに対し本庄は、丁寧にお辞儀をした。

 チャンスを作った僕達に流れはあったが、この一幕の所為で遮断されてしまった。広野はこの雰囲気に飲まれ、本庄の投げる球に一度もかすることなく三振に倒れた。


「内藤、頼んだぞ」


「任せておけ」


 流れを再び明秋に戻す為に、僕は内藤のバットに思いを委ねた。

 ツーアウト、一、三塁。雰囲気は押されていが、間違いく明秋のチャンスに変わりはない。

 内藤はバットを短めに持ち、脇を締める。本庄はすっかり気を取り直し、ロジンバッグに手を付ける。

 ダイヤモンドの土も乾き初め、ムシムシとした熱気が帰ってくる。


「ここが正念場だな……」


「そうですね」


 僕は監督にそう答え、プレートRで本庄のスタミナをチェックした。25/100。少し見ない間に、本庄もだいぶスタミナを消耗したようだ。

 しかし、マウンド上の本庄は、さっきと異なりそんな疲れも見せない。


『エースとしての意地』


 そんな言葉がピッタリと当てはまるようだ。


 本庄は長い静止を経て、内藤に対して高速スライダーを放った。内藤はスライダーに的を絞っていたのか、手前ギリギリまで引き寄せバットを振り抜いた。打球は、サードの頭上を越える痛烈な当たりだ。快音が響いたと同時に、木下さんがホームに滑り込む。

 聖新のレフトの好守備と好返球で、鈴木さんは二塁に留まったが、ようやく同点に追い付いた。続く市原は、ショートゴロに倒れチェンジになったが、僕に取って、この同点は価値のあるものになった。

 九回表。何としてもここを0点に抑え、最後の攻撃に繋ぎたいものである。僕のスタミナは、もう少しも残っていない。しかし、僕も本庄には負けない。それがエースとしての意地であり、役目だからだ。

 とは言え、投球練習することさえ辛い。そんな僕に、スタンドから聞き覚えのある声が響き渡る。この場に似つかわしくない、スーツ姿の中年男性。


――父さん――


「蓮――っ! 頑張れ――っ!」


――父さん、止めてくれよ。恥ずかしいじゃないか――


 恐らく仕事の合間を抜け出して、応援に駆け付けてくれたのだ。恥ずかしい……けれど、それは本心じゃなく本当は何よりも嬉しかった。疲れが一気に吹き飛ぶような、心地好さ。僕は父親の応援を胸に受け止め、快投をした。

 正直、もう握力も残っていない。けれど、その応援のお陰で三者凡退に打ち取ったのだ。


「ナイスピッチング――っ!」


 僕は父親に目を合わせず、左手の拳を一塁側スタンドに掲げベンチへと戻った。


 九回裏、1-1。この回の攻撃が無得点なら、延長戦だ。スタミナ面でも、延長戦だけは避けたい。

 この回先頭打者は、神田さんからだ。当然、僕にも打順は回ってくる。神田さんが本庄と対戦している間、再度ネクストバッターサークルで、タイミングの確認をする。

 本庄は持てるスタミナを、全てぶつけてくる。まるで、初回のようなピッチングだ。


「何処にそんな力が残っているだ」


 僕の後ろに控えた東海林さんが、ポツリとそう言った。


「東海林さん、あれが聖新のエース、本庄ですよ」


 わかりきったことである。わかりきったことではあるが、僕は再認識する意味でそう返した。


「ストライク、バッターアウト――っ!」


 その間に神田さんは、三度バットに空を切らせ三振に倒れた。


「山岸、すまん。やっぱり本庄は本物だ」


「神田さん、気にしないで下さい。僕が何とかします」


 自信なんてこれっぽっちもなかったが、神田さんにそう返し打席に向かった。

 僕がバットを構えると本庄は、


「君には負けない」


 と、言葉少なに言った。

 僕は言葉を返すことなく、グリップを握る。




――ズバン――




 本庄の球威は衰える所か、威力を増す。




――ズバン――





 全く同じコース。僕は金縛りにあったように、バットが出ない。ツーストライク、ノーボール。


――次は必ず、振ってやる――


 バットを振らなきゃ当たらない。そんなことは、子供でもわかる。


――ザシュ――




 本庄は振りかぶり、球を投げてきた。恐らくは高速スライダー。

 僕はどうにでもなれと、力一杯バットを振り抜いた。




――キィィィン――




 自分でも驚く程、いい当たりだ。ライトは懸命に打球を追い掛ける。


「入れ――っ! 入れ――っ!」


 ライトは脇目も振らず駆け抜ける。




――ドガッ――




 ライトは打球を追うあまり、フェンスに激突し倒れた。





そして……






 打球は、倒れたライトの遥か上を越え、ライトスタンドに吸い込まれていった。


「やった……やった……」


 全身の力が抜け、僕はやっとの思いでダイヤモンドを一周した。


「ゲームセット!」


 三度目の勝負は、僕のサヨナラホームランで勝利を飾ったのだ。泣き崩れる本庄が、僕に近付き、


「負けたよ……必ず甲子園に行ってくれよな……」


 と、言った。

 僕は力強く頷き、本庄と熱い抱擁を交わした。


――本庄、手強い相手だった――


 僕は既に、次の決勝に気持ちを向けていた。


――目指すは、甲子園――




いつも拝読頂いてありがとうございます。

さぁ、いよいよ次回から決勝戦が始まります。

今年こそ、甲子園に行けるのでしょうか?

盛り上げていくので、応援お願いします。

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