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あの夏を忘れない  作者: エイノ(復帰の目処が立たない勢)
第二章 甲子園への道程 二年生編
63/88

荒れ狂う接戦

 どしゃ降りの雨で一度は諦め掛けたこの試合、再開されたからには絶対に勝ちたい。

 一塁ランナーの本庄に細心の注意を払い、再開後初めての球を投げる。


――ズバン――


「ストライ――ク!」


 渾身の力を込めた直球は、ど真ん中に構えた内藤のミットに収まった。たったその一球で、スタンドから歓声が沸き起こる。嬉しいことに、一度離れた観客がまたスタンドに戻って来てくれたのである。

 観客が居て、こんなに嬉しいと思ったことは一度もなかった。

むしろ、盛大な応援は苦手で、集中力が途切れると決め付けていたのだ。

 体の何処からか、力がみなぎってくる感じ。休んだからではない。例えるなら、火事場のクソ力ってとこだ。その証拠にプレートRで見る限り、僕のスタミナは20を切っている。

 このテンポを崩さず、二球目を投げる。投げた球は、スライダー。手応えは十分。これを引っ掛けてくれれば、ラッキーだ。

 打者は、躊躇しながらも、そのスライダーに手を出した。打球は、セカンドの鈴木さんへと転がる。グラウンドは整備されたとは言え、多少の泥濘はある。

 鈴木さんは、バウンドを予知したかのように、飛び付きセカンドのベースカバーに入った広野にグローブから直接トスをする。

広野はそれを素手で掴み取り、ノンステップで一塁の市原に送る。




 あっという間だった。




 僕も見とれるくらいのグラブさばき、そしてスローイング。芸術的なゲッツーで、僕達はこのピンチを乗り越えた。再開したこの回をしのいだことは、かなり価値のあることだ。

 ベンチに戻るなり、東海林さんは円陣を促す。


「残り二回、悔いのないように頑張るぞ! さぁ、反撃だ!」


「おぅ――っ!」


 東海林さんの円陣での掛け声も、板について来た。こんなに心強くて、こんなに温かい円陣はない、そう思えた。


 この回先頭打者は八番の金沢から。左バッターボックスの土の感触を確かめると、ゆっくりとバットを構える。

 本庄はそれを見届けると、振りかぶり一球目を投げた。本庄も球威が復活し、鋭く直球が外角ギリギリに決まった。

 スタンドの応援は、僕達だけのものではない。聖新学院の為でもあるのだ。

 本庄は全身にその応援を受け止め、気合いの入った投球を続ける。金沢も粘りに粘り、本庄に食らい付いていったが、最後は三振に倒れた。


「ドンマイ、ドンマイ」


 僕は金沢にそう言って宥めた。金沢に非がある訳じゃない。

今の本庄がキレキレなのである。これを打ち崩すのは、至難の業だ。

 次の打者は、木下さんだ。木下さんもまた、積極的にバットを振ってくる。容赦なく際どいコースをついてくる本庄。

 カウントはツーストライク、スリーボール。そこからの木下さんの粘りが凄かった。どんなコースに投げ込まれてもファールにし、何度も食らい付いて行く。ピッチャーとしては、一番嫌な相手だ。


「ボール、フォアボール!」


 木下さんは、一塁側ベンチの僕達に笑顔を見せると、そっとバットを置き一塁へと走った。形はどうあれ、この勝負木下さんの勝ちである。

 打者一巡して、チャンスに目っ方強い鈴木さんの登場だ。一気に期待が込められる。

 マウンド上の本庄は、木下さんの粘りがよほど効いたのか中腰になり息を整えていた。叩くなら今しかない。愚問だ。

 本庄はようやく上体を起こし、セットポジションに入る。特に一塁ランナーの木下さんを警戒することなく、投げ込んだ。

そこで僕はあり得ない光景を、目の当たりにした。

 鈴木さんが上体を反らすと、一塁ランナーの木下さんが盗塁したのである。正直、木下さんは足が速い方ではない。むしろ、遅いくらいだ。しかし、木下さんは懸命に二塁を目指した。

 キャッチャーは直ぐ様、セカンドにボールを送る。




――ザザァ――




「セーフ!」




 木下さんは二塁ベース上から、ガッツポーズを決めた。本庄の『コイツは足が遅いから盗塁はないだろう』という、思い込みをついた攻撃だ。何事にもおいてそうだが、絶対などということはないのだ。

 木下さんの盗塁で、明秋ベンチは大いに沸いた。流れは完全にこちらに向いて来ている。


「くそ……」


 本庄の唇がそう動いたのが、僕には見えた。スポーツマンな本庄だが、やはり人の子。自分のミスは、認めたくないのであろう。

 ピッチャーとしての気質は、ここからだ。ここで腐るようなら、もはや本庄は僕達の敵ではない。だが、ここで立ち直れるなら、再び僕達に立ちはだかってくるであろう。

 本庄は呼吸を整え、今度は木下さんに細心の注意を払い鋭い直球を投げ込む。答えは後者だ。それでこそ、僕のライバルだ。依然、劣勢だが僕は嬉しく思った。

 カウント、ワンストライク、ワンボール。

 鈴木さんは早く投げろと言わんばかりに、左足で何度もリズムを取る。本庄はそれを察し、あえて間を置く。二人の駆け引きは、既に始まっているのだ。

 ようやく投げた本庄の球は、内角低めに飛んで来る。鈴木さんはニヤリと笑みを浮かべ、その低めに飛んで来た球を掬い上げた。




――キィィィン――



 難しい球を芯に捉え、打球は三遊間を破る痛烈なヒットだ。しかし、痛烈故に返球も早く、木下さんは三塁を回ることが出来なかった。

 ワンアウト、一、三塁。またとないチャンスの到来だ。

 ここで聖新学院はタイムを取り、マウンド上の本庄は監督に呼ばれベンチに向かった。何やら険悪なムードが、一塁側ベンチにも伝わる。


「嫌です。投げさせて下さい。監督、お願いします」


「駄目だ! お前の代わりはいくらでもいるというのがわからんのか!」


 頭を下げる本庄に、聖新学院の監督は厳しい言葉を投げ付けた。それは一塁側ベンチの僕達にまで、届いていた。


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