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あの夏を忘れない  作者: エイノ(復帰の目処が立たない勢)
第二章 甲子園への道程 二年生編
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どしゃ降りの中のライバル

 降り頻る雨の中、僕はベンチからマウンドを見つめた。このまま試合が終わるということは、僕達の夏も終わるということだ。それでは余りに切ない。

 不意に左肩をそっと撫でてみる。僕の肩はまだ投げたいと言っている。


「くそ……何だよ、この雨……」


 内藤が苛立ちを隠せず椅子を蹴り上げる。気持ちはわかるが、自然には逆らえない。運が悪かったと思うしかないのだ。


「はぁ……」


 そう思いつつも、溜め息が出る。心なしか、脱力感さえ感じる。これまでの苦労が、水の泡に消えようとした瞬間だった。

 そんな諦めムードに苛まれている明秋ベンチに、聖新学院のエース本庄が顔を出す。傘も差さず、ユニフォームは色が変わる程濡れていた。


「聖新学院の本庄です。こんな勝ち方、嬉しくありません。どなたか、試合再開を促しに行きませんか?」


 誰もがその発言に呆気に取られていると、監督が奥から身を乗り出した。


「本庄君……だったね。君の気持ちは嬉しいが、こればっかりは我々が言ったところでどうにもならん。じっと雨が止むのを待つしかないよ」


「いいんですか? それで。雨の所為で、負けるかもしれないんですよ」


「…………」


 監督はそれ以上何も語らず、腕組をしながら目を閉じた。本庄の言いたいことも、監督の言いたいこともわかる。だが、これは審判が決めること。どう足掻いても、僕達に中止を阻止する権限はない。

 本庄はその場に立ち尽くし、僕に視線を向け、


「山岸君、君はどうなんだ? 君の意見を聞きたい」


 と、言ってきた。僕は言いたいことを頭の中で整理しながら、


「このまま終わるのは嫌です」


 と、返した。

 すると本庄は、ニコッと清々しい如何にもスポーツマンらしい笑顔を見せると、僕の手を引きながら言った。


「行こう! このまま終わらせる訳にはいかない」


 僕は躊躇しながらも、本庄に誘導されるように審判達のもとへ向かった。異例の事態に審判達は、驚きを見せたが親身になって僕達の話を聞いてくれた。


「君達の気持ちはわかった。だけど、規定がある以上、待っても後十分程度だ。残念ながら、それでも止まない場合は中止にせざる終えない。わかってくれるね?」


 半ば諦めぎみの僕の袖を本庄は掴んだ。すると、横目で合図した後、本庄は帽子を取り深々と頭を下げ、


「そこを何とかお願いします。聖新に取っても明秋に取っても、大事な……大事な夏なんです。お願いします……」


 と、声を震わせた。

 僕は驚きと感動で、熱い物を感じながら、本庄の横で頭を下げた。


「お願いします……」


「わかった、わかったよ。君達、頭を上げてくれ。それじゃ、もう十五分だけ待つとしよう」


「ありがとうございます……」


 僕達の誠意が通じたのか、審判はやれやれという表情を見せながらも、笑顔で僕達を見つめた。

 僕と本庄は、拳を作りタッチすると、互いのベンチに戻った。本庄には、本当に感謝している。だからこそ、試合が再開されたら負けられないと僕は思った。




◇◇◇◇◇◇




 タイムリミットまで、あと五分を切ろうとしていた。雨は止むどころか、強くなる一方だ。スタンドの観客も、中止と判断し皆、帰っていく。


「こんな……こんなことって……」


 僕は人目を憚らず、声を出して泣いた。


「山岸……残念だけど、来年のお前らに甲子園の夢は託す……」


 泣き崩れる僕に、そう言うのは東海林さんだ。僕は涙を拭いながら、


「東海林さん……そんな悲しいこと言わないで下さいよ……」


 と、返すと東海林さんも涙を浮かべていた。

 住田さんの時もそうだったが、三年生に取って夏は、それまでの集大成だ。戦わずして負けることが、どれほど辛いか二年の僕でさえわかる。

 しかし、時間は無情にも過ぎていく。





 誰もが諦め、身支度を始めたその時、千秋が声を上げる。


「見て、見て――っ!」


 どしゃ降りの雨が上がり、雲の切れ間からは太陽の光が差していた。




『奇跡は起きた』





 僕はそう感じた。球場全体に虹が掛かり、僕達は歓喜の渦に包まれた。

 三塁側ベンチからは、本庄が再び歩いてくる。


「待った甲斐があったね……」


「本庄さんのお陰です」


「礼はいらないよ。正々堂々と、明秋に勝ちたかっただけさ」


 相変わらず、スポーツマンらしい爽やかさだ。

 僕はグローブを握り締め、


「勝つのは僕達明秋だ」


 と、返した。

 本庄は白い歯を見せると、一礼してベンチへと戻った。


――本庄……絶対に負けない――


 僕は泥濘のあるグラウンドに出て、背伸びをした。




◇◇◇◇◇◇




 泥濘んだグラウンドの整備が終わり、再び僕はマウンドに立った。思ったより、肩は冷えていない。

 七回表、ワンアウト、ランナー一塁。一塁ランナーは、試合再開を促してくれた本庄だ。僕は本庄に一礼すると、ポケットからロジンバッグに手をつけた。


「試合が再開されたとはいえ、ピンチに変わりはないな……」


 僕は唇をキュッと噛むと、深呼吸をした。


「さぁ、試合開始だ。締まって行こう――っ!」


 雨上がりの球場に、内藤の声が響き渡った。



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