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あの夏を忘れない  作者: エイノ(復帰の目処が立たない勢)
第二章 甲子園への道程 二年生編
61/88

左腕対決は、どっちに軍配?

 白球が内藤の手元までやって来る。そしてその白球は、内藤の手によって、ショートへの痛烈なライナーに生まれ変わった。誰もがレフトへ抜けると確信する中、聖新のショートは飛び掛かるように食らい付き、グローブへと収めた。歓喜が悲鳴へと変わる。


「広野――っ! 戻れ――っ!」


 僕がそう叫んだ時は既に遅く、処理された打球はファーストのミットに収まった後だった。


「そんな馬鹿な……」


 僕は改めて、聖新学院のレベルの高さを思い知った。

 聖新学院のショート新井(あらい)は、僕と同じ二年生だ。秋季大会では、パッとしない存在だったが、ここまで成長しているとは思わなかった。プレートRに目をやると、凍り付くような数値が映し出される。


強肩78

打撃力65

守備力93

走力88

ガッツ89


 正に鉄壁の守り。それもそのはず、部員数百人を優に越す中から選ばれしレギュラーだ。そこまで成長していても、不思議ではあるまい。

 僕は去年のイメージを振り払い、今年の聖新学院は別物と判断し、新たな気持ちでマウンドへ登った。

 一回は何とか切り抜けたが、二回からは聖新学院も黙ってはいなかった。

 僕はスプリット、スライダー、そしてチェンジアップを駆使して聖新学院打線に対応するが、粘り強いバッターに徐々に体力を奪われ始めていた。


「山岸、調子はいいようだけど、大丈夫か?」


「まぁ、何とか……」


 イヤな汗を滲ませながら、内藤にそう返す。内藤の言う通り、球威もコントロールも悪くない。決定的なヒットを打たれた訳でもない。しかし、あまり三振を取れず、球数だけが増えていった。

 四回を終える頃には八十球を越え、スタミナも五十を切っていた。対する本庄は、五十球ほどで、スタミナも六十を残していた。

 五回を終え、0-0。両チーム、放った安打は三本。

三塁ベースを踏むことのない、投手戦だ。

 七回の表、僕がマウンドに向かうと、鼻先に冷たい雫が舞い落ちた。思わず空を見上げると、どんよりとした厚い雲は更にどす黒くなっていた。

 やがて、パラパラと雨が降ってきた。しかし、試合が中止になるレベルではない。

 左肩からは雨と汗が蒸発して湯気が立ち込める。僕は肩が冷えないように、数回腕を回した後、指先にロジンバッグを多目に付着させた。


「ふっ――っ!」


 軽く拳を作り、余分な粉を飛ばす。打席には、一回にファインプレーを晒した新井。新井はスイッチヒッターらしく、この回は左打席に入った。

 一球目は直球を外に外し、ボール。新井は、僕から視線を反らさずバットを構える。右打席の時と異なり、がに股で独特の構え方だ。

 二球目、スライダーをバットの先に当て、ファール。カウント、ワンストライク、ワンボール。新井は怖いくらい、視線を反らさない。


「何だ……この威圧感……まるで強打者のように、大きい山に見える」


 打撃力がなく、一発がない打者に恐怖を感じたのは、これが始めてだった。


「はぁ……はぁ……」


 徐々に雨足も強くなり、スタミナを消耗した僕に追い討ちを掛ける。僕に取って、ここまでの雨の中の登板は初めてだった。


 内藤はミットの下で、指先を二本下に下ろし、その後拳を握る。それは、チェンジアップ……ツーシームのサインだ。内藤としては、凡打に打ち取る算段だ。しかし、僕はそのサインに対して首を横に振った。何故なら、濡れた指先で繊細なツーシームを投げれる自信がなかったからだ。

 僕は、フォーシームなら投げれるという意思を内藤に伝えた。内藤はやれやれと言わんばかりに、両手を広げる。

 僕としては、そう言う態度をされると納得がいかない。グローブの中で、指先を確認すると、ツーシームを投げることを決意した。


「よし……」


 ゆっくりと構えた後、振りかぶりチェンジアップを投げた。投げた瞬間、僅かにボールの縫い目に違和感を感じたが、既に遅い。

 新井は右足を上げ、向かってくるボールに狙いを定める。



――ボコッ――




 打球は鈍い音を立てながら、三塁の木下さんの前に転がっていった。ワンバウンド、ツーバウンド……泥濘のある土がバウンドを変え、泥を纏いながら木下さんのグローブを弾いた。木下さんは慌てて、素手でボールを掴み取り一塁の市原に投げるが、新井が駆け抜けた後だった。


 ノーアウト一塁。


 先頭打者を塁に出したのは、これが初めてだった。すかさず、内藤がマウンドに駆け寄る。


「自分で無理って言った球を、何で投げるんだ? 無理だって判断したからサインを拒否したんだろ? 意味わかんねぇよ」


「内藤……すまん。やっぱりフォーシームで投げるべきだった」


「まぁ、とにかく無理はするなよ」


「あぁ、わかってる」


 内藤にはそう答えたが、雨に晒されたユニフォームが体力を必要以上に奪っていく。


「くっそ……晴れていれば……」


 空に文句をつけても、仕方がないのはわかっている。でも、そうでもしないと自暴自棄になりそうだった。

 その後、聖新学院は手堅くバントで送り、ワンアウト二塁。僕は、この試合初めてのピンチを迎えた。打席には、ここまで互角に投げ合った本庄。新井と同様に打撃力はないが、油断は出来ない相手だ。


――何も迷うことはない……厳しい練習を思い出し、一つ一つアウトを取るだけだ――


 迷いを捨て、ボールを握り締める。セカンドランナーの新井は、足も速い。本庄より警戒すべき相手だ。

 僕は新井のリードが浅いことを見届けると、本庄に対しスライダーを投げ付けた。




――キィィィン――




 自分でも納得のいく球を、本庄は素直にセンター前に弾き返した。二塁ランナーの新井は、脇見もせずひたすら三塁を回る。もはや、止まるつもりはないようだ。


「金沢――っ!」


 金沢は必死に捕球し、直接ホームに投げる。好返球された球は、既に内藤のミットの中にあった。新井は泥にまみれながら、スライディングを見せる。




「セーフ――っ!」



 何と、新井にタッチする寸前に、内藤のミットからボールが溢れていたのだ。

 均衡を破った聖新学院に対し、スタンドから声援が沸く。色とりどりに飾られた傘が、この時ばかりは放り投げられていた。


「たかが、一点だ」


 僕は内藤の肩をポンと叩いた。そんな時、思いもよらないことを主審が言い放った。


「タイム――っ! 雨足が強まった為、試合を一時中断します」


 僕は、自分の耳を疑った。仮に雨が止まずに、更に強まったら僕達の敗北が決定するからだ。


 僕は全身に雨を受けながら、止まない雨を憎んだ。

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