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あの夏を忘れない  作者: エイノ(復帰の目処が立たない勢)
第二章 甲子園への道程 二年生編
60/88

三度、聖新学院

 そして僕達は、三度目となる聖新学院との試合の朝を迎えた。

この季節にしては珍しく肌寒い天候で、どんよりとした空は今にも泣き出しそうな雰囲気だった。そんな天候とは裏腹に、僕達はこれまで以上に気合いを入れていた。


――この試合に勝てば決勝――


 僕達は気持ちを一つにする為に、帽子の鍔の裏側に『夢は叶う』と書き綴った。揺るぎない思いを確かなものにするのは、容易いことではない。しかし、それを現実にする為に、これまで厳しい練習にも耐えてきたのだ。

 監督は言う。


「人生において、夢を実現しようとする行為は、例え叶わなくとも糧となる」


 僕もそう思う。去年の敗北だって、無駄にはならないのだ。




◇◇◇◇◇◇




 やがて決勝進出を決める、聖新学院との一戦が始まった。後攻の僕達は湿った空気の中、グラウンドに駆け出す。

 ふと、マウンドから三塁側ベンチに目をやると、本庄がこちらに視線を送っていた。それは以前とは違う、ライバルを見るような目つきだった。それに負けじと、強い視線を送り返す。

 何も言わなくてもわかる。ケンカではない、全てはこの試合で決着を着けようと言うことなのだ。


「プレイボール」


 聖新学院の一番打者がバットを構える。思えば、ここまで長い道程(みちのり)だった。相手も死ぬ気で、襲い掛かってくるだろう。しかし、負ける訳にはいかない。


「ストライクバッターアウト」


 変化球を使わず、直球のみで先頭打者を三振に切って取った。気迫溢れる僕の投球に、内藤も『よっしゃ、ワンアウト――っ!』と雄叫びを上げる。立ち上がりは順調だ。

 スタンドからの沢山の応援を背に、投げるのは心地好いものである。それに答えるのには多少なりプレッシャーはあるが、経験を経た僕に取ってはなんということはない。

 内藤のサインも、的を得ている。自分でも怖いくらい、思い通りの場所に投げ込める。気付けば、打者三人でこの回を終わらせていた。無意識とは違うが、体が勝手に動いてくれる……そんな感じだった。

 一回裏、先頭打者の鈴木さんがバッターボックスに入る。鈴木さんが打席に入るだけで、何故か安心感がある。しかしながら、相手はあの本庄だ。プレートRを見ると、本庄は更なる進化を遂げていた。


投手力91

打撃力55

守備力75

走力60

ガッツ85


 地元紙によると、プロ入りを視野に入れ、今大会に挑んでいるらしい。本庄なら、プロ入りもあり得ない話ではない。だからと言って、臆する僕達ではない。そう、本庄が進化したのと同じく、僕達明秋野球部も進化を遂げたのだ。


 本庄は深く息を吸い込むと、鋭く突き刺さるような直球を投げた。内角低め。判定はストライク。

 鈴木さんは肩を揺さぶりながら、グリップを握り直す。一球目と違って、僕達にも見せないような真剣な表情をした。離れた場所から見ても、凄い集中力だと感じ取れる。

 本庄は振りかぶり、二球目を投げた。鈴木さんのバットが、僅かに揺れる。それと同時に、左足でリズムを取る。




――キィィィン――




 金属バットの甲高い音が、球場内に響き渡る。打球は、セカンドベースを抜けセンター前に転がっていった。鈴木さんは一塁ベース上で、小さくガッツポーズを取ると、ヘルメットを被り直した。本来なら、高々とガッツポーズを挙げる鈴木さんだが、今日は違った。


『絶対に勝つんだ』


 という気持ちが、そうさせたのかも知れない。

 試合前、ロッカールームで鈴木さんはこんなことを言っていた。


「俺が切り込み隊長として、絶対に塁に出る。例え、どんな手を使ってでも。だから皆も俺に続いてくれ」


 僕に取っては、印象的な場面だった。試合前ロッカールームで、監督と東海林さんが、一言、二言、言うのは常だ。だが、鈴木さんまでが自分の意見を言うのは稀だった。それだけ、鈴木さんも本気なのであろう。

 続いてバッターボックスには、広野が入る。本庄は表情一つ変えず、セットポジションからの投球を試みる。

 相変わらずキレのある高速スライダーだ。広野はバントの構えを見せたが、高速スライダーに躊躇し、バットを引っ込めた。

 鈴木さんは苦笑いしながら、広野を指差す。仮に鈴木さんが飛び出していたら、アウトになりかねない場面だったからだ。

 広野は気を取り直して、再びバントの構えを見せる。本庄は、鈴木さんのリードが浅いのを確認すると、二球目を投げ込んだ。

 広野は打球を殺すことには成功したが、運悪く打球は本庄の前に転がった。本庄は迷いなく、セカンドに送球した。

 鈴木さんは唇を噛み締めながら、果敢に二塁へとスライディングを見せる。


「アウト――っ!」


 見た目はセーフだったが、審判は鈴木さんにそう告げた。腑に落ちない判定だが、逆らうことは出来ない。

 鈴木さんは潔く諦め、ベンチに戻って来た。


「今のセーフっぽくないですか?」


 僕がそう言うと鈴木さんは、


「アウトって言われたら仕方ないさ」


 と、爽やかに言った。

 それを聞いて僕は冷静になった。ここで熱くなっても仕方ない。審判も一度『アウト』と言ったら、取り下げは出来ないだろうから。

 気を取り直して、打席の内藤に視線を送る。ワンアウト一塁。チャンスに変わりはない。

 本庄は当たり前のように、冷静に投げ込む。内藤は直球に的を絞り、変化球には手を出す気配がない。

 カウント、ツーストライク、ワンボール。遂に、内藤の待っていた直球が投げられた。


二階堂語録

『人生において、夢を実現するという行為は、例え叶わなくとも糧となる』

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