思いを伝えて
雨が降りしきる日でも、風が吹き荒ぶ時でも、欠かさずやってきた草むしり。風邪で寝込みながらも、グラウンドのことが気になっていた。
その夜、熱も下がり、夜風に当たるついでにグランドに赴いた。すると誰もいない筈のグラウンドに、人影があった。
薄暗い月明かりの下、遠くから見てもわかるゴツい体型――僕がよく知る人物……内藤だ。
こちらに視線が向けられたので、僕は内藤に歩み寄った。
泥と汗にまみれた内藤は、笑顔で言った。
「お前、風邪治ったのか?」
「ん? あぁ、だいぶ良くなったよ。明日は学校も行くよ。とこで、何で内藤が草むしりしてんだ?」
「お前が休んだら、俺がやるしかないだろう?」
それ以上、内藤は何も語らなかった。
家の手伝いもあったのに、僕の代わりに草むしりをしてくれてたことに感動した。
「内藤……ありがとな」
その言葉には、色々な意味が含まれていた。陸上じゃなく、野球を選んだ甲斐がある。そんな一コマだった。
次の日から内藤も練習後、一緒に草むしりを手伝ってくれた。
――家の手伝いもあるだろうに……。
内藤に済まないと思いつつも、僕はその好意に甘えることにした。
◇◇◇◇◇◇
それから一ヶ月が過ぎ、桜の花弁はすっかり舞い散り、青々とした青葉が顔を出し始めた頃に、ある話が野球部に舞い込んで来た。
我が明秋高校にほど近い、成南高校と練習試合が決まったのだ。
簡単に練習試合というが、明秋高校野球部にとっては快挙だった。何しろ今までは、試合すら出来なかったのだから。
僕と内藤は、胸を踊らせた。
野球に必要な人数は、九人。ウチの野球部は、僕達二人を合わせて九人。つまり、『補欠はいない』と言うことだ。
予想通り僕と内藤は、スターティングメンバーに選ばれた。僕はサードで、内藤は経験を買われキャッチャーに起用された。
スタンドには千秋も応援に駆け付け、僕達はいいところを見せようと張り切っていた。
「皆、集まってくれ」
キャプテンの住田さんが、ベンチ前に僕達を集める。
「わかっての通り、相手は格上だ。試合の感覚を掴んで欲しい」
――試合の感覚を掴む?
僕は住田さんのその言葉に、違和感を覚えた。その言い方だと、勝利に拘らず試合に慣れればいい……そんな意味にも取れたからだ。
案の定、先輩達は開き直ったかのような守備や打撃を見せる。キャプテンの住田さんも、例外ではない。
思わず僕はスコアラーを務めていた佳奈さんに、こっそり囁くように愚痴った。
「佳奈さん、先輩達やる気なくないですか?」
「そうね……個々の能力は低くないと思うんだけどね……」
――能力? そう言えば、前日買ったプレートがあったな。
僕はプレートを思い出し、スタンドにいた千秋を呼び寄せた。
「なぁ、千秋。この前買ったプレート持ってるか?」
「うん、あるよ」
「ちょっと貸してくれないか?」
「いいけど、何に使うの?」
「まぁ、見てろ」
プレートを構え、住田さんに標準を合わせる。そして、液晶に住田さんのステータスが表示された。
強肩B
守備力B
打撃力A
走力A
ガッツF
『能力的には、バランスが良いのですが、やる気が不足しています』
その結果を見て、僕も千秋も唖然とした。佳奈さんが言っていた通り、確かに個々の能力は高い。しかし、人並み以下にやる気がない。
野球は個人技ではないのは、素人でもわかる。これでは、勝てるものも勝てない。一番必要な、チームワークが欠如しているのだ。
何の見せ場もなく、試合は11-2の5回コールドで終焉を迎えた。
ロッカールームで先輩達は、当たり前のように涼しい顔をしてスポーツドリンクで喉を潤していた。悔しがるどころか、白い歯を見せ笑顔さえ見せる。
そんな様子に僕は腹立たしさを覚えた。その横では、握り拳を作りグッと堪える内藤の姿があった。
僕は目で『抑えるんだ、内藤……』と、訴えかけたがそれは叶わなかった。
「先輩達は悔しくないんですか? それで、いいんですか?」
三年の先輩の胸ぐらを掴み、内藤は叫んだ。
「内藤! 誰にものを言ってるんだ!」
二年の先輩が止めに入る。その場は、それで丸く収まったが、それ以来内藤は練習に来ることはなかった。