王者を目指して
「はぁ……はぁ……東海林……さん」
東海林さんの肩を掴んだ場所は、僕が辛い時、悲しい時によく訪れていた河原だった。
「はぁ……はぁ……山岸、お前相変わらず足速いな……」
「そうですか?」
僕と東海林さんはそのまま、土手に体を預けた。暫く流れる雲を眺めた後、東海林さんは切り出した。
「山岸……」
「何ですか?」
「俺……キャプテン失格かな……」
東海林さんはそう言うと、目を細めた。その目は、今にも泣き出しそうだ。沢山のことを一人で背負っていたのだと、僕は本能的に悟った。
「そんなことないですよ。皆、東海林さんを信頼していますし、尊敬してます」
「そうか……でも、俺は野球が上手くないし、住田さんみたいに皆を引っ張れない……自信がない……自信がないんだよ」
「東海林さん……キャプテンは自信があってやるもんじゃないですよ。住田さんは住田さん。東海林さんは東海林さんなんですから」
僕は生意気だと知りつつも、自身の考えを東海林さんに投げ付けた。東海林さんは、溢れ出す涙を堪えながら、立ち上がった。
「そうだよな。自信でやるもんじゃないよな。俺は俺。俺なりのやり方でやるしかないもんな」
「そうですよ。それでこそ東海林さんです。今年こそ、住田さん達が叶わなかった甲子園の夢を叶えましょう」
「山岸……ついて来てくれるか?」
「勿論ですよ」
僕と東海林さんは沈む夕日を眺めながら、改めて甲子園を目指すことを誓った。
◇◇◇◇◇◇
そして迎えた両週日大との二回戦、監督は予告通り東海林さんをスタメンから外した。しかし、東海林さんは落ち込むことなく、ベンチから声援を送った。
この試合、明秋打線は爆発し、内藤と市原のホームランが飛び出すなどし、制球の乱れた僕に力強い援護があった。
五回までに7-2とし、六回途中で僕はマウンドを須賀に託した。
八回には東海林さんも代打で出場し、汚名返上とばかりに詰まりながらもレフト前に、ダメ押しのタイムリーヒットを放った。東海林さんのタイムリーで明秋は大いに湧き、この回一挙五点の猛攻を見せた。
投げては須賀が、きっちりと抑えの役割を果たし、12-2で明秋初の八回コールドで勝利を飾った。
そして準々決勝の倉彩学園との一戦は、東海林さんもスタメンに復帰した。倉彩学園の右腕、西谷の攻略には攻めあぐねいたが、僕達は投手戦を物にし、準決勝へとコマを進めたのだ。
『あと二勝』
意識するなと言えば嘘になる。だが、少しずつ射程圏内に近付いて来てるのは確かだ。
そんな時、対戦相手が決まったと監督に告げられた。ここまで来れば、相手が何処だろうと撃破するのみだ。最初はそんな風に、強気だった。しかし、覚悟はしていたが、現実に監督の口から言われると、僕達は凍り付いた。
「準決勝の相手は、お前らがよく知ってる相手……聖新学院だ」
運命の悪戯か、聖新学院とは、公式戦これで三度目の対戦だ。
去年の夏は聖新学院、秋季大会では僕達明秋高校……そして今回。
聖新学院の左腕エース本庄は、今年最後の夏、気合いの入り方も違うのは安易に予想出来る。地元紙でも大々的に取り上げられ、県内でプロに一番近いと噂されていた。
監督は重ねて言う。
「ワシ達の越えるべき相手は聖新学院でも、本庄でもない。全国だ……何としても、勝ち抜くぞ」
監督の言う通りだ。全国には数え切れない猛者がいる。聖新学院は、その氷山の一角に過ぎない。
僕達は、本庄に臆することなく、打倒聖新学院を掲げた。
一方で、朗報もあった。大杉の手によって、プレート2がプレートRとして、更にバージョンアップを遂げたのだ。
以前まではアルファベットで、漠然とランク付けしていただけだったが、より詳しくステータスを数値化することに成功したのである。これにより、より綿密なデータ野球が実行出来ると共に、他校がプレートを使用してきたとしても差別化が図れるのだ。
僕達は大杉に感謝しながら、スタメンのデータを収集し、個々の持ち味を最大限に活かすことに成功した。
その詳細を明かして行こう。因みに数値は、マックスが100とのことだ。
山岸 ピッチャー
左投げ左打ち
投手力86
打撃力52
守備力82
走力90
ガッツ90
内藤 キャッチャー
右投げ右打ち
強肩84
打撃力91
守備力75
走力43
ガッツ94
木下 サード兼ピッチャー
右投げ右打ち
投手力63
打撃力45
守備力58
走力56
ガッツ71
鈴木 セカンド
右投げ右打ち
強肩78
打撃力76
守備力82
走力82
ガッツ56
東海林 レフト兼ライト
右投げ右打ち
強肩71
打撃力55
守備力72
走力58
ガッツ79
神田 ライト兼ファースト
右投げ右打ち
強肩83
打撃力80
守備力57
走力35
ガッツ53
市原 ファースト
右投げ右打ち
強肩68
打撃力92
守備力55
走力57
ガッツ81
広野 ショート兼内野
右投げ右打ち
強肩66
打撃力56
守備力81
走力67
ガッツ83
金沢 オールラウンド
右投げ右打ち
強肩55
打撃力55
守備力64
走力66
ガッツ89
ここからは控え選手だ。
須賀 ピッチャー
右投げ右打ち
投手力78
打撃力45
守備力59
走力69
ガッツ60
一条 センター
右投げ左右打ち
強肩62
打撃力52
守備力54
走力79
ガッツ80
堀田 ピッチャー
左投げ左打ち
投手力75
打撃力40
守備力51
走力79
ガッツ84
最上 キャッチャー
右投げ右打ち
強肩81
打撃力75
守備力53
走力54
ガッツ85
ここまで見ても、去年の明秋とは雲泥の差だ。
噂によると聖新学院の二年も一年も力を付け、本庄の一人舞台ではなくなったようだ。千秋が集めたデータによると、チーム打率四割を誇る強力打線に仕上がっているらしい。僕はそれを聞いて、何故かワクワクした。
「面白い……どちらが王者に相応しいか、明らかに出来る」
僕は今までになく自信に満ち溢れ、過剰なまでにそんな言葉を口にしていた。雌雄は明日決する。万全の体勢で、僕はその日を待った。