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あの夏を忘れない  作者: エイノ(復帰の目処が立たない勢)
第二章 甲子園への道程 二年生編
58/88

プライド

 安達は帽子を被り直すと、五球目を投げた。投げた球はど真ん中に向かって来る。予想通りの甘い球だ。

 最上は見逃すことなく、バットを振り抜く。打球はライト前に転がり、この勝負最上に軍配が上がった。

 最上が放ったヒットが明秋の初ヒットであり、最上自身もこれが公式戦初のヒットである。

 ツーアウトながら、ランナー一塁。ここで四番の市原の登場である。

 市原は試合前、こんなことを漏らしていた。


「内藤には申し訳ないことをした。アイツの為にも、俺を救ってくれたチームの為にも恩返しがしたい」


 と。

 その瞳に嘘偽りはなく、確固たる決心がひしひしと感じられた。


「市原ならやってくれる」


 東海林さんがポツリと呟く。僕もそれに同調し、頷きながら見守った。


 セットポジションからの安達の投球。初球は外に外れてボール。

 この投球を見て、ふと僕は思った。


『セットポジションからの投球が下手なのでは?』


 ランナーの最上を気にするあまり、上体が安定していない。

続く二球目も、同じく外れた。どうやら、僕の予想は的中したようだ。ランナーがいるといないとでは、コントロールに雲泥の差がある。敵の弱点を見付けたからには、そこを叩かない手はない。

 市原もそれに気付いたのか、ニヤリと笑みを浮かべる。安達は慎重のあまり球がすっぽ抜け、市原が最も得意とする外角高めに浮いた。



――キィィィン――




 それは打った瞬間にわかる、目の覚めるような一撃だった。ライナー性の当たりは、ぐんぐん伸びライトスタンド中段に吸い込まれていった。

 市原は拳を高々と掲げ、ゆっくりとダイヤモンドを一周すると、フワリとジャンプをした後ホームベースを踏んだ。

 初回ツーアウトながら、先制点である二点をもぎ取ったのだ。


 その後、僕達は制球の乱れる安達をチクリチクリと叩き、七回までに五点を手に入れた。僕はというと、八奪三振を奪う好投をを見せ、八回から堀田にマウンドを譲った。

 堀田にとって、これが初のマウンドだ。制球が乱れ、一点は許したものの、その後は落ち着いた投球で追加点は与えなかった。

 九回には一条も代打で出場し、タイムリーツーベースを放ち、この試合を決定付けた。

 九回裏には須賀が登板し、三人でピシャリと抑え、明秋高校は初戦を6-1の勝利で飾った。

 一年生三人が活躍し、いい経験にもなったのだが、少し気掛かりなことがあった。それはキャプテンである、東海林さんの不調だ。

 東海林さんを除くメンバーがヒットを放ったのに対して、全打席スイングアウト三振という内容だ。本人曰く、不調という認識はないが、若干の迷いがあるとのことだ。


――今後に、影響しなければいいけど――


 僕はそう思っていた。




◇◇◇◇◇◇




 第二試合を明日に控えたその日、謹慎を終えた内藤が久しぶりに登校して来た。やはり、内藤がいるとクラスの雰囲気も違う。

クラスメイト達と和やかに、今まで通りの笑顔を見せる内藤を見て僕はホッとした。

 内藤と話したのは、その日の昼休みだった。話す機会はいくらでもあったが、何処か照れ臭くて、この時間(とき)になってしまった。


「内藤……明日の試合大丈夫か?」


「勿論だ。確か……」


両週日大(りょうしゅうにちだい)だ」


「そう……そこ。水前商業戦は、一年が頑張ったらしいな」


「あぁ。最上も堀田も一条もよく頑張ってくれた」


「両週日大戦は、俺も暴れるぜ」


「期待してるよ、相棒」


 僕と内藤は、顔を見合わせて笑った。

 内藤が復帰し、順調に明日の試合を迎えられると信じて疑わなかった。だが、事態は思わぬ展開に見舞われたのである。




◇◇◇◇◇◇




 放課後、僕が部室に訪れると、中から監督と佳奈の声が聞こえてきた。盗み聞きする趣味はなかったが、思わず聞き耳を立ててしまった。


「次の試合、スタメンから東海林を降ろす。今のアイツはダメだ。使い物にならん」


「でも監督……東海林君だって、キャプテンとしてのプライドがあります」


「プライド? 勝つことにプライドなんていらねぇ。佳奈……ワシ達が目指してるのはなんだ? 言ってみろ」


「そ、それは勿論、甲子園ですけど……」


「だったらわかるだろ? アイツは足手まといだ」


「何もそこまで言わなくても……」




――ガサッ――




 僕がそこまで話を聞き終えると、後方で荷物の入ったバッグが地面に落ちる音がした。振り返ると、そこには東海林さんが立っていた。


「東海林……さん」


「うぁぁぁぁ」


 僕が東海林さんに話し掛けると、奇声を発しながら何処かに走り去ってしまった。


「東海林さん!」


 再び僕がそう言うと、部室の扉が開き、監督が出てきた。


「山岸、どうしたんだ?」


「監督、実は……」


 僕は、ことの発端になったきっかけを述べた。すると、監督の口から思いもよらない答えが返ってきた。


「放っておけ。言う手間が省けて良かったわい。ガハハハッ」


 高々と笑い声を上げる監督が、僕は許せなかった。気が付くと僕は、東海林さんの後を追って走り出していた。今まで監督を信じてやって来たが、今回の件は何だと言うのだ。たった一試合、振るわなかったというだけで何だと言うのだ。

 僕は監督への不信感を募らせながら、小さくなっていく東海林さんの背中を追い掛けた。


「東海林さ――ん」


「はぁ……はぁ……」


「待って……下さい……」


 一キロ程走って、ようやく僕は東海林さんの肩を掴まえた。


二階堂語録

『勝つことにプライドなんていらねぇ』

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