夏を目指して
内藤不在のまま、僕達は大会に向け最終調整に入っていた。内藤が合流出来るのは、早くても第二試合。もし、第一試合で敗退してしまったら、何もせず内藤の夏は終わる。
勿論、第一試合で負ける訳にはいかない。甲子園に行くのが目標であるし、その上だって目指したい。その為に、僕は一年の最上を徹底的に鍛えた。その甲斐あって、内藤のレベルまではいかないが、十分試合に通用するまでになった。
一方の内藤だが、独自にトレーニングを積んでいるとのことだ。もっとも、謹慎中なので公の場に姿を現せないので、風の噂で聞いただけだが。
ともあれ、僕達は内藤抜きでも戦力が落ちないように、綿密に作戦を立てていた。
◇◇◇◇◇◇
そして遂に、県大会の幕は開けようとしていた。
試合前、いつものように、監督は部室に僕達を集めた。
「今年もいよいよ、この季節がやって来た。去年の悔しさをバネに勝ち抜いて欲しい。ここまで来るには色々なことがあったが、それを払拭するほどのプレーを見せてくれ。お前達は強い! 目指すは甲子園だ……」
力強く言い放つ監督に、僕達もそれに答えるように頷いた。そして東海林さんも、それに言い添える。
「俺達三年生にとっては最後の夏だ。まさか、こんなにも早く時が過ぎるとは思ってもみなかった。内藤が不在だけど、その分皆でフォローすれば、何とかなる。住田さん達の意志を引き継いで、必ず甲子園に行くぞ!」
東海林さんの言葉に、僕は思わず涙腺が緩んだ。一年間とは、あっという間だ。この間まで僕も一年だと思っていたら、もう二年生だ。必ず僕も東海林さん達のように、三年生になり最後の夏を迎えるんだなと思うと、悔いのないように戦いたいと思った。
◇◇◇◇◇◇
初戦の対戦相手は、同じ二年生の右腕安達率いる水前商業だ。水前商業は、名前こそ無名だが今年から力をつけ、バランスが取れたチームだと聞く。更に水前商業は、対戦が決まってから数日に渡り、僕達の練習風景を偵察に来ていたほどの、念の入れようだ。
今となっては格下だが、僕達は全力で倒しに掛かろうと思っていた。
先行の僕達は、三塁側ベンチから一番の鈴木さんを送り出した。
「プレイボール」
マウンド上の安達は、ピッチャーらしからぬ貫禄のある体型で、迫力がある。
しかし、投球練習を見る限りでは、特に目立った箇所はなく噂通りの平凡な右腕投手だと感じた。
念の為、プレート2を取り出し標準を合わせる。
投手力B
打撃力B
守備力B
走力D
ガッツB
『球が重く、コントロールが優れているので注意が必要です』
予想通り、ごく平凡なステータスだ。だがそれより僕は、注意書きが気になった。通常、注意書きは設定しないと表示されない。ところが、この安達というピッチャーには、それが表示された。つまり、危険度が高いということを示唆しているのである。
「東海林さん、これ見て下さい」
僕はプレート2に表示されたステータスを、東海林さんに見せた。
「噂には聞いていたけど、注意が必要だな」
「そうですね……」
「ストライクツー!」
東海林さんとそんなやり取りをしている間に、鈴木さんはツーストライクまで簡単に追い込まれていた。
更にテンポよく、安達は三球目を投げ込み、三球で鈴木さんは三振に倒れた。
「や、山岸……見てみろ」
東海林さんが指差す方向は、一塁側ベンチ。即ち、水前商業ベンチだ。
僕がその方向に視線を向けると、何とプレートをこちらに向けていたのだ。
「東海林さん……」
「あぁ……俺達の他にも、プレートを使ったデータ野球をするチームが現れたってことだ。あれだけのプレート人気だ。他校が使ってきても不思議ではない……」
そこに三振になった鈴木さんが、ベンチに戻ってきた。
「駄目だ……あいつ、大した球は投げないけど、コントロールが良くて、俺の苦手な外角低めばかり狙ってきやがる……」
明秋で、最も出塁率の高い鈴木さんが言うのだから間違いない。僕は、水前商業がプレートを使ってきてることを鈴木さんに言うと、『やっぱりな』と呟いた。
プレートを使用し、徹底的に相手の弱点をついてくる……それが水前商業野球だと肌で感じた。
続く二番の広野も、苦手の内角ばかり狙われ、ピッチャーゴロに倒れた。
「お前ら、シケた面してんじゃねぇ。試合はまだ始まったばかりじゃねぇか。よ~く、見てみろ。打てない相手じゃない。それにな……、筋書き通りにいくドラマなんてねぇんだよ」
監督の言うことも一理ある。
打者二人がアウトになったからといって負けた訳じゃない。
こんな所で臆して、ネガティブになっている場合ではないのだ。
僕は考えるより先に、行動に移した。
「広野ドンマイ、ドンマイ。最上、頼んだぞ」
内藤の代わりにスタメン入りした最上が打席に入る。
最上は、僕の言葉に反応し頷く。
内藤ほどの打力はないが、ここは一年である最上に、突破口を開いてもらいたいと願った。公式戦初打席の最上には、少々荷が重い気もするが、チームの士気を上げるには最適なのだ。
「お願いします」
最上が打席に入ると、水前商業ベンチが慌ただしくなった。マウンド上の安達も、何やら落ち着かない様子だ。
「どういうことだ?」
僕が独り言のようにそう言うと、木下さんがそれに答える。
「恐らく、内藤のデータだけで、最上のデータはないんだろうよ。守備のデータは見れても、打撃のデータは見れないからな」
確かにそのようだ。マウンド上の安達のピッチングには、迷いが見られる。外に投げたり、内に投げたり。コントロールが良くても、弱点がわからなくては意味がない。
安達は、鈴木さんと広野と対戦した時より明らかに制球が乱れ、カウントはワンストライク、スリーボールになっていた。
当然、次はストライクを入れてくる。つまり、甘い球が来る可能性が高い。
最上は一瞬振り向き、僕に視線を向けるとバットのグリップを握り締め直した。一球見逃してもいい場面だが、今の態度を見る限り最上は打ちに行く、僕はそう思った。
二階堂語録
『筋書き通りにいくドラマなんてねぇんだよ』