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あの夏を忘れない  作者: エイノ(復帰の目処が立たない勢)
第二章 甲子園への道程 二年生編
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絶体絶命

「市原、すまない。俺はコイツらがどうしても許せない……」


「はぁ? どの面下げていってんだ、ボケが!」


 市原が止める間もなく、内藤は三人相手に殴り合いを止めない。


「ぐほっ……市原はな……もう不良を辞めたんだ……関わるな」


「うるせぇ、てめぇなんぞには関係ねぇ。おい、お前らこの生意気な奴を掴み掛けろ!」


「ういす」


 二人が内藤の両肩を掴み上げる。桐谷は不敵な笑みを浮かべながら、血に染まった拳を固めた。


「おらぁぁ!」


――ドスッ――


「かはっ」


 桐谷の拳が、内藤の鳩尾(みぞおち)に突き刺さる。


「まだだ、まだ足りねぇ、おらぁ!」


――ズンン――


「桐谷……止めてくれ、土下座するから……そいつには、内藤には手を出さないでくれ……」


「市原、今更遅せぇんだよ、てめぇも、くたばれ」


――ガスッ――


 桐谷は内藤を殴りながら、市原の顔面を蹴り上げた。

 血に染まる二人を更にどしゃ降りが叩き付ける。


「おい、お前らここで何をやってる!」


「やべぇ、警察だ。お前ら、ずらかるぞ」


「待て、お前達!」


 内藤が気を失い掛けたその時、二人の警察官が駆け付け、事態は終息に至った。


「お前ら、明秋の生徒だな。念の為、署まで来てもらうぞ」


 傷付いた内藤と市原は、警察官に署まで連れられた。






「話はわかった。だが、学校に連絡はさせてもらうぞ」


「それだけは、勘弁して下さい。俺はともかく、市原は手を出していません」


「それは学校が決めることだ。我々の口からは何も言えん……」


 警察官はそう冷たくあしらうと、学校へと連絡した。

 程なくして署に監督が駆け付け、内藤と市原は解放された。監督は二人に何も言わず、ただただ涙ながらに抱き締めた。

 そして、内藤は一ヶ月、市原は一週間の停学処分になった。




◇◇◇◇◇◇




 僕がそのことを知ったのは、翌日のことだった。監督は部員全員を集め、昨日あったことを僕達に話した。


「市原はともかく、内藤は県大会まで間に合うかわからない。それ以前に、大会の出場も危ういかも知れん……ワシも出来ることはするが、後は高野連の返事待ちだ。お前らは、変わらず練習を続けるんだ。わかったな? わかったら、返事!」


「はい!」


 僕達は項垂れながらも、監督の言葉に返事をした。絶望の淵に立たされた明秋野球部は、ぽっかりと穴が空いたように沈み込んだのである。しかし、誰も内藤と市原を責める者はなく、陰口を叩く者もいなかった。それは、今まで二人が築いてきた『絆』のお陰なのであろう。


 その夜、僕は内藤に電話を掛けた。普段あまり連絡をしないだけに何度か躊躇したが、前に進む為にも僕は受話器を取った。


「もしもし、内藤か?」


「…………」


 内藤は電話には出たが、何も話さなかった。


「内藤、何も話さなくていい、ただ聞いてくれ……僕はお前が帰ってくるのを待ってる……他の皆も同じだ……。僕の夢はお前の夢。お前の夢は、皆の夢だ」


「…………」


 受話器の向こう側で、内藤は啜り泣いた。言葉を発することはなかったが、僕は内藤の悔しさを受話器を通して感じた。


「僕の言いたいことはそれだけだ。じゃあな、内藤。風邪……引くなよ」


 僕が電話を切ろうとしたその瞬間、か細い声で内藤は言った。


「山岸、すまん。そして、ありがとう……」


 僕はその声を聞き、安心して電話を切った。


 一週間後、顔を腫らしながら市原が登校してきた。市原は、事の経緯(いきさつ)を語ると、部員一人一人に頭を下げた。


「すみませんでした……俺の所為で…」


 いつまでも頭を下げる市原に、東海林さんは言った。


「気にするな。お前が戻ってきただけで、俺は嬉しい」


 皆も同じ気持ちだった。市原は涙を流しながら、ようやく顔を上げた。


「私からも言わせて下さい。この度は、弟がご迷惑お掛けしました。すみません」


 市原の横に佳奈も立ち、共に謝った。それを陰で見ていた監督が、僕達の前に姿を現す。


「市原、いつまで泣いてんだ。お前らもボーッとしてないで、さぁ、練習だ」


 久々の晴れ間に、僕達はグランドに駆け出した。高野連からの連絡はまだないが、どんな答えが待ち受けようと、なるようにしかならない。




◇◇◇◇◇◇




 それからしばらく経ったある日、練習で汗を流した後、監督は部室に僕達を集めた。


「高野連から連絡があった……」


 その一瞬の嫌なタメに、僕達は不安を感じながら監督の顔を覗き込む。続く言葉は、天国なのか地獄なのか。思わず二度ほど、唾を飲み込む。


「今回の件は、野球部内の問題じゃなく、あくまで内藤と市原個人のやったこと。よって、大会の出場は認めるとのことだ……」


 僕達が笑顔を見せようよとした瞬間、監督は更に続けた。


「但し、但しだ……学校側に、内藤を退部の処分にすると言われた……だが、ワシも男だ。校長に直談判して、何とか取り下げてもらった。本人も反省してることだし、今回だけは多目に見るとのことだ。……危うくワシのクビが飛ぶとこだったわい。もう、いい年こいてニートはごめんだからな。がはははっ。まぁ、そう言うことだ」


「監督、ありがとうございました」


「ありがとうございました」


 僕が感謝の意を表すと、他の部員も感謝の言葉を述べた。

 県大会まで残り二週間……。僕達は、内藤が戻って来ることに喜びを感じると同時に、野球が出来る喜びをを全身で感じていた。




 夏はもうすぐそこまで来ている。県大会まで内藤の復帰は叶わないが、僕達は甲子園という夢を、追い掛ける決心がついた。



 ある初夏の日差しの強い午後に、そんなエピソードがあったのである。


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