予期せぬ死闘!
紅白戦は公式戦さながらの展開を見せ、七回を待たずして日暮れと共にタイムアップとなった。
試合の結果としては、両者一歩も譲らず無得点のまま終わり、今後の課題も得た。僕達は、その課題を克服する為、より一層練習に励むことになった。
◇◇◇◇◇◇
六月に入り、県大会予選を一ヶ月に控えたある日、僕達は久々の休日を与えられた。日本列島は梅雨に覆われ、明秋高校のグランドも雨で泥濘を晒した。
僕はというと、千秋を映画に誘い街に繰り出していた。千秋としては、遊園地に行きたかったらしいが、このどしゃ降りの中わざわざ行くほど馬鹿ではない。
千秋は呆気なく映画に同意し、僕について来た。
「映画、楽しかったね」
「ん? あぁ……」
正直僕は眠気との格闘で、映画の内容が全くわからなかった。
千秋のリクエストで、今流行りの恋愛モノを観たのだが、どうもこの手の映画は苦手だ。それよりも、初めて高校生らしい休日を過ごしたなと実感する方が大きかった。
――この後、どうすればいいのだろう――
まともにデートらしいデートをしたことがない僕は、映画を観た後のプランを練っていなかったのだ。だから、雨の中僕はただひたすら歩いた。千秋も何も話さず、僕について来る。
「あれ? 山岸じゃないか? 千秋ちゃんも。お前ら付き合ったのか?」
突如、僕達に声を掛けてきたのは、住田さんだった。卒業後、住田さんに会うのはこれが初めてである。住田さんはお洒落に髪を染め、カジュアルなファッションで身を包んでいた。そして、隣には大人しそうな女の子が、住田さんにピッタリくっついている。
「住田さん、お久しぶりです。僕達今、付き合ってんですよ」
「キャプテン、こんにちは」
「千秋ちゃん、よせよ。俺はもうキャプテンじゃない」
住田さんは、照れ笑いをしながら頭をかいた。
「住田さん、こちらの方は……」
僕は見え見えの質問を、住田さんに投げ掛けた。
「あぁ、俺の彼女だ。凛子っていうんだ。宜しくな」
「はじめまして、龍君とお付き合いさせてもらってる凛子と申します。貴方が山岸さんですね。龍君から話は聞いてます」
「いや~」
住田さんに負けず劣らず照れ笑いをする僕を、千秋はギロッと睨み付ける。それを察知してか、住田さんは、話題を切り替える。
「そう言えば、さっき内藤と市原を見掛けたぞ。知らない奴ら何人かと釣るんでいたから話し掛けなかったけどな」
「内藤達が?」
「まぁ、それはともかく、今年の夏は頑張ってくれよ。必ず、甲子園に応援に行くからな」
「甲子園限定なんですか?」
「当たり前だ。今からそんな弱気でどうする。任せたぞ」
「はい!」
僕の返事を受け取ると、住田さん達は人混みの中に消えて行った。
「内藤君達、何処に行ったんだろうね?」
「うん……」
僕と千秋は、密かに嫌な予感を抱いていた。
◇◇◇◇◇◇
一方、内藤サイド。
街の片隅にある袋小路……。降りしきるどしゃ降りの中、内藤と市原……それに河田工業の学ランを纏った男が三人。
「市原……久しぶりだな。すっかり、スポーツマンになっちまったようだな。ペッ……気に食わねぇな」
河田工業の学ランを纏った三人のうちのリーダー格の男が、市原に唾を吐き掛ける。市原はそれに動じず、静かにそれを右手で拭った。
「桐谷……俺はもう足を洗ったんだ。ほっといてくれないか、頼む」
市原は傘を放り投げ、桐谷という男に頭を下げた。
「オイオイ、市原クン。謝り方も忘れちゃったのか? 謝るってのはこうやるんだよ」
桐谷は市原の頭を鷲掴みにすると、雨に満たされたアスファルトに叩き付けた。
「うぐぐっ……」
更に桐谷は、市原の顔面をエンジニアブーツで蹴りあげる。
雨音をかき消す程の鈍い音が、袋小路に響く。
「こ、これで勘弁してくれるか?」
市原は、口元から血を流しながらそう言った。
「はぁ? てめぇ、冗談も休み休み言え。舐めてんのか、おるぁ!」
「かはっ……桐谷……許して……くれ」
「駄目だ。許さねぇ、俺らはお前に散々やられたんだ。今更、謝っても遅せぇんだよ! おら、おらぁ!」
「市原――っ!」
「おや、お連れさんは、ヒートアップしてるようだぜ、市原よ」
「内藤、心配すんな。これは俺の問題だ」
「格好いいこと言うねぇ、市原! ますます気にいらねぇ」
市原は、無抵抗のまま制裁を受けた。それは過去に犯してしまった過ちを、洗い流す為の儀式だと、市原は自分に言い聞かせながら。
「気が済むまで殴ればいい……」
そう言う市原に、桐谷は煙草の煙を掛けながら、言った。
「市原よ、そんなに許して欲しけりゃ、土下座しろ、土下座!」
「わ、わかった……土下座をすれば許してくれるんだな?」
市原は、許しを得る為、土下座の体勢に入る。
「市原……こんな奴の為に、土下座なんかするんじゃねぇ」
「んだ? こるぁ、てめぇは黙ってろ。後でゆっくり料理してやる」
――バギャャ――
ここまで野球の為に反撃をしなかった市原を裏切るように、内藤の拳は桐谷の頬を捉えていた。
「やりやがったな、おい! お前らもやっちまえ!」
「市原、お前は手を出すな……かかってこいや! 俺が相手だ!」
内藤は、三人に飛び掛かり拳をふるった。
「内藤……止めてくれ、甲子園に行けなくなっちまう……止めて……くれ」
市原は膝を落としたまま、内藤を止めることが出来なかった。