運命の紅白戦
一番打者は、センターを守る一年の一条だ。一条は、明秋では貴重な左打者だ。
一条は人当たりもよく、礼儀も正しい。足も速く、僕が一目置いている選手だ。
「よし、一条。手加減はしないからな」
「お願いします」
僕は一条の第一打席に関しては、直球のみで勝負するつもりだ。無論、他の一年生に対してもそうだ。アメとムチをやることで、中学と高校の違いを教えてやるのが目的だ。
少々意地が悪いと思われるが、これは千秋の提案だ。
「一条のステータスは確か……」
強肩B
打撃力C
守備力C
走力A
ガッツA
多少守備に問題はあるが、即戦力として使えなくはない。
僕は振りかぶり、最上に向け投げた。いつもは内藤が女房役だが、最上が相方だと何となく違和感を感じる。
ど真ん中に食い込んだ球を、一条は当然のように見逃した。
「初球でも理想の球筋だったら、振っていってもかまわないんだぞ」
横から東海林さんが、一条にアドバイスする。通常は味方だが、この紅白戦では敵だ。
「面白い……」
思わず僕は、このシチュエーションに酔いしれた。
「一条、どんどん振ってこいよ」
「わかりました。じゃ、遠慮なく」
時折生意気に、鼻に付く言葉を放つ。それは入部した頃の、僕のようだった。
僕は渾身の力を込めて投げた。余計な駆け引きはいらない。
――キィン――
内角低めの難しい位置だったが、一条はシャープなバッティングで合わせてきた。三塁線に切れたものの、ヒットになればツーベースを狙える当たりだ。
「なかなかやるな」
「山岸先輩も凄いですね。さすがです」
僕は、一条に目にもの見せてやろうと、再び同じコースに投げた。
――ズバン――
一条のバットは空を切り、三振に仕留めた。その瞬間、後輩達がざわめき、僕を尊敬の眼差しで見つめる。正直、大人げないと思ったが、実力の差を見せるには最適の手段だ。
尊敬されることで、後輩もついてくる。これが僕の理論だ。
続く打者は、広野だ。勿論、広野に対しては変化球も駆使して全力でいくつもりだ。
「お手柔らかに……」
広野はそう言ったが、僕がお手柔らかにする筈がない。広野も重々承知だ。
「広野、初球はスライダーだ」
僕は広野に対して、球種の宣言をした。既に、広野と僕の駆け引きは始まっているのである。
宣言通りスライダーを投げるか、それとも違う球種を投げるか。公式戦では味わえない楽しみだ。
――ザシュ――
僕は右足を踏み込み、宣言通りスライダーを投げた。
――キィン……ガザッ――
広野は辛うじてバットには当てたものの前には飛ばず、打球はバックネットに突き刺さった。
「宣言通りスライダーを投げるとは……」
「スライダーを投げるっていったろ。次はチェンジアップだ」
打者をつけて、初めてのツーシームだ。これは自分自身の練習でもある。上手くタイミングを外せれば、上出来だ。
僕は握り方を確認すると、チェンジアップを投げ込んだ。
――ガツン――
広野は見事にチェンジアップの餌食になり、勢いのない打球はショートの箭内に転がった。箭内はこれを難なくさばき、早くもツーアウトだ。
そして打席には、永遠のライバルとも言えるアイツが降臨した。
内藤である。
「やっとこの時が来たか……山岸、俺はホームランしか狙わないからな」
「内藤、笑わせるな。必ず僕が勝つ」
練習でも対戦したことのないカードが一年の時を越え、今実現したのである。
普段手の内を見せているだけに、内藤に分がある。僕は裏の裏をかいて、全てスライダーを投げることにした。
「山岸、俺には球種の宣言しないのか?」
「お前にはしない。全力でいくから、覚悟しろよ」
内藤はニヤリと微笑むと、センターに向けてバットを掲げた。アニメなどでよく見るホームラン宣言だ。
他校の生徒にやられたら腹が立つが、内藤なら仕方がない。僕はそのホームラン宣言を打ち破るべく、スライダーを投げ込んだ。
――キィン――
初球体勢を崩しながらも内藤は、大振りをした。さすがは内藤だ。当てることも厳しい位置を当ててきたのだ。
「相変わらず、キレがあるな」
「内藤こそ、あれをよく当てたな」
そんなやり取りをしながら、更にスライダーを投げ込む。
――キィン――
低めに決まった球を内藤はまたもや、当てて来た。
打球はファールになったが、初球より確実にタイミングが合ってきている。
――次が勝負だな――
僕は振りかぶり、三度スライダーを投げ込んだ。
――キィィン――
今まで振り遅れて一塁側に飛んでいた打球と違って、三球目はレフト線に引っ張られた。危うくヒットになる当たりだった。
――内藤……凄い男だ――
内藤には、スライダーが通用しないようだ。考えを変えるのは嫌だが、スプリットしかないと僕は考えた。
内藤のことだ。次に僕がスプリットを投げるのを見破ってくるかもしれない。しかし、ここは勝負に出るべきと考えた。
僕は呼吸を整えると、スプリットを投げ込んだ。
「これでどうだ」
――キィィィン――
内藤は掬い上げるようなバッティングで、レフト方向へ引っ張った。しかし、右方向に流れる風の影響で、ファールグランドに切れていった。
「くそ……切れたか」
再び仕切り直しである。
――次は打たれる訳にはいかない――
僕はそんな思いを込め、スプリットを投げた。他の誰より内藤には打たれたくないという気持ちを込めながら。
――ブォォン――
内藤は大振りをした後、尻餅をついた。
「いててて……山岸、やっぱお前スゲ~や。さすが、明秋のエースだ」
内藤は土にまみれたヘルメットを脱ぎ去ると、笑顔でそう言い放った。僕は内藤に認めてもらえたことが、何よりも嬉しかった。
「内藤、お前の方こそ凄いバッティングだったぞ」
僕は独り言のようにそう呟き、この回のマウンドを降りた。