別れの季節
肉体改造に勤しみ、僕は以前より一回り大きくなった。身長も、夏に比べると五センチほど伸びていた。見た目からすると、陸上選手の面影はなく、野球選手らしい体つきになったと言えよう。
僕は夏の大会が、待ち遠しくて仕方なかった。何故なら、肉体改造もさることながら、新球種としてチェンジアップをマスターしたのだ。
初めはフォーシームを習得し、今はツーシームも習得した。チェンジアップは、肩への負担が少なく、打者のタイミングをずらすには持ってこいの球種だ。
ツーシームの習得には時間が掛かったが、そこは須賀のお陰で何とかなった。
須賀自体も、シンカーを新たに習得し、内野ゴロの量産体制はバッチリだ。須賀がいてくれたお陰でここまで成長でき、何より僕達の練習に付き合ってくれた内藤に感謝していた。
「お前らの成長ぶりには、頭が下がるよ」
内藤は、笑いながらそう言った。そんな中、不意に須賀が真剣な顔で、話を切り出した。
「そう言えば、もうすぐバレンタインだよな。山岸、お前……千秋ちゃんとどうなんだ?」
あまり恋愛の話をしてこない須賀の問いに、僕は慌てた。あれ以来、千秋と佳奈とは距離を取っていたので、まさかその質問が飛び出すとは思いもしなかった。
「別に……」
僕は頭に描いていたことを悟られぬように、素っ気ない態度で須賀に返した。
◇◇◇◇◇◇
そしてバレンタインの朝を迎えた。期待しないかと言えば嘘になる。
『仮にチョコレートを貰ったら?』
知らず知らず、僕はそんな妄想を抱いていた。そして、その妄想は現実の物になってしまったのだ。
「蓮ちゃん、はい、これ」
「な、何だよ」
「何って、チョコレートに決まってんじゃん」
「それはわかるけど……」
突然、教室に入ってきて、皆の前で渡されたら誰でも動揺ぐらいするであろう。恐らく、そこが千秋の狙いでもあると思うのだが……。
それにしても、あからさまにわかるハート型のチョコレートは、恥ずかしくなる程の大きさだ。
クラスメイトに冷やかされる中、僕は慌ててバッグへ忍び込ませた。僅かにはみ出る包装紙に、ニンマリと笑顔浮かべながら『ありがとな』と心の中で言った。
このことがきっかけで、僕は千秋と付き合うことを決めた。千秋と付き合うことを散々躊躇ってきたが、ここまで応援してくれた千秋を、甲子園に連れていってあげたいというのが本音だった。
千秋は言う。たとえ甲子園に行けなくても、蓮ちゃんを応援出来ればそれでいいと。そんな健気な千秋を、愛しく思えるようになっていった。
◇◇◇◇◇◇
月日は流れ、桜の季節が近付いて来ようとしていた。久しぶりに部員全員が集まった。
卒業を間近に控えた住田さん達が、僕達に話があるらしいとのことだ。
普段と異なる重苦しい雰囲気の中、住田さんが口を開く。
「今日は、集まってくれてありがとう。こうして皆の顔を見れるのも、後三日ほどだ。思い返せば弱小だった俺達が、ここまで来れたのも山岸達のお陰だ。感謝している。俺達三年生は、卒業していくけどお前達に託したいことがある。それは……それは……」
住田さんは、涙を浮かべながら声を詰まらせた。
「住田……」
五十嵐さんは、住田さんの背中を擦りフォローに入る。
「すまない、五十嵐。大丈夫だ。俺達が果たせなかった夢……甲子園に行ってもらいたい……俺が言うのもなんだが、お前達は強い。必ず甲子園に行けると信じてる。その時は、俺達も必ず応援に……応援に行くからな。俺の話はそれだけだ。そして……東海林!」
「はい!」
「後は頼んだぞ」
「わかりました」
三日後、住田さん達は、部員全員に祝福されながら学舎を後にした。
長いようで短い一年間だった。
僕達は、住田さん達の意思を引き継ぎ、甲子園という夢に向かって歩き出した。
一応、これで第一部は完結です。
作者の思惑通り、季節が現実に合ってきたので、ここからは少し更新が遅くなることをご了承下さい。
山岸同様、作者も全力投球で行きますので、今後も宜しくお願いします。