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あの夏を忘れない  作者: エイノ(復帰の目処が立たない勢)
第一章 陸上と野球 一年生編
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勝負の行方

 マウンド上の須賀は、苦しい表情を見せる。

 スリーアウトを取ることが、こんなに険しい道程だと思ったことはないであろう。

 対するバッターは、この試合当たっている五番だ。今まで得点には結びつかなかったものの、その器用なバッティングは全国でも通用するレベルのものであった。

 内藤は右手の指先を外に向ける。敬遠の合図だ。しかし、須賀は頑なにそれを拒んだ。

 須賀の気持ちもわかる。僕だってマウンドにいたら、同じことをしていたであろう。だが、この場面は内藤の考えが正しい。何故ならば、次の打者は全打席無安打の選手だからだ。

 暫くして、須賀は納得がいったのか、敬遠に同意した。

 内藤は立ち上がり、外にミットを構える。


「ボール」


「ボール」


「おい、ピッチャー、ビビってんなよ」


「ボール」


「勝負しろよ、このクソが!」


「ボール」


 容赦なく降り注ぐ心ない罵声の中、須賀は四球のボールを投げきった。

 ピッチャーとしてこの上ない屈辱なのは、痛いほどわかる。僕も初めて敬遠した時は、そう思ったものだ。

 五番打者は、バットを投げ捨てながら、ニヤリと笑みを浮かべ一塁へと急いだ。


「タイム――っ!」


 それは予想外の出来事だった。


 何と、東光第一の監督は当たりのない六番打者に見切りをつけ、代打を送り込んできたのだ。

 この敬遠は、明らかに誤算だったと知った。こちらに有利に動くはずが、逆に相手にチャンスを与えてしまったのだ。

 しかし、須賀は眉一つ動かさず、堂々とした顔付きでいる。須賀もわかっているのであろう。敬遠は、『諸刃の剣』だということを。


 ワンアウト、一、二塁。5-3。長打が出れば同点。一発が出ればサヨナラだ。


 そんな中、背番号10を付けた体格のいい選手が、右バッターボックスに入る。見るからに代打の切り札といったところだ。

 僕は、慌ててバッグにしまっていたプレート2を取りだし、その背番号10に標準を合わせた。



強肩B

打撃力A

守備力D

走力D

ガッツB


スキル『代打の切り札』


 画面にはそう表示されていた。僕の予想は、あながち間違ってはいなかったのだ。

 守備力や走力は劣るものの、打撃力はAランク。レギュラーにはなれないにしても、代打の切り札としては十分機能する。何より、そのスキルがもの語っている。


「うっし……」


 須賀は、自らに気合いを入れ直す。


 試合再開。


 一球目、内角低めにストライク。二球目、外に外してボール。三球目、真ん中低めにストライク。四球目、五球目、僅かに外れてボール。カウント、ツーストライク、スリーボール。

 ここまで打者は、一度たりともバットを振ってこない。

だが、次で決まる。

 須賀は、直球で勝負を仕掛けた。指先から離れた球は、地上の砂を巻き込みながら回転していく。





――カキィィン――





 不覚にも、その球はど真ん中に流れ、バットの芯で捉えられてしまった。

 打球は空気を切り裂き、須賀の頭上を越えた。





 更にグングンと伸びる。






 センターの金沢は、前方のフェンスに目をやりながら、打球を追いかける。






 眩しい日差しと共に、打球は落下してきた。







「頼む、金沢……追い付いてくれ……」


 僕はベンチから身を乗り出し、声を張り上げた。

 金沢は、フェンスによじ登りグローブを掲げた…………が。





「!?」






「ワァーワァー」





 スタンドからは大声援が溢れた。


 一、二塁のランナーが帰り、打者は満面の笑みでダイヤモンドを一周した。




――終わった。





――全てが終わった……。





 最後まで希望を捨てなかったが、選抜への夢は儚く消えた……。


 だが、不思議と涙は出なかった。悔しさはあったが、僕達は精一杯やりきったのだ。


 そして、残りのアウト二つを取らずして、試合終了のサイレンが鳴り響いた。



◇◇◇◇◇◇




「お前ら、今日はよく頑張った。ここまでワシに夢を見させてくれたこと……感謝する」


 監督の優しい言葉を聞いて、誰もが我慢していたであろう涙を流した。


「泣いていいんだぞ。悔しかったらうんと泣け! その涙がお前達を強くするんだ。これでわかったろ? 例え無名でも、ここまで勝ち上がりゃ、強敵だってことをさ。負けたことは残念だが、胸を張っていこうや」



 僕達は、あと一歩のところで勝利を逃してしまった。しかし、秋季大会での常勝聖新学院への勝利、地方大会での夏ベスト8のニルバーナ学院への勝利は僕達に自信と勇気をくれた。

 監督は言う。新チーム発足から間もないながらも、他校と互角、いやそれ以上に渡り合えたことは今後の糧になると。

 僕達は監督の言葉一つひとつを胸に刻み込み、夏の甲子園に向けて歩き出した。




◇◇◇◇◇◇




 やがて季節は冬に変わり、師走を迎えていた。今年は暖冬で、比較的遅い時期まで練習出来たが、それにも限界がある。

 白く染まったグランドでのランニング、屋内での基礎トレーニングで汗をながし、体力面での強化を図った。

 地方大会で準決勝まで勝ち上がったからこそ、わかったことがある。強いチームのピッチャーは、連投に連投を重ねても揺るぎないタフさがあるのだ。

 それが地方大会で、僕と須賀の学んだこと。


 明秋野球部は、以前より更にチームの絆が深まっていった。そして、僕達の勝負の年が明けようとしていた。

 むさ苦しい男四人。僕と内藤、それに市原と須賀で初日の出を間近に見ながら誓った。


『今年の夏は、絶対に甲子園に行く』と。


二階堂語録

『泣いていいんだぞ。悔しかったらうんと泣け』

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