入部します
陸上部に入部するつもりが、その女性に負け、僕は野球部に入部することにした。
隣にいた内藤は、目を丸くして僕を何度も舐めるように見入った。
「お前……正気か? 嬉しいことは嬉しいけどよ……」
「僕……野球するよ。もう決めたんだ」
僕と内藤は、その女性に近付いた。
「良かった……これで、廃部にならなくて済むわ。私は二年の『市原 佳奈』。一応、野球部のマネージャーよ。え~と……」
「ぼ、僕は山岸 蓮。こっちは、内藤 大翔。宜しくです」
僕は舞い上がって、聞かれもしないのに自己紹介をした。
「ふふふっ。元気がいいのね」
「いや~」
佳奈さんの笑顔は、最近見た女性の中で一際輝いていた。
動機は不純だが、僕は野球をやろうと決めたのである。
「ところで、廃部寸前とはそんなに深刻なんですか?」
内藤も僕に負けじと、前に出る。
「えぇ。三年生が三人……二年生が四人……」
つまり僕達が入部しなければ、試合さえ出来なかったのだ。
ということはだ。以前は、試合さえ出来ない状態だったと推測される。
僕は核心に迫るその疑問を、佳奈さんにぶつけてみた。
「佳奈さん……今までは試合も出来なかったってことですよね?」
失礼に当たるとはわかっていたが、野球部に所属することに決めた以上、知る権利があると思った。
「それは……」
「代わりに俺が答えよう……」
「キャプテン……」
「野球部のキャプテンの、住田だ。宜しくな。その件だが、君の言う通り試合どころか練習もままならない……恥ずかしい限りだ」
この住田と名乗る男――弱小野球部のキャプテンとは思えないほどの技量を感じる。
恐らく、この野球部ではその能力を活かしきれないのであろう。
僕はそう思った。
「住田さん……いえ、キャプテン。僕達を野球部に入部させて下さい」
考えより先に、言葉が出ていた。あまり積極的なほうではないが、自分でも驚くほどストレートに口から溢れた。
「こちらからお願いする」
こうして僕は野球部に入部したのだが、かじった程度の野球がどの程度通用するか。例え、弱小野球部とは言え不安はあった。
そんな時、僕を支えてくれたのが内藤だった。
◇◇◇◇◇◇
次の日から、野球部としての本格的な練習が始まった。
とは言え、そこは一年生……。課せられた仕事は当然タマ拾い――。
二年生、三年生に混じって基礎体や、キャッチボールをする時間がとても楽しく思えた。
そんな時、決まって内藤は言う。
「お前がピッチャーで、俺がキャッチャー。最強バッテリーと言われて、甲子園に行きたいな」
「そうだな……」
内藤は口癖のように、度々同じことを口にした。無理とわかっていても、何故か内藤の言葉を信じてみたくなった自分もいた。
――野球って面白いんだな。
まだ試合もしたことがない上、基礎体ばかりなのに野球に対する情熱が芽生えてきた瞬間でもあった。
◇◇◇◇◇◇
練習後、僕は決まってグランドの草むしりをした。
――青臭い雑草が、鼻を刺激する。
以前にも増して生い茂った雑草は、野球をする環境ではない。誰に頼まれたからではなく、『野球をやりたい』が為にやった。一週間前の僕では考えられない。
佳奈さんに釣られて入部した野球部だったが、本当に野球が好きになっていた。
草むしりをする僕の姿を見て、心ない人はそれを笑った。だが、僕はやめなかった。
本当は内藤にも手伝ってもらいたい気持ちもあったが、内藤の家は酒屋で、家の手伝いもあった為、無理強いはしなかった。
そして、無理が祟ったのか、僕は不覚にも風邪でダウンしてしまった。