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あの夏を忘れない  作者: エイノ(復帰の目処が立たない勢)
第一章 陸上と野球 一年生編
49/88

ギリギリの戦い

「何てしつこいんだ」


 投げても投げても、東光第一の打者は食らい付いてくる。点差は四点といえど、油断は出来ない。

 内藤はスプリットを要求するが、僕は首を横に振った。投げたくないのではなく、投げれないのだ。肩の痛みが痺れとなり、握力さえも低下させていた。


「くそぉ……絶対勝って、甲子園に行くんだ」


 僕はあえて声に出し、自らを奮い立たせた。しかし、考えと体は釣り合わず、投げた球は力なくど真ん中に向かっていった。




――キィィン――





 粘りに粘られ、十球目、三遊間を抜けるヒットを打たれてしまった。


「まだだ……まだ投げれる」


 瞼に滴り落ちる汗を拭いながら、僕は持てる力を吐き出した。




――キィィン――





 意を決して投げたスライダーは回転が甘く、未完成のままストライクゾーンに入り、呆気なくライト前に運ばれた。

 一塁ランナーは二塁を回り三塁へ。ノーアウト、一、三塁。


「かっ飛ばせ、かっ飛ばせ」


 一塁側スタンドからの応援は、四点差だというのに、一段と大きいものになっていた。

 何度も潜り抜けてきたプレッシャーだが、正直この声援には参った。


「はぁ……はぁ……」


 全身の脱力感……視界がボヤけてくる……。





――ドサッ――





「……ぶか? 大丈夫か? ……ぎし……山岸……」


 耳鳴りする向こう側で、誰かが僕の名前を呼ぶ。ふと我に返ると、バッターボックスを見ていた筈の視線が、青い空を見上げていた。

 僕は、タンカでベンチに運ばれた。まだ、耳鳴りがする。遠い所から、監督の声が聞こえる。


「意識はあるようだ。軽い、熱中症だな」


――そうか……熱中症で倒れたのか。くそ……ここに来て――


 ベンチに寝かされた僕に、須賀が近寄ってくる。


「後は、俺が何とかやる。水分取って休んでろ」


 そう言うと、須賀は勢いよく出ていった。


「須賀……すまない」


 その言葉には、悔しさも込められていた。須賀も連投で、肩がパンパンだったのだ。だから、須賀の負担を減らそうとしていたが、結果的にその須賀に頼ることになってしまった。

 不甲斐ない自分に、僕は涙を流した。

 虚ろな僕の目には、勇ましい須賀の姿が映っていた。

 須賀はランナーを確認した後、地上スレスレの位置から直球を繰り出した。ところが、緊張と疲労の所為か、その球はホームベース前でワンバウンドした。

 内藤は、ミットから弾いた球を体前面で受け止める。


「内藤――っ!」


 市原が二塁を指差し、声を張り上げた。一塁ランナーが、スタートしていたのである。

 内藤は慌てて球を拾い上げ、セカンドベース上にいる鈴木さんに投げた。しかし、内藤の投げた球は、鈴木さんの頭上の遥か上を越え、センターの金沢の所に転がった。内藤にしては珍しい、悪送球である。

 その間に、三塁ランナーはホームを狙う。金沢が必死に投げるも、それはホームインした後だった。


 5-2。球場全体が、東光第一にパワーを送っていると感じるほど、押せ押せムードになっていた。


――皆、頑張ってくれ――


 今の僕には、そう祈るしかなかった。


 ノーアウト二塁。まずは、ワンアウトを取りたいところだ。

 続く打者は、この試合一度も当たりがない選手だ。ここで上手く打ち取り、突破口を開いてもらいたいものだ。

 須賀は一度深く息を吸い込んだ後、クイックモーションで投げ込んだ。高めに浮いてしまったが、辛うじてストライクになった。一球一球を見届けながら、固唾を飲む。

 続く二球目は、本来の持ち味である低めの直球が決まった。この直球を見た観客は、歓声を上げた。

 内藤は、両手を広げ中央にミットを構える。須賀に対しては珍しい『お前に任せる』という意味のサインだ。

 ランナーがいなければ、スローカーブで打ち取りたい所だが、今はそうはいかない。

 須賀は首を縦に振ると、力を込め直球を放った。





――キィン――





 打球は、バウンドを変えながらセカンドの鈴木さんに転がった。鈴木さんは、この難しい当たりをダイビングキャッチし、一塁の市原へと投げた。ようやく、ワンアウト。その間に、二塁ランナーは三塁へ。

 須賀は、鈴木さんにお辞儀をした。仮に鈴木さんが、キャッチ出来なければ、センター前に転がり、ランナーは帰っていただろう。

鈴木さんの気迫溢れるプレイに、誰もが酔いしれた。

 ワンアウトは取れたものの、尚もピンチは続く。三塁ランナーは、挑発的にホームを睨む。

 しかし、このランナーが帰ったとして点差は二点ある。僕は、ベンチから体を起こし、須賀に声援を送った。


「ワンアウト、ワンアウト――っ!」


 須賀は僕に気付き、グローブを掲げた。恐らく僕と同じく、肩に限界を感じているのであろう。右肩を擦りながらの投球は続く。

 続く打者は、東光第一の四番だ。聞いた話によると、秋季大会から不調で、打率は一割を切っているらしい。

 僕が対戦した限りでは、他校の四番より遥かに劣るように思えた。


「お願いします!」


 東光第一で誰よりも大きな声で、打席に入る。この打者にも、この打者なりの物語があるのだろう。当たりがないのに、四番に置いてもらえるありがたさ。加えて、チームを背負うプレッシャー。

 それは四番という看板を背負った者にしかわからない、苦悩と喜びである。

 いつか、市原も言っていたことがある。


『本当に俺が、四番でいいのだろうか?』と。


 恐らくこの打者も、この市原と同じ気持ちなのであろう。


 だからと言って、須賀も引き下がる男じゃない。須賀はその四番に対して、積極的に内角を攻める。

 内藤のリードに対して、須賀もそれに答える。カウント、ツーストライク、ワンボール。次が、勝負になることには間違いない。

 須賀は膝を土に着けながら、内角ギリギリを攻めた。




――キィィィン――




 どうやら、相手の方が一枚上手だったようだ。東光第一の四番は、慌てることなくシャープなバッティングで、ライト前に運んだ。

 その間に、三塁ランナーはホームを踏み、その差は二点。これまで優勢だった僕達に、暗雲が立ち込めてきた。


 ワンアウト一塁。5-3。


 もはや、東光第一ペース。


 ここで監督が、須賀を呼び出した。


「追うより、追われる立場の方が何倍も労力を必要とする。ワシは、お前を信じてる。悔いのないように、投げてこい」


 監督はそう言うと、ベンチに鎮座した。どうやら、木下さんに交代する気はなく、最後まで任せるようだ。

 僕は監督の言葉を自分のことのように受け止め、須賀を応援した。



二階堂語録

『追うより、追われる立場の方が何倍も労力を必要とする』

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