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あの夏を忘れない  作者: エイノ(復帰の目処が立たない勢)
第一章 陸上と野球 一年生編
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猛攻! 明秋打線

 佳奈に別れを告げ、一夜が過ぎた。佳奈を傷付けて申し訳ないと思う反面、これで野球に専念出来ると強く思った。

 もちろん、佳奈を振ったからといって、千秋と付き合う気は毛頭ない。その辺のわきまえは、心得ているつもりだ。


「ふぅ……」


 しかし、脱け殻とまではいかないが、体が重い。連日の連投で、僕の肩もいよいよ悲鳴を上げていたのだ。


「今日の試合、投げれるだろうか」


 そんな不安に晒されるのは、初めてのことだった。だが、選抜が掛かっている今日の試合、何としても投げ抜かなくてはならないのだ。それが、エースとしての立場なのである。





◇◇◇◇◇◇





 試合開始前に、監督は僕達を集め、渇を入れた。


「今日の試合、大事な一戦だ。今日、勝てば選抜への道も開ける。対戦相手の東光第一だが、我々と同じく無名で勝ち上がってきたチームだ。ワシの見立てでは、こちらに軍配がある。ここまで来たら、選抜を目指すぞ、いいな?」


「はい!」


 こちらに軍配がある。その言葉を聞いて、僕達は俄然ヤル気を出した。

 後は、この肩が持ってくれればいいのだが……。僕は、肩の痛みを監督にも、内藤でさえも打ち明けることが出来なかった。

 そんな中、定刻通りに試合は始まった。僕達先行は、三塁側ベンチに腰を落ち着け、先頭打者の鈴木さんを送り出した。

 監督の言った通り、相手側のピッチャーは、何処にでもいるような右腕投手で、特別優れている箇所は見当たらない。

 先の試合の出来事を考慮して、僕はプレート2をバッグから取り出さなかった。


「かっ飛ばせ、鈴木」


 リズミカルなブラスバンドの音楽と共に、今まででは考えられないほどの黄色い声援が飛び交った。

 それに答えるかのように、鈴木さんは体を捻りながら、ライト方向に痛烈な一打を放ち、二塁を物にした。

 試合開始早々、鈴木さんの二塁打で、スタンドは大いに沸いた。

 続く広野は、初球を叩きあわやホームランというセンターオーバーのタイムリースリーベースを放った。

 鈴木さんと広野二人だけで、早くも一点をもぎ取った僕達は、それだけで勝利の予感を感じていた。

 これに続けと言わんばかりに、内藤は気合いを入れる。




――キィィィン――



 内藤も初球打ちだ。高々と上がった打球は、広野と同じような場所へ飛んでいった。


「入れ――っ!」


 僕達は、ベンチから身を乗り出し、そう叫んだ。しかし、さすがにここまで勝ち上がってきた東光第一だ。センターは、体勢を崩しながらも、しっかりとキャッチした。

 これが犠牲フライとなり、広野は楽々ホームを踏んだ。


「くそ……」


「惜しかったな、内藤。でも、いいじゃないか、一点入ったんだし」


「そうだな」


 内藤は笑顔でそう答えた。

 更に、明秋打線は爆発する。市原がレフト前に返すと、続く神田さんも詰まりながらもセンター前に弾き返し、ワンアウト一、二塁。そこで僕に打順が回ってきた。

 東光第一のピッチャーは、連打を浴びたことですっかり弱気な姿勢だ。

 僕はしっかりとボールを見極め、ツーストライク、ツーボールからライト線に引っ張った。自分でも驚くほどに、鮮やかな一打だ。


「回れ、回れ――っ!」


 ライトはもたつき、捕球に戸惑っているようだ。その間に、二塁ランナーの市原が帰り、僕も二塁へと進んだ。


 ワンアウト二、三塁。

3-0。思い通りの試合展開に、僕は震えた。

 僕達は、更に二点を加え、長い長い攻撃はようやく終わった。

 味方の援護と自らのバットで、五点も貰うと、ピッチャーとしては、かなり楽である。肩の痛みはあるが、何とかなるだろうと僕は考えていた。

 東光第一の先頭打者をショートゴロに打ち取り、続く打者はキャッチャーフライ。三番バッターに対しては、四球を与えたものの、四番打者はセカンドゴロに打ち取った。

 三振こそ取れなかったものの、まずまずの立ち上がりだ。肩を庇いながらの投球故に、それを悟られぬよう、僕は一球一球丁寧に投げた。


「ドンマイ、ドンマイ」


 東光第一ベンチからは、反撃が出来なかったのにも拘わらず、大きな声が上がっていた。僕は何となく、この声が脅威に感じた。

 その脅威が現実のものになったのは、5-0で迎えた六回の裏だった。初回の五点以降、無安打無得点の僕達に対し、東光第一はチャンスを活かしきれずにいたが、ヒットを重ねてきていた。

 そして、僕の肩も悲鳴を挙げ、焼けるように熱くなっていた。


「うぐっ……」


 一球投げるごとに、高圧電流が流れるような痛み。こんな時、陰ながら支えてくれていたのは佳奈だった。しかし、今はそんなことも言ってられない。

 先頭打者を何とか内野ゴロに打ち取り、僕はマウンド上に内藤を呼んだ。



――もう限界だった。



 以前、全てを抱え込み、皆に迷惑を掛けたことを考慮しての決断だった。


「内藤……肩が、肩が焼けるように熱いんだ」


「山岸、お前……。いや、よく頑張った。マウンドを降りるか?」


 異変を感じたのか、鈴木さんが駆け寄り、市原が駆け寄り、遂には金沢と木下さんも駆け寄った。


「山岸、無理はするな」


 木下さんの声は、何より温かかった。


「僕、もう少し頑張ります。ここまでやってこれたのも、皆のお陰……」


「お前がそう言うなら、止めはしない。言ってくれて、ありがとな。バックは任せろ」


 鈴木さんは、笑顔でそう言った。僕は一瞬だけ痛みを忘れ、内野陣に頭を下げた。

 結局、この回一点は取られたものの、何とかしのぐことが出来た。そして、5-1のまま回を重ね、九回裏またしても僕はピンチを迎えようとしていた。


 点差は四点。普段なら楽に投球出来る場面だが、この回の東光第一は違った。

 僕はこれほどまでに、自信を失うほどの精神的ダメージと肉体的ダメージを喰らうことになろうとは、思わなかった。

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