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あの夏を忘れない  作者: エイノ(復帰の目処が立たない勢)
第一章 陸上と野球 一年生編
46/88

僕達ができること

 三回の表、明秋の攻撃……そろそろ突破口を開きたいところである。この回は、七番の東海林さんからだ。

 キャプテンではあるが、お世辞にも能力が高いとは言えない東海林さんの作戦は、セーフティバントだった。

 初球を三塁側に転がし、一塁にヘッドスライディングを見せる。





「アウト――っ!」




 バントとしては上出来だったが、セーフティバントとしてはいまいち……それ以前に、東海林さんは足が速くない。

 しかし、東海林さんは泥だらけになりながら、こう言った。


「これで、アウトは三振だけじゃなくなった。三振を恐れるな」


 東海林さんの狙いは、まず連続三振の記録を遮断するのが目的だったのだ。確かに、連続三振の記録が途絶えれば、気持ちは楽になれる。体を張ったアウトは、僕達の士気をあげた。

 そして打席には、スイッチヒッターの金沢が入る。この所、左打席の割合が多い。本人曰く、左の方がシャープなバッティングが出来るそうだ。

 ゴーバンはしかめっ面をしながら、振りかぶった。僕が、打席に入った時にも見せたしかめっ面だ。ゴーバンは、二球続けてボールを投げた。

 その投球を見て、僕は一つの疑念を抱いた。


――ゴーバンは、左打者が苦手なのではないか――


 現在の明秋スタメンは、僕とスイッチヒッターの金沢を除くと全員右だ。ゴーバンは、右打者に対しては、いいリズムで投げてきたが、僕と金沢に対してはスムーズとは言えない。

 金沢は、ゴーバンの投球を見極め、四球を選んだ。この試合両チーム通して、初めての出塁だ。

 続く打者は、木下さん。僕は、打者に入る木下さんを呼び止めた。


「木下さん、待って下さい」


「何だよ、山岸」


「実は……」


 僕は木下さんに、ゴーバンが『左打者』を苦手にしてるかも知れないということを伝えた。


「だから、木下さん。左で打って下さい」


「ひ、左? 左でなんか打ったことないぞ」


「打てなくてもいいんです。苦手か、どうかを確かめられれば……」


「わ、わかった。とりあえず、やってみるわ」


 木下さんは、迷いながらも左打席に入った。ゴーバンは、またしてもしかめっ面を見せる。

 これで、コントロールが乱れれば、間違いはない。





――スパァン――




 明らかに気の抜けたような球が、外に溢れる。


「×××、××――っ!」


 ゴーバンは、顔を真っ赤にさせながら、キャッチャーに向け何かを言い放った。

 英語が解らない僕だが、何となくニュアンス的には感じ取った。

恐らく『左打者は苦手なんだよ』と。

 怒りを露にしたゴーバンは、一球もストライクが入らず木下さんにも四球を与えた。

 僕の予想は証明された。ゴーバンは右打者にはめっぽう強いが、左打者に対しては、かなりの苦手意識があるということだ。

 打者一巡し、一番の鈴木さんに返る。鈴木さんにも左打席に入るように進めたが、鈴木さんはそれを頑なに拒んだ。


「俺は正々堂々と、あのゴーバンをやつけたい」


 その言葉に僕は、何も返せなかった。僕がやろうとしていたことは、山吹高校がやっていたことと何ら変わりない。勝ちに拘る執念が、僕の心をねじ曲げたのだ。

 そんな姿を見て佳奈は言う。


「蓮君は、間違ってるよ……。そんなことして勝っても嬉しくない……」


 それに対して千秋が反論する。


「蓮ちゃんだって、そんなことわかってますよ。勝負の世界で、そんなきれい事言ってる場合じゃないと思います」


 千秋は、佳奈に食って掛かり、佳奈も考えを曲げなかった。僕は二人の板挟みにに合い、おろおろしていると住田さんが間に入る。


「二人共、止めるんだ。今は試合中だぞ! 喧嘩なら他でやってくれ」


 住田さんがそう言うと、二人は黙りこんだ。二人がこうなったのは、僕に原因がある。





◇◇◇◇◇◇




 それは合宿最終日に遡る……。



 僕は内藤を呼び出していた。理由は、何故千秋と別れたことを黙っていたのかを問いただす為だ。


「内藤、何で千秋と別れた? 嫌いになったのか?」


 僕がそう言うと内藤は、俯きながら返した。


「嫌いになるわけないだろう……」


「なら、どうして?」


 僕は強い口調で、内藤を責めた。


「千秋ちゃんの中に、俺は居ない。いつだって千秋ちゃんの中には山岸がいるんだ。だから、俺は身を引いた」


「内藤……」


「山岸、お前の方こそ正直になったらどうなんだ? 俺が知らないとでも思ってるのか? 夜、二人で抜け出したことを……」


「あれは、違うんだ」


 半分は当たってるだけに、僕はそれ以上反論出来なかった。


「悔しいけど、千秋ちゃんはお前の方がお似合いだ。早いとこ佳奈さんにケジメをつけるんだな」


 内藤はそう言うと、僕に背中を向けた。




――ガサガサ――





「誰か居るのか?」


 そこには、会話を聞いていたであろう佳奈が、泣き崩れていた。


「蓮君、本当なの? ねぇ、嘘だと言って……」


「僕は…………」




◇◇◇◇◇◇




 結局、僕は答えを出せず今、この瞬間を迎えている。佳奈と千秋が気まずい雰囲気になっているのは、僕の所為なのだ。

 佳奈は黙り込んだものの、千秋を睨み付けている。矛先は僕に向けられず、千秋に向けられていたのだ。


――試合が終わったら、答えを出すしかない――


 僕はそう思った。



◇◇◇◇◇◇




 打席の鈴木さんは、第一打席と違い粘りのバッティングを見せる。意地でも出塁しようという気迫が、感じられた。





――キィィィン――




 粘りに粘り打球は、一二塁間を抜けていった。

ワンアウト満塁。鈴木さんが放った初ヒットで、僕達は大きなチャンスを迎えた。

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