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あの夏を忘れない  作者: エイノ(復帰の目処が立たない勢)
第一章 陸上と野球 一年生編
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大事なことは

「ニルバーナ、ニルバーナ!」


 試合前だというのに、埋め尽くされたスタンドからは早くも声援が飛び交う。

 マウンドには、夏好成績を納めたガード・ドナルド・ゴーバンが登る。

 ゴーバンは、アメリカ、ワシントン州シアトルからの留学生で、メジャーでも一目置かれている好投手だ。更には打撃にも評定があり、投げて良し打って良し守って良しの三拍子揃った非の打ち所がない選手である。

 今日の試合は、このゴーバンをいかにして攻略するかが、鍵になるとは言うまでもない。





――ズバァァン――




 長身を活かし、右腕から繰り出される速球は、ウォーミングアップを兼ねた投球練習でさえ、見る者を魅了した。


「オッケー、オッケー。チョウシ、イイネ」


 ゴーバンの悠長な日本語がキャッチャーに届くと、試合が開始された。


 先頭打者の鈴木さんが、打席に入る。鈴木さんは、完全に腰が引けていた。

 やはり試合前に見たステータスが良くなかったのだろうか?

試合前に見たプレート2には、こう記されていた。



投手力S

打撃力AA

守備力B

走力B

ガッツA


 今まで、プレート2の情報を頼りに戦ってきたわけだが、初めて知らなくてもいいこともあるんだなと、思った瞬間だった。



「ストライク、バッターアウト!」



 そう考えている間に、何も出来ず鈴木さんは三振に倒れた。

完全にゴーバンを意識し、萎縮してしまった結果がこれだ。


「あんな奴、俺がやってやるぜ」


 広野は、ゴーバンを睨み付けながら、打席に入る。広野があそこまで、感情を剥き出しにするのは珍しい。

 プレート2のステータスを見ても、萎縮しない奴がいるのかと、広野の精神力の強さを尊敬した。が、蓋を開けてみると、鈴木さんと動揺に腰が引け、三回素振りをするとベンチに戻ってきた。


「駄目だ。アイツ、今までの奴と全然違う」


 広野は、笑いながらそう語った。見ていてもわかる……、高い位置から投げ込まれる速球は、角度がついて打ちにくいのだ。広野が笑いたくなる気持ちもわかる。

 だが、これは試合だ。何もしないでやられる訳にはいかない。


「内藤、頼んだぞ」


 千秋との一件があり、何となく気まずさがあり、この試合初めての会話がそれだった。

 内藤は、振り向きもせず言った。


「期待するな。この打席は様子を見る為、捨てる」


 内藤の発言を聞いていた監督が、独り言のように言う。


「それでいい。どんなピッチャーにも弱点はあるものだ。打開策を見出だすには、それもアリだろう」


 内藤は、監督の言葉を聞かずして打席に入った。この打席を捨てると言い放った割には、気迫に満ちていた。

 初球を見逃し、二球目も見逃し、そして三球目も予告通り見逃し、ベンチに帰ってきた。

 内藤は肩にバットを担ぎながら、不敵な笑みを浮かべた。


「何か、わかったか?」


 僕がそう言うと、内藤は首を横に振りながらこう返した。


「アイツは本物だ。俺達が叶う相手じゃない。球筋を見てきたが、直球でさえシュート回転してくる。下手に手を出しても、詰まらせ凡打になるのがオチだ」


 たった三球のうちに、内藤はそこまで分析していた。さすが、選球眼に優れているだけある。だが、それがわかったとしても、打開策には繋がらない。

 僕は様々な思いを胸に、マウンドへ登った。


――僕が打たれなければ、チャンスは生まれてくる――


 逆に、僕にも火が着いた。ゴーバンまでとはいかないが、僕もスライダーとスプリットを駆使し、三者連続三振に切って取った。

 壮絶な序幕に、スタンドは静寂に包まれた。両チームのピッチャーが、どちらも三者連続三振。どう考えても、これは異例の戦いだ。


 二回の表、僕達の攻撃は一回と同じく、三者連続三振で終わった。僕も三人目に打席に入ったが、内藤の言った通りだった。手も足も出ないとは、このことである。

 二回の裏、右打席にはここまで奇跡のピッチングを見せたゴーバンが入る。


――威圧感はあるが投げやすいな――


 僕は、打席に入るゴーバンを見てそう思った。何故なら長身であるが故に、ストライクゾーンが広く、投げやすいのだ。

 初球、真ん中低めに直球を投げてみる。ゴーバンは、初球を狙っていたのが、豪快な空振りを見せた。空振りだけなら、メジャー級の豪快さだ。

 続く二球目は、低めにスライダーを投げた。ゴーバンはこれに手を出さず、見送った。僅かに外れた為、判定はボールだ。

 三球目、内角高めに直球を投げると、打球はレフト線に飛んでいった。

 幸い打球は切れ、ファールになったが、危ない所だった。万が一、もう少し甘いコースに入っていたら、間違いなくスタンドに運ばれていただろう。やはりゴーバンには、低めに集めた方が無難のようだ。

 内藤はこの一撃を見て、スプリットを要求する。僕は首を縦に振り、スプリットを繰り出した。

 しかし、ゴーバンはこれを見送った。判定はボールだ。

 信じられなかった。普通の打者なら、ツーストライクに追い込まれ、あのスプリットを見たら、わかっていても手が出てしまうものだ。ところが、ゴーバンはそれを見送った。常識が通用しない、度胸だと言える。

 内藤は動揺しながら、マウンドに駆け登ってきた。


「なんなんだ、アイツは。ピッチングといい、バッティングといい……」


 内藤の顔は、青ざめていた。でも、僕の顔はもっと青ざめていたかも知れない。

 内藤に強がりを見せる為に、僕は言った。


「大丈夫だ。肩の調子もいいし、まだ打たれた訳じゃない」


 そう、打たれた訳じゃない。自分で言っておきながら、自分に気付かされた。


――自分も皆と同じく、知らず知らずのうちに、萎縮していたのか――


 その答えに辿り着いた僕は、再びスプリットを投げ込んだ。




――ズバン――





 ゴーバンのバットは空を切り、三振に切って取った。ゴーバンを三振にしたことで、肩の荷が降りたように投球に鋭さが増し、またもや三者連続三振に切って取った。


 二回が終わって両チーム共に、取ったアウトは三振のみという未曾有の出来事だった。


 そして三回、この現状を覆すべく、僕達の攻撃が始まった。

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