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あの夏を忘れない  作者: エイノ(復帰の目処が立たない勢)
第一章 陸上と野球 一年生編
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夢は大きく

 寺が丘高校に負けた僕達は、地方大会までの一週間のうち三日間を強化合宿に充てることにした。

 強化合宿……入部したての頃を思い出す。遠い過去のように思えて、懐かしい。

 思えばあの頃は、チームも滅茶苦茶で、他校はもちろんのこと、同校の生徒にも馬鹿にされたものだ。それが今では秋季大会で準優勝を飾り、春の選抜に向けて地方大会で戦おうというのだ。ここまでの偉業を、誰が予想出来ただろうか。

 そんなことを振り返っていると、須賀が話し掛けてきた。


「よう、山岸」


 あれ以来、須賀は心を開くようになり、気さくに話し掛けてくるようになった。


「おう、須賀。怪我の調子はどうなんだ」


「ほとんど痛みはない。今日の合宿からは、投げてみようと思う」


「それは良かった。地方大会までには間に合いそうだな」


「あぁ」


 変われば変わるものである。あれだけ敵対意識の強かった須賀が、今では昔からの友人のように接してくるのだ。

 きっかけは、茂木の悪質な死球だった訳だが、須賀は笑いながら『茂木には感謝してる』と、冗談混じりに笑った。

 そんな大人な須賀を僕は尊敬した。





◇◇◇◇◇◇





 合宿中、監督の練習は更に激しいものになり、二日目を終える頃には、皆、口も聞けないほどグッタリとしていた。

 僕はというと意外と平気で、逆に物足りなさを感じ、皆が寝静まった頃こっそりと抜け出し、河原まで走り込みをしていた。


「はぁ……はぁ……やっぱり、ここが一番落ち着くな」


 土手に体を預け、夜空を眺めた。秋の空は澄んでいて、満天の星が瞬いていた。

 陸上は陸上で良かったが、陸上では味わえない充実感があった。

野球を始めて良かったと改めて感じていると、誰かが僕の顔を覗き込みながら言った。


「やっぱり、ここにいたんだ」


 洗い髪のままの千秋だった。


「千秋、お前どうしてここに?」


「何か眠れなくて……隣……いいかな」


「お、おい。せっかく風呂入ったのに汚れるぞ」


「いいから、いいから」


 千秋は僕の忠告を無視して、僕の隣に寝転んだ。


「星……綺麗だね」


「あぁ……」


「蓮ちゃん、覚えてる? 幼稚園の頃、私をお嫁さんにしてくれるって言ったこと」


「な、なんだよ。急に……」


 僕は言った自覚はあったが、突然のことに動揺し言葉を濁した。


「覚えてないかぁ……」


 千秋はがっかりそうに、溜め息まじりにそう言った。弁解する訳ではないが、慌てて僕は『覚えてるよ』と、返した。


「良かった~。忘れてるのかと思った」


「わ、忘れる訳ないだろ?」


「ふ~ん。蓮ちゃん……」


「な、何だよ」


 千秋は上半身だけをこちらに向け、吐息を感じられるまでの距離に近付いてきた。


「蓮ちゃん……好き……」


 不意をついた告白に僕は、ドキドキしていた。


「何言ってんだよ。お前には内藤が……」


「実は……とっくに別れたの……」


「何で?」


「蓮ちゃんが……蓮ちゃんが好きだから……二番目でもいい……私、蓮ちゃんが好きなの……」


 千秋はそう言うと、大きな瞳を潤ませた。


「だって、俺には佳奈が……」


「わかってる、わかってるけど、好きって気持ちは止められないよぉ」


 佳奈には悪いと思ったが、気が付くと僕は千秋を抱き締めていた。


「いいよ……」


 柔らかそうな千秋の唇が、目の前に接近する。千秋は、頬を赤く染めながら瞼を閉じた。

 僕は千秋が堪らなく愛しくなり、唇を重ねた。練っとりとした唾液を纏いながら、舌を絡ませた。

 それと同時に、抱き締める力も強くなり、絡み合う舌は何度も交わった。


「はぁ……ごめん」


 僕は我に返り、千秋に謝った。


「謝らないで……。嬉しかった……私の大事なファーストキス……」


「えっ?」


 確か内藤は、千秋とキスを交わしたと言っていた。千秋の目を見る限り、嘘をついているとは思えない。

 内藤の小さな強がりに、僕は申し訳なさと感謝を感じた。


「さぁ、戻ろっか。私達が居ないのがバレたら面倒だからね。先に帰ってるね」


 千秋は体についた草をはらうと、一人で帰っていった。その姿を見て、千秋と佳奈への罪悪感に苛まれた。


「何してんだろ……」


 僕はもう一度夜空を見上げると、肺にある空気を吐き出した。


「よし、もう少し走ろう」


 僕は引っ込んだ汗を再び流す為、あえて遠回りして帰った。


 こうしてあっという間に、強化合宿は終わりを告げた。




◇◇◇◇◇◇




 そして、春の選抜を賭けた地方大会が始まった。

 街の景色はすっかりと変わり、日に日に冬の匂いが近付いて来ていた。


 僕達、明秋野球部は、一回戦富士田学園に3-1で快勝し、続く二回戦も猪高(いたか)日大に2-1と競り勝ち、準々決勝まで勝ち進んだ。


「準々決勝の相手がわかったぞ!」


 練習後、部室で寛いでいる僕達に、ドアを開けるなり監督は言った。


「ニルバーナ学院だ……」


 その名を聞いた瞬間、僕達は凍り付いた。ニルバーナ学院と言えば、夏ベスト8の強豪だ。


「お前ら、何シケた面してんだ。甲子園で優勝するには、避けて通れない相手だろうが」


「優勝?」


 甲子園に出場もしたことない僕達に、その現実味のない不釣り合いな言葉は、ギャグにしか聞こえなかった。


「何だ、お前ら。甲子園で優勝目指してんじゃないのかよ」


 苦笑しながら、東海林さんが返す。


「監督、俺達甲子園にすら出場したことないんですよ? 夢見すぎじゃないですか?」


「何言ってんだ。夢はデカく持つんだよ」


 監督が何処まで本気で言っているかわからないが、その『デカい夢』のお陰で、ニルバーナ学院への恐怖が和らいだ。


 ニルバーナ学院……。


 言わずと知れた甲子園常連高で、今大会でも優勝候補の一つだ。

 噂では金にモノを言わせ、海外から留学生を獲得して優秀な人材を集めているとか。自分達の球場を持っているのも、有名な話だ。

 何処まで太刀打ち出来るかわからないが、やれるだけ頑張ろうと僕達は思った。


 そして、ニルバーナ学院との準々決勝の日がやって来た。


二階堂語録

『夢はデカく持つんだよ』

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