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あの夏を忘れない  作者: エイノ(復帰の目処が立たない勢)
第一章 陸上と野球 一年生編
43/88

秘めた力

 この回は、結局一点止まりで終わった。そして僕は須賀の意思を引き続き、六回の表からマウンドに立った。

 須賀が、必死で山吹打線を無得点に抑えてきた価値は相当なものだ。正直、かなりのプレッシャーはある。だが、僕はエースだ。卑劣な手を使うチームに、負けるわけにはいかない。

 ブルペンで投げる暇もなかったが、そんな言い訳は利かない。

実践で肩を温めればいい……僕は強気な態度で山吹打線に挑んだ。

 ベンチから見ていただけあり、山吹高校の打者の傾向は手に取るようにわかる。

 僕の見解では、緩急の差に弱い打者が多く、速球に強いということだ。一概に言い切れないが、須賀の投球スタイルが山吹打線に合っていたのだろう。

 しかしながら、僕は須賀とは対照的なピッチャーだ。何処まで対応出来るかわからないが、ここまで山吹打線を見てきた内藤に任せることにした。そう、もう自分勝手な投球はしないと誓いながら……。


「山岸、行けるか?」


 投球練習を終えた僕に、内藤が問い掛ける。


「やってみなけりゃわからないけど、須賀の為にもやるしかない」


 僕は内藤にそう返した。


「それを聞いて安心した。頼むぞ」


「うん」


 たったこれだけのやり取りだったが、内藤に信頼されているのだと感じた。




◇◇◇◇◇◇




 立ち上がり、多少コントロールの乱れはあったが、内藤の好リードのお陰で難なくツーアウトを取ることが出来た。

 そして打席には、鮫島が入る。今まで須賀の好投で打ち取ってはきたが、鮫島もこの打席は黙っていないだろう。

 ある意味、この対決が試合の山場だと感じていた。


 初球、僕は内藤の指示通り内角低めギリギリに直球を投げた。

鮫島はこれを見逃し、ニヤリと笑った。どうやら初球に手を出す気はなかったようだ。

 続く二球目、内藤は外にスライダーを要求した。僕はコクりと頷くと、渾身の力を込めスライダーを投げた。この球を引っ掛けてくれればラッキーだが、鮫島のことだ、見逃すかカットしてくるだろうと僕はふんでいた。




――カツン――





 答えは後者だった。


――なるほど。子供騙しな作戦はきかないって訳か――


 そう思いながら、内藤のサインを読み取る。内藤は、あえて直球ど真ん中を要求してきた。内藤らしい、裏の裏をかいた作戦だ。

 恐らく鮫島は、決め球であるスプリットを警戒してくるだろう。

急激に落ちるスプリットは、見逃せばボールになる。

 僕は振りかぶり、ど真ん中目掛けて投げた。


――頼む、見逃してくれ――





――キィィィン――




 しかし鮫島は見送ることなく、バットの芯でその球を捉えた。打球はグングン伸び、レフトの東海林さんの頭上を遥かに越えた。

 東海林さんは途中で打球を追い掛けるのを止め、その打球を見送った。今大会、初めて許したホームランだった。

 しかし、僕はマウンド上で項垂れることなく、空を見上げた。打たれた僕に、内野陣は優しい言葉を掛けてくれる。ホームランを打たれてしまったが、僕は堪らなくそれが嬉しかった。


『ドンマイ』


 その一言が、憂鬱になることを許さなかった。


 鮫島にホームランを浴びた後はきっちりと抑え、マウンドを降りた。内藤はすまなそうにしていたが、僕は笑って返した。


「打たれたのは僕だ。まだ同点だし、味方が援護してくれるよ」


 内藤は、ホッとしながらネクストバッターサークルに向かった。

 打席には、広野が入る。マウンド上の茂木は、スタミナを使い果たしヘトヘトの状態だった。

 プレート2を(かざ)した所、11/100と表示されている。しかし、交代する気配はない。

 茂木は振りかぶり、直球を投げてきた。広野は、それを見逃した。

 スタミナが底をついているのにも関わらず、掲示板には149kmと表示されていた。

 一球一球、肩で息をしながら投げる茂木。その姿は、同情を買うほど痛々しい。

 五球目、広野は高めに浮いた球をセンター前に弾き返した。


「はぁ……はぁ……」


 一塁側ベンチまで聞こえる茂木の息遣い。だが、木嶋は腕を組んだまま、動こうとしなかった。


「交代してやれよ」


 スタンドからは、茂木を気遣う言葉が飛び交った。その言葉が聞こえていないかのように、木嶋は鎮座している。

 その木嶋が重い腰を上げたのは、内藤と市原が連打で出塁した後だった。ノーアウト満塁。山吹としては最大のピンチだが、明秋としては最大のチャンスが訪れた。


「タイム!」


 ようやく木嶋はタイムを取り、マウンド上の茂木を呼んだ。誰もが交代を告げると思った瞬間、予想だにしない光景が飛び込んできた。


「茂木――っ! 頭を冷やせ、頭を!」


 木嶋はヤカンに入った水を、茂木の頭にぶちまけた。あり得ない光景だった。

 結局、茂木はマウンドに戻り、再び投げた。気分は良くなかったが、僕達はヘロヘロになった茂木を攻略し、この回一挙五得点をあげた。

 そのまま試合は終わり、6-1で勝利を納めたのだが、何処か煮え切らないものがあった。





◇◇◇◇◇◇




 帰り際、引き上げていく木嶋に、監督は言った。


「木嶋、いつまで過去にごだわってんだ。自分が叶えられなかった夢を、生徒達に押し付けるな!」


 木嶋は何も答えず、はち切れそうな背中を晒した。その後、木嶋は野球部の顧問を辞めたという。


 山吹高校に勝利を納めた僕達は、次の決勝戦で寺が丘高校に、1-5であっさりと負けた。地方大会の切符は手に入れたものの、実力の差を見せ付けられた一戦だった。



 地方大会まで一週間。僕の周りで、またもや一悶着が起きようとしていた。



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