恐怖! 山吹高校
試合当日、僕達は増改築された新しい部室に集まっていた。
僕は、聖新学院戦で勝手な投球をしたことを皆に謝り、全ては丸く収まった。
「よし、今日のスタメンだが……」
いつものように監督は、ポケットからクシャクシャになったメモ紙を取り出す。
「先発は須賀でいく。後はいつもの通りだ」
周りがざわつき始める。やはり、監督は僕を外してきた。一度言い出したら考えを曲げない性格故に、安易に予想は出来た。
監督は僕の様子を伺うと、荷物を纏め部室を出ていった。
「先発は、山岸じゃないのかよ」
東海林さんは納得がいかない表情で、呟いた。僕だって投げたい。しかし、これはある意味ペナルティでもあるのだ。機会があれば出番はある。僕はそう信じた。
◇◇◇◇◇◇
今日の対戦相手の山吹高校だが、県内では珍しい男子校だ。野球部も伝統があり、聖新学院や寺が丘高校が力をつける前は甲子園にも度々出場していた。
尚且つ、監督の母校でもあり、今でも伝説は語り継がれているらしい。
試合前、監督は三塁側の山吹高校ベンチへと赴いた。
「お~い、木嶋は、いるか?」
一塁側の明秋ベンチにも聞こえる大きな声で、監督は『木嶋』という名を呼んだ。
しばらくして、はち切れそうなユニフォームを纏った四十代くらいの男が、ベンチの奥から這い出て来た。どうやらこの木嶋という男、山吹高校の監督らしい。
「おう、二階堂! 今日は宜しくな」
見た目に似合わぬ甲高い声で、監督に話し掛ける。
「まさか、キャッチャーだったお前と対戦することになるとはな」
監督の返した言葉の内容からして、木嶋は監督とバッテリーを組んでいた戦友だと読み取った。更に、監督は続けた。
「今日は、ウチが勝つ」
「ほう、大した自信だな。かつての同士とは言え、容赦はしないぞ。ガハハハ」
木嶋は下品な笑いをすると、ベンチに引っ込んでいった。
「あの野郎……」
監督は何度か振り返りながら、明秋ベンチに戻ってくると、怒号を上げた。
「いいかお前ら。あんな奴等に絶対負けんな!」
木嶋と過去に何があったのかわからないが、監督は怒りを露にした。
◇◇◇◇◇◇
「おめえら、気合い入れていくぞ!」
三塁側から、気迫に満ち溢れた声が聞こえてくる。それに挑発されたのか、東海林さんも声を張り上げる。
「明秋野球部、いくぞ!」
「おおぅ――っ!」
相手の気迫に負けたら駄目だ。東海林さんの負けん気が出た瞬間だった。
そして壮絶な戦いは始まった。
試合開始と同時に僕は、佳奈が言っていた二人にプレート2を向けた。まずは右腕エースの茂木。
投手力A
打撃力C
守備力B
走力C
ガッツSS
『豪速球は、一番の武器です。コントロールの悪さを補えば、優秀なピッチャーになるでしょう』
噂通りのステータスだ。いくら豪速球でも、コントロールが悪ければ話にならない。問題は、明秋メンバーが150kmを打てるかだ。
続けて、鮫島に標準を合わせる。
強肩B
打撃力S
守備力C
走力D
ガッツS
『多少、強引にでもスタンドに運ぶパンチ力は、桁違いです。鈍足をカバー出来れば問題ありません』
さすが、既に五本のホームランを放っているだけある。
茂木より鮫島の方が、注意する必要があるようだ。
初回、須賀は良い立ち上がりを見せ、三者凡退に切って取った。
ベンチに戻ってくる須賀と内藤に、早速二人のステータスを見せた。
須賀は、興味のない素振りを見せた。須賀に関しては、予想通りの反応だ。
ところが、内藤まで食い付くことなく無表情で僕に言う。
「山岸、心配するな。今日の須賀は冴えてる。そう簡単には打たれない」
意外だった。今まで女房役の内藤は、プレートのステータスを考慮しながら試合を組み立てていたのに、それを拒むかの態度を見せたのだ。僕は言葉を失い、ベンチに引っ込んだ。
その後、内藤が言った通り須賀は、四番の鮫島を抑え、三回まで山吹打線を一安打に抑える好投を見せた。
一方の明秋は、毎回ランナーを出すものの、茂木の速球に攻めあぐねいていた。
しかし、五回裏試合は動いた。ツーアウトから、内藤がレフト前に弾き返すと、続く市原が四球を選び、神田さんがセンターオーバーのタイムリーツーベスを放ったのだ。
内藤がホームに帰り、まずは一点先制した。尚もチャンスは広がり、ツーアウト二、三塁。
打席には、須賀。
ここで山吹高校ベンチが動き出す。
僕はマウンド上の茂木に対してプレート2を向けた。
スタミナ
36/100
最新の注意を払いながら速球を投げ続けただけあり、茂木は相当な体力の消耗をしていた。
ピッチャー交代もあり得るなと、僕は睨んでいた。
しかし、伝言が伝えられただけで、ゲームは再開された。
「まだ、投げさせるのか?」
僕は山吹側のやり方に、疑問を覚えた。
連打を浴びた茂木は、肩で息をしながらセットポジションから速球を投げた。スタミナ切れが近いとは言え、掲示板には148kmと表示される。
しかし、球威だけで球は内角高めに浮き、ボールになった。
続く二球目、またしても同じようなコースに球は投げ込まれた。
先程より深い位置に球が抉られた為、須賀は体を仰け反らせ辛うじて避けた。
この瞬間、僕はイヤな予感がした。
茂木は息を整えると、ニヤリと不敵な笑みを浮かべながら、渾身の力を込め投げた。
――ドフッ――
放り投げられた球は、須賀の脇腹に突き刺さり、鈍い音を立てた。
――カラン、カラン――
須賀はバットを放り投げ、バッターボックス内に踞った。
「須賀――っ!」
僕は考えるより先に、須賀へと駆け出していた。
「大丈夫か? 須賀……」
「うぅ……し……ぎし」
須賀は声にならない声で、僕に語り掛けた。
「須賀! 何だ?」
僕は須賀の言葉を確認する為、耳を近付けた。
「ぎし……山岸……あいつ……わざとだ……頼む……俺の……代わりに……うぐ……」
「須賀……」
結局、須賀は立ち上がることが出来ず、タンカで運ばれていった。
茂木は悪びれる様子もなく、軽く頭を下げた。
「くそ……」
僕は赤土を握り締め、地面を両手で叩いた。
「山岸、感情的になるな」
僕の背中を擦りながら、監督はそう言った。
「監督、監督も見てましたよね? アレ、わざとですよ」
「山岸、落ち着け! わざとやったという確証がない。ワシ達は、木嶋にハメられたんだ」
「そんな……そんなのフェアじゃないですよ」
「頭なら危険球で退場もあり得るが、当たったのは脇腹だ。どうにもならん……」
僕は、マウンド上の茂木を睨み付けた。
「山岸……ウォーミングアップする暇はないが、次の回から行けるな?」
「はい!」
僕は、迷うことなく返事を返した。