若い日の叫び
その夜、佳奈が心配をして電話を掛けてきた。佳奈と付き合い始めて、交互に電話をするのが習慣になっていたが、この日は電話を掛けてこない僕にしびれを切らして、佳奈の方から掛けてきた。
「蓮君、大丈夫? 皆、心配してたよ」
「ごめん……」
「次の試合も頑張ってね」
「ごめん……監督にレギュラーを降ろされたんだ」
「そうなんだ……ねぇ、大会が終わったらデートしよう。美味しいもの食べたりしてさ~。私がおごるから」
「ごめん……今、そんな気になれないんだ」
僕は無意識のうちに、佳奈に冷たい態度を取っていた。そんな僕に、佳奈は言う。
「ねぇ、蓮君……私のこと好き?」
「…………好きだよ」
僕は即座に答えることが出来ず、会話に微妙な穴が空いた。
「嘘……蓮君、私のこと全然見てない」
「ごめん……」
「さっきから謝ってばっかり。私のこと嫌いになったなら……嫌いになったって言ってよ……」
電話の向こうで、啜り泣く佳奈に、僕は言葉を掛けることが出来なかった。もちろん、佳奈を嫌いになった訳じゃない。だが、色んなことがありすぎて、佳奈に冷たく当たってしまっていたのだ。
「何か、ごめんね。試合で疲れてるんだもんね。もう切るね、おやすみ」
「おやすみ……」
なんて僕は最低なのだ。チームワークを乱した上に、佳奈まで悲しませてしまった。
この時、もっと優しく接していれば良かったのにと思ったのは、次の日のことだった。
翌朝、学校に向かう僕の後ろから千秋が駆け寄って来た。
「おっはよ~。な~に、不貞腐れてんだ」
「何でもねぇよ」
僕は千秋に強がって見せた。すると千秋は『ふ~ん』という表情を見せ、首を傾げながら言った。
「蓮ちゃんらしくないな~」
「僕らしくない? 何処が?」
「そうやってムキになるとこ~」
確かに僕らしくない。監督に本音をぶつけ、スッキリした筈なのに心は曇ったままだった。
「……そうだよな。僕らしくないな。千秋、ありがとうな。何か元気出てきた」
「良かった~」
千秋は、飛び切りの笑顔を見せた。
「じゃ、僕行くから」
「何で~。たまには一緒に学校行こうよ」
「何でじゃなくて。内藤に見つかったらマズイだろ…………」
僕がそう言い終えようとした瞬間、目線の先には佳奈の姿があった。
「そういうことか……蓮君はやっぱり千秋ちゃんが好きなんだね……さよなら」
佳奈はそう言うと、走り去って行った。
「待って、違うんだ」
僕は即座に駆け出したが、その先の交差点の信号が赤に変わり、佳奈の姿は小さくなっていった。
人々が行き交う雑踏の中、立ち尽くしていると千秋が息を切らして追い付いて来た。
「はぁ……はぁ……ごめんね。私の所為で……」
「千秋の所為じゃない。僕が悪いんだ」
僕は、ようやく気付いた。
――野球が好きな自分――
――佳奈が好きな自分――
――失って初めて気付くこの思い――
全ての要素が僕自身なんだと。
◇◇◇◇◇◇
その日の昼休み、僕は二年生の教室を訪れた。一年生の教室とは違う、独特の雰囲気だ。
「すみません、佳奈……市原さんはいないですか?」
僕は、廊下でたむろっていた男子に尋ねた。
「市原? あぁ、待ってろ。おい、市原~。彼氏だ、彼氏~」
僕はその言葉に赤面し、固まってしまった。
赤面してる僕の前に佳奈が現れた。
「外……出よっか」
佳奈は、僕の制服の端を掴みながら言った。佳奈の言う『外』とは、旧校舎のある場所のことだ。人気も少ないことから、僕達はよくそこで語り合っていた。
埃っぽい風が吹く旧校舎に着くと、秋の空を見ながら佳奈は言った。
「蓮君……ごめんね。千秋ちゃんから、全部聞いたよ」
「悪いのは僕なんだ。何もかもイヤになって……佳奈を傷付けて……」
「ううん。もういいの」
僕は、佳奈の腕を引き寄せ抱き締めた。
「な、何? ちょ、ちょっと恥ずかしいよぉ」
「いいから、いいから」
「もう…………」
僕は更に力強く佳奈を抱き締め、プルんと艶のあるグロスの塗られた唇に近付き、キスをした。
全てを、帳消しにするほどの魔法。
「明日の試合頑張ってね」
「おう、って言っても明日は補欠だけどね。いつでも、投げれるようにはしておくよ」
「うん」
全てが解決し、僕は清々しい気分になっていた。
明日は準決勝。勝てば決勝……。これで悔いのないように、戦うことが出来そうだ。