食い違う意見
僕達は夏の雪辱を晴らすべく、遂に常勝聖新学院を破った。
ロッカールームに戻ると監督は、一人一人に労いの言葉を掛けた後、皆を集めた。
「皆、今日はよく頑張った」
そんなありきたりの言葉から始まった。
「特に鈴木、内藤、お前達はよく頑張った。次の試合も、その調子で頑張ってくれ。…………それで次の試合だが、山吹高校に決まった。私情を挟むのはアレだが、山吹高校はワシの母校だ。絶対に負けたくない。お前ら頼んだぞ。ワシの言いたいことはそれだけだ。佳奈、後は頼む」
監督はそう言うとベンチに座り込み、代わって佳奈が前に出た。
「えっと、対戦相手の山吹高校なんだけど、右腕エースの茂木君と、四番の鮫島君が要注意ね。二人共まだ一年生だけど、実力は折り紙つきよ。茂木君は、コントロールこそ悪いものの、150kmの速球を投げる豪腕投手よ。鮫島君に至っては、今大会で既に五本のホームランを放っているわ」
佳奈がそう言うと、僕達は聖新学院戦の勝利から一気に目が覚め、現実に押し戻された。
「そう言うことだ。敵は聖新学院や寺が丘高校だけじゃない。県内でも、それだけの猛者がいるんだ。全国がどれだけ凄いかわかるだろ? わかったら、返事!」
「はい!」
佳奈に言い添えた監督に、僕達は返事をした。
「試合は二日後。今日はゆっくり体を休めるんだ。さぁ、マイクロバスに乗り込め」
監督が話し終えると、僕達は荷物を纏めた。
「山岸、お前は残れ」
「!?」
僕は監督に言われるがまま、身支度もほどほどにベンチに座り込んだ。
ロッカールームが、二人だけになると監督はゆっくりと立ち上がり僕を凝視した。ただならぬ雰囲気に、一瞬目を反らす。
「山岸、なんだ今日のプレーは? 野球は一人でやるもんじゃない。わかってんのか?」
「はい、わかってるつもりです」
「わかってるつもりだぁ? お前は全然わかってない。そんなにバックを信じられないか?」
「いえ、そんなことはありません」
「だったら何故、勝手な行動を取った? お前の所為で、勝てる試合も勝てなかったかも知れないんだぞ」
監督の言いたいことはわかる。
だが、僕は思わず反論してしまった。
「でも、結果的に勝ちましたし、抑えることが出来ました」
「何だと? 自分一人の力で勝ったと思ってんのか? 貴様――っ! 次の試合、お前をレギュラーから外す。いいな?」
「…………」
気付けは僕は、ロッカールームを飛び出していた。僕だって頑張ったのに、あの言い方はない。
球場を抜け、悔しさのあまり涙を流していた。涙で滲んだ繁華街をさまよいながら、あの場から逃げ出したことに後悔していた。
何故なら、監督の言っていたことは間違っていなかったからだ。
心の奥底を見透かされたようで、何も言えなかった。
◇◇◇◇◇◇
「くそ……」
見知らぬ街の河原で、せせらぎを聞きながら時間だけが過ぎていく。日も暮れ始め、辺りはすっかり暗闇に包まれていた。
「帰ろうか……」
重い腰を上げ、一人土手の端をトボトボと歩く。時間の経過と共に、自分の犯した過ちに気付かされた。
――勝つことより、大事なものがある――
知らず知らずのうちに、勝利に対する拘りが増えてきて、チームワークを疎かにしてきた。帰り道、痛いほど自分を責め続ける。
――コツ、コツ――
何者かが、背後から忍び寄る。
「はぁ……はぁ……心配させやがって。この野郎!」
――ビシッ――
僕が振り向くと、その声の主は僕に平手打ちを喰らわした。焼けるようにジンジンと熱いが、愛情のこもった平手打ちだった。
「監督……」
そう、声の主は監督だった。
「お前の言いたいことはわかる。でもな、ワシの言いたいこともわかってくれ……」
監督は汗を流しながら、涙を流した。
「監督……すみませんでした」
僕はやっと素直に、監督に謝ることが出来た。監督は『もう何も言うな』と、僕の肩を抱き締めた。
こうしてまた一つ学び、僕は人間として成長した。