勝つのは僕達だ
強力な聖新打線……一度手の内を見せているだけに、一筋縄ではいかない。
聖新学院も、空気の入れ換えをしてきている。警戒すべきは、新たにレギュラー入りした三人。
大所帯の聖新学院では、ベンチ入りするだけでも名誉なこと。弱肉強食を勝ち抜いた三人だから、夏のメンバーとあまり格差も見られないと踏んでいた。
内藤は一球、一球慎重に、そして丁寧にリードしていく。最近では意思の疎通も上手くいき、意見の食い違う場面も減ってきた。
内藤は試合直後から、ストライクゾーンギリギリ低めにミットを構える。僕はその要求に答えるべく、丁寧に投げ込む。
今回コントロール重視に置いたのは、須賀の影響もある。須賀の投球術を盗み、力や変化球に頼らないスタイルを確立しようと努力していた。
今までは困った時にはスプリット的な考えであったが、緩急差をつけることにより、投球に厚みが出るのだ。
スプリットを投げる回数が減れば、肘への負担も軽減され、握力の低下も抑えられる。勝ち上がる為には、こう言った工夫も必要だと学んだ。
以前のスタイルと変わった投球に、聖新打線も歯車が狂い悪戦苦闘を見せた。
五回を終了した時点で、0-0。両者一歩も譲らず後半戦に突入していく。
ここまでの投球内容は、一安打、無四球、二つの三振だ。この時点での僕のスタミナは、64/100。
前半体力を温存しただけあり、スタミナは十分残っている。
対する本庄の投球内容は、二安打、一つの四球。まったく互角の思えるが、ここに大きな違いがある。何故なら本庄は、三振を一つも取っていないのだ。それだけ前試合より、明秋メンバーのタイミングが合ってきていると言えよう。
そして注目すべきは、本庄の残りのスタミナである。ここまで体力を温存してきた僕に対し、本庄のスタミナは、26/100。
スタミナの残分と、メンタル面を突けば勝機があると僕は感じていた。
本庄の残りのスタミナを見て、大杉は言う。
「山岸君、作戦通りだね。本庄が、疲れを見せるここからが勝負だよ」
大杉が言うデータ野球も、勝つ為には必要だと思った瞬間だった。
◇◇◇◇◇◇
この回打順は一番の鈴木さんから。
スタンドからの応援は、より一層大きなものに変わっていった。
鈴木さんはバットを短く持ち、内野の守備位置を確認する。以前はこういったこともしなかった鈴木さんだが、勝利への執念が変えたのだろう。
カウントワンストライク、スリーボール。本庄は、若干のコントロールの乱れを見せた。
五球目、本来見逃してもいい場面だが、鈴木さんは積極的にバットを振った。素直に弾き返した当たりは、センター前に転がっていく。
続く広野が手堅くバントで送り、ワンアウト二塁。聖新戦、初めて得点圏内にランナーを進めた。
三塁側スタンドのブラスバンドのボリュームが、格段に上がる。
「内藤、頼んだぞ」
「任せておけ!」
僕がそう言うと、内藤は笑顔で返す。
内藤も、夏の大会で負けたことが余程悔しかったのか、練習後も別メニューで練習を重ねていた。なに食わぬ顔で毎日を過ごしていたが、両手は血豆だらけだった。
打席に構える内藤は、いつもより一回りも大きく見える。それを見て、千秋は祈るように両手を組む。
「大丈夫だ、千秋。内藤ならやってくれるさ」
「うん……」
――願いよ、届け――
一言で言うと、そんな気持ちだった。
――キィィン――
そんな気持ちが届いたのかどうかわからないが、内藤はライト頭上を遥かに越えるタイムリースリベースを放った。一塁ランナーの鈴木さんがホームを踏み、遂に均衡は破られた。
内藤は会心の一打を放った喜びを、静かに拳を握り表現した。
「なぁ、言ったろ、千秋」
内藤の努力が実を結んだのを確認すると、僕は千秋にそう言った。
尚も、明秋は攻撃の手を緩めない。続く市原の意外なスクイズに本庄は動揺し、内藤がホームへ帰り、更に一点を加えた。
スタミナの低下と共に、本庄のメンタル面の弱さが出てきた。叩くには絶好の機会だったが、その後神田さんがレフトフライ、僕はファーストゴロに倒れた。
得点は2-0。
これほどの投手戦での二点は大きい。僕は味方の援護に感謝し、再びマウンドに登った。
先制点をもらったことで、テンションが上がり、球も走る。
これまで抑えていた決め球のスプリットや、スライダーで要領よく打者をアウトにしていく。
前半の投球と内容が変わったことで、聖新打線も戸惑いを隠せないようだ。恐らく打者には、違うピッチャーがマウンドに登ったのではないか、というくらいの錯覚を覚えるのであろう。
「ストライク、バッターアウト!」
面白いように、スプリットが決まる。聖新学院の打者は、スプリットだとわかっていても、手が出てしまっているようだった。その証拠に、途中でバットを止める打者が相次いだ。
◇◇◇◇◇◇
そのまま回は最終回に進み、残す所聖新学院の攻撃のみになっていた。その差は二点。その勝ち取った二点を胸に、僕はマウンドに登った。
常勝聖新学院……。このまま、寸なり終わらせてくれるとは思わない。
投球練習後、内藤がマウンドに駆け寄る。
「いいか、山岸。何も考えるな。普段通りやれば必ず勝てる」
「ハハハッ……」
内藤の言葉に、思わず僕は声を出して笑った。
「何が、可笑しいんだよ」
内藤はムキになった。それはそうだろう。この大事な場面で、味方を鼓舞しようとしたら笑われたのだ。
誤解を解くために、僕は言い添えた。
「違うんだ、内藤。何か、お前とバッテリー組めたことが嬉しくて……」
「な、こんな時に照れるじゃねぇか。さぁ、お喋りは勝ってからだ。山岸、頼んだぞ!」
内藤はそう言うと、ミットで僕のお尻をチョンと叩き戻っていった。
「締まっていくぞ――っ!」
外野にまで届く内藤の声が、球場全体を震撼させた。
九回裏、2-0。
準決勝をかけた最後の守りが、始まろうとしていた。