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あの夏を忘れない  作者: エイノ(復帰の目処が立たない勢)
第一章 陸上と野球 一年生編
36/88

秋季大会を駆け抜けろ

 秋晴れが広がり、試合をするには絶好のコンディションだ。いち早くベンチ入りした僕達は、武良商業より先にグランドに出た。体の調子も、肩の調子も完璧に仕上げ、憂いはない。

 今回は、新メンバーの様子を見る絶好の機会だと、広野、金沢のスタメンが決まっていた。もし、何か不具合があったら、三年生と入れ替えるという監督の作戦である。

 これから先、少なからず経験も必要であり、何より三年生が卒業したら、否応なしにこのメンバーで野球をしなければならないからだ。

 広野は住田さんの代わりにショート、金沢は五十嵐さんの代わりにセンター。どちらも守備の要だ。


 公式戦が初めての二人は、朝からガチガチに緊張していた。そんな二人の姿を見て、初めて成南高校と対戦した時を思い出す。




◇◇◇◇◇◇




 試合前、監督は二人に言った。


「お前らに、何も期待はしてない。失敗を恐れずのびのびとプレイするんだ。例え失敗しても、お前らの先輩がフォローしてくれる筈だ」


 監督らしいと言えば、監督らしい。それはある意味、僕達に対するプレッシャーでもあった。

 ベンチスタートの須賀と大杉は、様子を見ながら機会があればとのことだ。


「よし、行くぞ!」


 東海林さんを中心に円陣を組む。今までは住田さんが中心になっていただけに、多少の違和感を感じる。だが、これが世代交代なんだなと肌で感じた。


 今回、僕達は後攻だ。夏の悔しさを思い出しながら、マウンドに登る。


『まずは一勝』


 そう言っていた住田さんがベンチから、僕達を見守る。不思議な気分と、寂しさが込み上げてくる。




「プレイボール」




 何度、味わっても緊張する一瞬だ。

 ロジンバックの白い粉を振り払い、振りかぶる。放たれた白球は、ストライクゾーンに吸い込まれていった。

 試合開始直後の、この一球が大事である。この一球が、立ち上がりの良し悪しを決めると言っても過言ではない。

 僕は、先頭打者をあっさりと三振に切って取った。今回から応援に加わった、一塁側のブラスバンド部も歓声を上げる。

 続く打者はショートゴロ。難しい打球ではあったが、広野が難なくさばき、早くもツーアウト。広野は白い歯を見せ、問題がないとアピールした。

 三番打者には、ファールで粘られたものの、最終的にはスライダーで芯を外しピッチャーゴロに打ち取った。まずまずの立ち上がりである。

 ベンチに戻ると、住田さんが僕に労いの言葉を掛けた。


「山岸、絶好調だな」


 住田さんの言う通り、確かに絶好調だった。全身が軽い感じで、投げた球も思い通りの場所に決まる。ピッチャーとしては、この上ない手応えだ。

 明秋打線は一回から爆発し、六回を終える頃には5-0の大差がついていた。僕はと言うと、打線の援護もあり終始リラックスしながら、三振の山を築いていた。

 ここで今まで沈黙を守っていた監督が、動き出す。


「須賀、投げてこい」


 須賀は、驚いた表情を見せた。試合前、機会があったら使うと監督は言っていたが、まさかこんなに早く出番が回ってくるとは思わなかったのだろう。

 須賀は『はい』と一言だけ言い残し、マウンドに向かう。僕は全てを須賀に託し、六回でマウンドを降りた。

 内容的には、二安打無失点、五つの三振。四球が一つ。納得のいく内容だった。

 七回の表、いよいよ須賀の投球が始まる。明秋のピッチャーとして、初めてマウンドだ。僕はベンチで佳奈と肩を並べながら、須賀のピッチングを見守った。

 心配する僕達をよそに、須賀は堂々としたピッチングを見せる。

とても初めてのマウンドとは思えない。

 武良商業は、『明秋にはあんなピッチャーもいたのか』と肩を落とし、半ば試合を諦めぎみだ。

 八回には、連打と市原のソロホームランで三点を加え、完全に試合をものにしていた。投げては須賀の好投で、明秋高校は8-0の完封勝利を納めた。

 マウンドを降りてくる須賀に僕は、『お疲れ』と声を掛けると、『おう』と返す。少ない会話だが、須賀も心を開こうとしていた。

 勝利に貢献した須賀は、メンバーにもみくちゃにされた。普段笑顔を見せない須賀も、この時ばかりは笑顔を見せた。

 新チーム発足から約一ヶ月。即席ではあるが、僕は確かな手応えと、チームの絆を感じた。




◇◇◇◇◇◇




 二回戦、機動力野球が売りの城華(じょうか)工業に接戦の末、2-1で勝利し僕達は順調に勝ち上がっていった。

 先発が僕で、抑えが須賀という図式が完成したのも、この頃からである。




◇◇◇◇◇◇




 二回戦の城華工業から一夜明け、大杉から吉報が届いた。

 以前、依頼していたプレートの改造が終わったとのことだ。改造というと響きが悪いが、簡単に言うとバージョンアップだと大杉は言う。


「山岸君、試しに使ってみてよ」


 見た目には何も変わらない。大杉に促されプレートを手に取ると、メニュー画面に項目が追加されていた。


「大杉、これは?」


 僕が大杉に質問すると、ニヤリと眼鏡を直しながら口角を上げる。


「それはね、スタミナの状態がわかる機能なんだ。ロールプレーイングゲームで言うとこのHP(ヒットポイント)みたいなもんだよ。試しに山岸君の今のスタミナを見てみるね」


 大杉は僕からプレートを取り上げ、標準を合わせる。



山岸 蓮


スタミナ80/100



 画面にはそう表示されていた。理解が出来ない僕は、大杉に説明を求めた。


「これはつまり、山岸君のスタミナのマックスが100、現在のスタミナが80だと示唆しているんだよ。多分、お昼前だから80に減ってるんだね。スタミナがなくなると、球威も落ちるから投球の目安にもなるし、相手ピッチャーの攻略にも繋がるよ」


 大杉……コイツは凄い奴だ。野球は中の下だが、メカの強さは頼りになる。


「大杉、凄い! 凄いよ、大杉」


 僕が連呼すると自慢気な顔で返す。


「へへっ。これからの時代はデータ野球だよ。名付けて『プレート2』。どう? 気に入ってくれた?」


「もちろん……大杉、ありがとな」


「どういたしまて。あ、そうそう、言っておくけどスタミナが見れるのは、ピッチャーだけだからね」


「十分だよ」


 こうして新たな武器を僕は手に入れた。これは三回戦、つまり準々決勝に大いに役立つ。


 何故なら三回戦の相手は、夏に破れた宿敵『聖新学院』だからだ。


「本庄……今度は負けない」


 決心を新たに、プレート2を握り締めながら僕はそう呟いた。

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