秋季大会を駆け抜けろ
秋晴れが広がり、試合をするには絶好のコンディションだ。いち早くベンチ入りした僕達は、武良商業より先にグランドに出た。体の調子も、肩の調子も完璧に仕上げ、憂いはない。
今回は、新メンバーの様子を見る絶好の機会だと、広野、金沢のスタメンが決まっていた。もし、何か不具合があったら、三年生と入れ替えるという監督の作戦である。
これから先、少なからず経験も必要であり、何より三年生が卒業したら、否応なしにこのメンバーで野球をしなければならないからだ。
広野は住田さんの代わりにショート、金沢は五十嵐さんの代わりにセンター。どちらも守備の要だ。
公式戦が初めての二人は、朝からガチガチに緊張していた。そんな二人の姿を見て、初めて成南高校と対戦した時を思い出す。
◇◇◇◇◇◇
試合前、監督は二人に言った。
「お前らに、何も期待はしてない。失敗を恐れずのびのびとプレイするんだ。例え失敗しても、お前らの先輩がフォローしてくれる筈だ」
監督らしいと言えば、監督らしい。それはある意味、僕達に対するプレッシャーでもあった。
ベンチスタートの須賀と大杉は、様子を見ながら機会があればとのことだ。
「よし、行くぞ!」
東海林さんを中心に円陣を組む。今までは住田さんが中心になっていただけに、多少の違和感を感じる。だが、これが世代交代なんだなと肌で感じた。
今回、僕達は後攻だ。夏の悔しさを思い出しながら、マウンドに登る。
『まずは一勝』
そう言っていた住田さんがベンチから、僕達を見守る。不思議な気分と、寂しさが込み上げてくる。
「プレイボール」
何度、味わっても緊張する一瞬だ。
ロジンバックの白い粉を振り払い、振りかぶる。放たれた白球は、ストライクゾーンに吸い込まれていった。
試合開始直後の、この一球が大事である。この一球が、立ち上がりの良し悪しを決めると言っても過言ではない。
僕は、先頭打者をあっさりと三振に切って取った。今回から応援に加わった、一塁側のブラスバンド部も歓声を上げる。
続く打者はショートゴロ。難しい打球ではあったが、広野が難なくさばき、早くもツーアウト。広野は白い歯を見せ、問題がないとアピールした。
三番打者には、ファールで粘られたものの、最終的にはスライダーで芯を外しピッチャーゴロに打ち取った。まずまずの立ち上がりである。
ベンチに戻ると、住田さんが僕に労いの言葉を掛けた。
「山岸、絶好調だな」
住田さんの言う通り、確かに絶好調だった。全身が軽い感じで、投げた球も思い通りの場所に決まる。ピッチャーとしては、この上ない手応えだ。
明秋打線は一回から爆発し、六回を終える頃には5-0の大差がついていた。僕はと言うと、打線の援護もあり終始リラックスしながら、三振の山を築いていた。
ここで今まで沈黙を守っていた監督が、動き出す。
「須賀、投げてこい」
須賀は、驚いた表情を見せた。試合前、機会があったら使うと監督は言っていたが、まさかこんなに早く出番が回ってくるとは思わなかったのだろう。
須賀は『はい』と一言だけ言い残し、マウンドに向かう。僕は全てを須賀に託し、六回でマウンドを降りた。
内容的には、二安打無失点、五つの三振。四球が一つ。納得のいく内容だった。
七回の表、いよいよ須賀の投球が始まる。明秋のピッチャーとして、初めてマウンドだ。僕はベンチで佳奈と肩を並べながら、須賀のピッチングを見守った。
心配する僕達をよそに、須賀は堂々としたピッチングを見せる。
とても初めてのマウンドとは思えない。
武良商業は、『明秋にはあんなピッチャーもいたのか』と肩を落とし、半ば試合を諦めぎみだ。
八回には、連打と市原のソロホームランで三点を加え、完全に試合をものにしていた。投げては須賀の好投で、明秋高校は8-0の完封勝利を納めた。
マウンドを降りてくる須賀に僕は、『お疲れ』と声を掛けると、『おう』と返す。少ない会話だが、須賀も心を開こうとしていた。
勝利に貢献した須賀は、メンバーにもみくちゃにされた。普段笑顔を見せない須賀も、この時ばかりは笑顔を見せた。
新チーム発足から約一ヶ月。即席ではあるが、僕は確かな手応えと、チームの絆を感じた。
◇◇◇◇◇◇
二回戦、機動力野球が売りの城華工業に接戦の末、2-1で勝利し僕達は順調に勝ち上がっていった。
先発が僕で、抑えが須賀という図式が完成したのも、この頃からである。
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二回戦の城華工業から一夜明け、大杉から吉報が届いた。
以前、依頼していたプレートの改造が終わったとのことだ。改造というと響きが悪いが、簡単に言うとバージョンアップだと大杉は言う。
「山岸君、試しに使ってみてよ」
見た目には何も変わらない。大杉に促されプレートを手に取ると、メニュー画面に項目が追加されていた。
「大杉、これは?」
僕が大杉に質問すると、ニヤリと眼鏡を直しながら口角を上げる。
「それはね、スタミナの状態がわかる機能なんだ。ロールプレーイングゲームで言うとこのHPみたいなもんだよ。試しに山岸君の今のスタミナを見てみるね」
大杉は僕からプレートを取り上げ、標準を合わせる。
山岸 蓮
スタミナ80/100
画面にはそう表示されていた。理解が出来ない僕は、大杉に説明を求めた。
「これはつまり、山岸君のスタミナのマックスが100、現在のスタミナが80だと示唆しているんだよ。多分、お昼前だから80に減ってるんだね。スタミナがなくなると、球威も落ちるから投球の目安にもなるし、相手ピッチャーの攻略にも繋がるよ」
大杉……コイツは凄い奴だ。野球は中の下だが、メカの強さは頼りになる。
「大杉、凄い! 凄いよ、大杉」
僕が連呼すると自慢気な顔で返す。
「へへっ。これからの時代はデータ野球だよ。名付けて『プレート2』。どう? 気に入ってくれた?」
「もちろん……大杉、ありがとな」
「どういたしまて。あ、そうそう、言っておくけどスタミナが見れるのは、ピッチャーだけだからね」
「十分だよ」
こうして新たな武器を僕は手に入れた。これは三回戦、つまり準々決勝に大いに役立つ。
何故なら三回戦の相手は、夏に破れた宿敵『聖新学院』だからだ。
「本庄……今度は負けない」
決心を新たに、プレート2を握り締めながら僕はそう呟いた。