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あの夏を忘れない  作者: エイノ(復帰の目処が立たない勢)
第一章 陸上と野球 一年生編
35/88

束の間の休息

 紅葉も少しずつ色づき始め、秋季大会が近付いてきていた。秋季大会で二位以内、つまり優勝もしくは準優勝すると地方大会に進出することができ、そこで好成績を納めると春の選抜に出場出来るのだ。

 夏の甲子園を逃した僕達は、春の選抜に標準を当て始動していた。中でも新メンバーの急成長ぶりが目立ち始め、夏のレギュラー陣もうかうか出来ないとこまで育っていた。


 元バスケ部の広野は、持ち前の運動神経でカンを取り戻し、住田さんの後釜としてショートのポジションを奪取しようとしていた。

プレートで見る限り、レギュラーとして申し分ない。



強肩B

打撃力C

守備力A

走力B

ガッツA



 野球経験の乏しい金沢は、積極的な野球を見せ、当初外野だけのはずだったが、ピッチャーとキャッチャー以外の守備をこなす、オールラウンドの選手に成長していた。しかも、高校生では貴重なスイッチヒッターだ。



強肩C

打撃力C

守備力B

走力B

ガッツAA



 大杉は、中学三年間補欠だったらしいが、視野が広く、バントをやらせたら右に出るものはいないくらいのバント職人だ。尚且つメカに強く、今度プレートの改造をしてくれるそうだ。



強肩D

打撃力C

守備力C

走力A

ガッツS



 そして問題の須賀だが、コイツとは相変わらずウマが合わない。しかしながら、そのピッチャーとしてのセンスは光るものがあった。

 右手から地上スレスレに放たれる下手投げ(アンダースロー)は芸術的で、見る者を魅了した。スローカーブとチェンジアップが武器で、抑えとしては申し分ない。



投手力B

打撃力D

守備力C

走力B

ガッツC



 ただプレートを見てもわかるが、やる気がないのが難点だった。

 その所為で、僕や内藤とぶつかり合うこともしばしばあった。

 そんな僕らを見て、東海林さんは言う。


「秋季大会は、お前ら二人に掛かっている。お互いの悪い所も言い合える仲になってくれ」


 と。

 僕と内藤は、歩み寄ろうと懸命に努力したが、須賀は一向に心を開こうとしなかった。




◇◇◇◇◇◇




 ある日僕は、佳奈さんに須賀のことを聞く為に自宅に呼んだ。

もちろん、自宅に呼ぶのは、初めてのことだ。

 佳奈さんは少し緊張した顔で、ソファーにちょこんと座った。

 須賀のことを聞こうと部屋に呼んだのだが、何故か心拍数は急上昇した。試合で投げるよりも、緊張する。

 何も話さない僕に佳奈さんは言った。


「話ってな~に? 聞きたいことがあるんでしょ?」


 練習の時のジャージ姿とは異なり、大胆に胸元が開いたブラウスからは、豊満な谷間が顔を出していた。僕は目のやり場に困り、佳奈さんと距離を取った後、ようやく切り出した。


「あの……佳奈さん?」


「もう、蓮くん。佳奈って呼んでって言ってるでしょ?」


 付き合い始めてから、呼び捨てで呼んで欲しいと佳奈さんは言ったが、僕は恥ずかしくて未だに『さん付け』で呼んでいた。


「佳……奈。やっぱり駄目だ。恥ずかしい……」


 僕がいつまでも本題を切り出せずにいると、佳奈さんの方から僕に聞いてきた。


「弘輝のことでしょ?」


 佳奈さんは、僕のことを何でもお見通しのようだ。


「実はそうなんだ」


「やっぱり……蓮くん達と弘輝、仲悪いもんね。そのことでしょ?」


「うん。東海林さんに仲良くやってくれっていわれてんだけど、須賀の奴、心を開こうとしないんだ」


 僕がそう言うと佳奈さんは、視線を反らさずに一気に言った。


「弘輝はね。中学時代野球で友達に裏切られてね、それが原因で野球も辞めて、友達を作ることを拒んで来たの。悪気はないの、許してあげて……」


 佳奈さんはそう言うと、髪をかき揚げながら僕の隣に座った。


「そ、そうなの?」


 たじたじになりながら、間近に見える大きな瞳に圧倒された。


――こ、これは、まさか――


 僕がそんなこと思っていると、佳奈さんはその瞳を閉じながら、ぽってりとした艶のある唇を僕に向けた。


「ねぇ……キスして……」


 佳奈さんをそっと抱き寄せ、体温を感じれる程に密着すると互いの唇を重ねた。



 これが僕にとって、初めてのキスだった。



 長いキスの後で、僕は言った。


「佳奈……好きだ」


「えへ……やっと呼び捨てで呼んでくれたね。私も蓮くんのことが好き……」


 悪戯に微笑む佳奈のことが、前よりも好きになっていた。




◇◇◇◇◇◇




 結局、佳奈から聞けたことは、須賀が友達を作ることを拒んでいるということだけだ。

 それよりも僕は、佳奈の唇の感触が忘れられなくて、眠れぬ夜を過ごした。


 翌日、内藤に須賀のことを話した。


「…………へぇ、そんなことがあったのか。だったら、俺達が何としても友達になってやろうぜ。性格は悪りぃけど、ピッチャーとしてのセンスはあるからな」


 内藤の言う通りだ。もっともっと、歩み寄れば須賀だって、心を開いてくれるに違いない。僕と内藤は、今まで以上に積極的に接することにした。


「それより山岸、佳奈さんとキス……したのか?」


 タイムリーな質問に、僕は嫌な汗をかいた。


「ば、馬鹿。するわけないだろ? 内藤の方こそ、どうなんだ?」


 僕は恥ずかしさを紛らわす為に嘘をつき、質問を返した。


「お、俺は……した……よ」


「ふ~ん……」


 少し複雑な気持ちだった。幼馴染みだった千秋が、内藤とキスを交わした……勝手に想像すると胸の奥が苦しくなった。




◇◇◇◇◇◇




 そして須賀との距離を縮められないまま、秋季大会を迎えることになった。

 練習中の僕達に、東海林さんが息を切らし、グランドに駆け寄る。


「はぁ……はぁ……一回戦の対戦相手が決まったぞ! 武良(むら)商業だ」


 武良商業と言えば、明秋高校と同じく陸上に力を入れている高校だ。陸上においては、名門だが野球に関しては全くの無名だ。両手を挙げ喜ぶメンバーに、監督が渇を入れる。


「お前ら、喜んでんじゃねぇ。相手が何処だろうと全力で戦わないと、痛い目を見るぞ! ちょっと強くなったくらいで、すぐこれだ。相手も同じ高校生。何が起きても不思議じねぇ。わかったか!」


「はい!」


 確かに監督の言う通りだ。夏の大会で準々決勝まで勝ち進んだとはいえ、僕達の上は山ほどいる。

 油断を見せた僕達は、夏の悔しさを思い出し、気を引き締め直した。



 そして、いよいよ秋季大会が始まった。

二階堂語録

『相手も同じ高校生。何が起きても不思議じねぇ』

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