束の間の休息
紅葉も少しずつ色づき始め、秋季大会が近付いてきていた。秋季大会で二位以内、つまり優勝もしくは準優勝すると地方大会に進出することができ、そこで好成績を納めると春の選抜に出場出来るのだ。
夏の甲子園を逃した僕達は、春の選抜に標準を当て始動していた。中でも新メンバーの急成長ぶりが目立ち始め、夏のレギュラー陣もうかうか出来ないとこまで育っていた。
元バスケ部の広野は、持ち前の運動神経でカンを取り戻し、住田さんの後釜としてショートのポジションを奪取しようとしていた。
プレートで見る限り、レギュラーとして申し分ない。
強肩B
打撃力C
守備力A
走力B
ガッツA
野球経験の乏しい金沢は、積極的な野球を見せ、当初外野だけのはずだったが、ピッチャーとキャッチャー以外の守備をこなす、オールラウンドの選手に成長していた。しかも、高校生では貴重なスイッチヒッターだ。
強肩C
打撃力C
守備力B
走力B
ガッツAA
大杉は、中学三年間補欠だったらしいが、視野が広く、バントをやらせたら右に出るものはいないくらいのバント職人だ。尚且つメカに強く、今度プレートの改造をしてくれるそうだ。
強肩D
打撃力C
守備力C
走力A
ガッツS
そして問題の須賀だが、コイツとは相変わらずウマが合わない。しかしながら、そのピッチャーとしてのセンスは光るものがあった。
右手から地上スレスレに放たれる下手投げ(アンダースロー)は芸術的で、見る者を魅了した。スローカーブとチェンジアップが武器で、抑えとしては申し分ない。
投手力B
打撃力D
守備力C
走力B
ガッツC
ただプレートを見てもわかるが、やる気がないのが難点だった。
その所為で、僕や内藤とぶつかり合うこともしばしばあった。
そんな僕らを見て、東海林さんは言う。
「秋季大会は、お前ら二人に掛かっている。お互いの悪い所も言い合える仲になってくれ」
と。
僕と内藤は、歩み寄ろうと懸命に努力したが、須賀は一向に心を開こうとしなかった。
◇◇◇◇◇◇
ある日僕は、佳奈さんに須賀のことを聞く為に自宅に呼んだ。
もちろん、自宅に呼ぶのは、初めてのことだ。
佳奈さんは少し緊張した顔で、ソファーにちょこんと座った。
須賀のことを聞こうと部屋に呼んだのだが、何故か心拍数は急上昇した。試合で投げるよりも、緊張する。
何も話さない僕に佳奈さんは言った。
「話ってな~に? 聞きたいことがあるんでしょ?」
練習の時のジャージ姿とは異なり、大胆に胸元が開いたブラウスからは、豊満な谷間が顔を出していた。僕は目のやり場に困り、佳奈さんと距離を取った後、ようやく切り出した。
「あの……佳奈さん?」
「もう、蓮くん。佳奈って呼んでって言ってるでしょ?」
付き合い始めてから、呼び捨てで呼んで欲しいと佳奈さんは言ったが、僕は恥ずかしくて未だに『さん付け』で呼んでいた。
「佳……奈。やっぱり駄目だ。恥ずかしい……」
僕がいつまでも本題を切り出せずにいると、佳奈さんの方から僕に聞いてきた。
「弘輝のことでしょ?」
佳奈さんは、僕のことを何でもお見通しのようだ。
「実はそうなんだ」
「やっぱり……蓮くん達と弘輝、仲悪いもんね。そのことでしょ?」
「うん。東海林さんに仲良くやってくれっていわれてんだけど、須賀の奴、心を開こうとしないんだ」
僕がそう言うと佳奈さんは、視線を反らさずに一気に言った。
「弘輝はね。中学時代野球で友達に裏切られてね、それが原因で野球も辞めて、友達を作ることを拒んで来たの。悪気はないの、許してあげて……」
佳奈さんはそう言うと、髪をかき揚げながら僕の隣に座った。
「そ、そうなの?」
たじたじになりながら、間近に見える大きな瞳に圧倒された。
――こ、これは、まさか――
僕がそんなこと思っていると、佳奈さんはその瞳を閉じながら、ぽってりとした艶のある唇を僕に向けた。
「ねぇ……キスして……」
佳奈さんをそっと抱き寄せ、体温を感じれる程に密着すると互いの唇を重ねた。
これが僕にとって、初めてのキスだった。
長いキスの後で、僕は言った。
「佳奈……好きだ」
「えへ……やっと呼び捨てで呼んでくれたね。私も蓮くんのことが好き……」
悪戯に微笑む佳奈のことが、前よりも好きになっていた。
◇◇◇◇◇◇
結局、佳奈から聞けたことは、須賀が友達を作ることを拒んでいるということだけだ。
それよりも僕は、佳奈の唇の感触が忘れられなくて、眠れぬ夜を過ごした。
翌日、内藤に須賀のことを話した。
「…………へぇ、そんなことがあったのか。だったら、俺達が何としても友達になってやろうぜ。性格は悪りぃけど、ピッチャーとしてのセンスはあるからな」
内藤の言う通りだ。もっともっと、歩み寄れば須賀だって、心を開いてくれるに違いない。僕と内藤は、今まで以上に積極的に接することにした。
「それより山岸、佳奈さんとキス……したのか?」
タイムリーな質問に、僕は嫌な汗をかいた。
「ば、馬鹿。するわけないだろ? 内藤の方こそ、どうなんだ?」
僕は恥ずかしさを紛らわす為に嘘をつき、質問を返した。
「お、俺は……した……よ」
「ふ~ん……」
少し複雑な気持ちだった。幼馴染みだった千秋が、内藤とキスを交わした……勝手に想像すると胸の奥が苦しくなった。
◇◇◇◇◇◇
そして須賀との距離を縮められないまま、秋季大会を迎えることになった。
練習中の僕達に、東海林さんが息を切らし、グランドに駆け寄る。
「はぁ……はぁ……一回戦の対戦相手が決まったぞ! 武良商業だ」
武良商業と言えば、明秋高校と同じく陸上に力を入れている高校だ。陸上においては、名門だが野球に関しては全くの無名だ。両手を挙げ喜ぶメンバーに、監督が渇を入れる。
「お前ら、喜んでんじゃねぇ。相手が何処だろうと全力で戦わないと、痛い目を見るぞ! ちょっと強くなったくらいで、すぐこれだ。相手も同じ高校生。何が起きても不思議じねぇ。わかったか!」
「はい!」
確かに監督の言う通りだ。夏の大会で準々決勝まで勝ち進んだとはいえ、僕達の上は山ほどいる。
油断を見せた僕達は、夏の悔しさを思い出し、気を引き締め直した。
そして、いよいよ秋季大会が始まった。
二階堂語録
『相手も同じ高校生。何が起きても不思議じねぇ』