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あの夏を忘れない  作者: エイノ(復帰の目処が立たない勢)
第一章 陸上と野球 一年生編
34/88

夏の終わりに

 残暑が厳しい中、二学期がスタートした。あの夏が、遠い過去のように思えるようになり、僕達は新チーム発足に向けて新たなスタートを切った。

 次なる目標は秋季大会。だが、ここで一つ問題が浮上した。

 新キャプテンも決まり動き始めたものの、秋季大会後の部員不足という難があった。もともと少人数でここまでやって来た上に、住田さんを含む三年生三人に抜けられたらメンバーは七人。つまり、秋季大会後は試合すら出来なくなるのだ。

 そこで僕と東海林さんは、新メンバーの獲得に乗り出したのである。

 県大会の功績が認められ、以前より野球部の人気は向上したが、入部となると話は別だ。そんなに簡単なことではない。

それはわかっていたが、ここまで育った野球部を、廃部に追い込みたくはなかった。

 時間だけが過ぎていき、諦めかけたその時、佳奈さんが四人ほどの人材を集めて来た。


「は~い、入部希望の方達で~す。皆さん一年生で、多少の野球経験はありま~す」


 何処で見付けて来たのか、とにかくこれで廃部は免れそうだ。

 入部を希望した四人は、それぞれ自己紹介をした。


「一年三組、『広野(こうの)(じゅん)』。今までバスケ部に所属していましたが、皆さんのプレーを見てもう一度野球がやりなくなりました。中学まで野球部にいました。ポジションは内野です」


「同じく一年三組、『金沢(かなざわ)優真(ゆうま)』。野球の経験はあまりありませんが、頑張ります」


「一年五組、『須賀(すが)弘輝(こうき)』。中学まで、ポジションはピッチャーだった。ていうか、俺は入部するなんて言ってねぇ! 佳奈さん、どういうこと?」


「いいから、いいから」


――何だ、コイツは? ――


 ポケットに手を突っ込んだまま、ガムをクチャクチャさせ、とても野球をするようには思えない。

 その態度に腹を立て、身を乗り出すと東海林さんが僕を止め、前に出た。


「君は何しに来たんだ? 野球をやらないなら、帰ってくれ」


 さすがだ。キャプテンになってから、勇ましくなったように思える。


「ちょっと、待って! この子は違うの」


 慌てた様子で、佳奈さんが間に入る。


「この子は私の従兄弟なの。ほら、弘輝。謝りなさいよ」


 と、佳奈さんが言うと須賀はムキになった。


「何で、俺が謝らなきゃいけねぇんだよ」


 その態度に、僕は遂にキレた。


「やりたくなきゃ、帰れよ。ここはお前のような奴が来る場所じゃない」


「何だと? この野郎~!」


 須賀が僕の襟足を掴み、もはや一触即発の状態だ。


「二人とも止めて!」





――ゴンッ――




 佳奈さんが止めに入ると、頭上に鈍い痛みが走る。


「何やってんだ、お前ら! ケンカなら他でやれ!」


 そこに現れた住田さんに、灼熱のゲンコツと、怒号を食らった。


 これが、須賀との最初の出会いだった。


「あの……」


 須賀とのバトルで、もう一人いるのを忘れていた。


「ごめん、ごめん。で、君は?」


 僕が語りかけると、照れくさそうに返す。


「一年七組、『大杉(おおすぎ)敏志(さとし)』。えっと……、一応中学三年間、野球やってましたけど、ずっと補欠でした」


 何処のクラスもいる、影の薄い真面目そうな風貌だ。四人の自己紹介が一通り終わると、住田さんは、頭を下げた。


 その突発的行動に、その場にいた人間は凍り付いた。


「俺達は、他校に馬鹿にされるくらい最弱の野球部だった。でもこの山岸が入部してから、俺達は変わった……試合を出来る喜びを知った……勝つことの喜びを知った……お願いだ。ここまで強くなった野球部を廃部にしたくない……コイツらの力になってくれ……頼む……」


 住田さんは、元キャプテンとしてのプライドを捨て、僕達の為に下級生に頭を下げたのだ。


「わかったよ……さっきのゲンコツのカリも返したいから、入部するぜ。お前らも入部すんだろ?」


 意外にも、須賀自ら入部を志願し、残りの三人にも入部を促した。


 かくして、新メンバー四人を加え、十四人になった僕達は、秋季大会に向け練習を始めたのである。

 広野は経験を活かし、ショートのポジションへ。金沢と大杉は、とりあえず外野へ。そして問題の須賀は、僕の抑えと言うことで、段取りを組むことにした。もちろん、東海林さんと話し合い、決めたことである。

 しかし、中々思うように結果が伴わず、悩んでいたある日、練習後僕は佳奈さんに呼び出された。


「佳奈さん……今日はどうしたんですか? いきなり……」


 普段と異なる佳奈さんの態度に、僕はドギマギしていた。高鳴る心臓が最高潮に達すると、佳奈さんは俯きながら切り出した。


「山岸君て、好きな子いるの?」


 野球に関することじゃなく予想外の質問に、答えを準備していなかった僕は、完全に言葉を失っていた。


――こういう場合、何が正解なんだろう。考えられるケースは二つ。第三者が僕を好きで、探りをいれられているケース。もう一つは、佳奈さん自身が僕を好きだというケースだ――


 恋愛に疎い僕は、余計な言葉が頭の中で増えてきて、すっかり黙り込んでしまった。そんな僕をみかねて、再度佳奈さんが切り出す。


「山岸君……正直に言うわ。実は私……キャプテン……いや、元キャプテンの住田さんと付き合っていたの……でも、もう心に嘘はつけない……山岸君、貴方が好き」





 答えは後者だった。夕日を望むグランドで、僕は佳奈さんから告白された。


「僕も、佳奈さんが好きだ!」


 自分でも信じられないくらいに、ストレートに言葉が出た。


「良かった……」


 佳奈さんは安堵の表情を浮かべ、そっと胸を撫で下ろした。暫し、和やかな二人の時間を満喫した後、佳奈さんは自転車に乗り込んだ。


「それじゃ、また明日ね」


「また明日」


 夕映えに色づく佳奈さんの後ろ姿を見て、僕は今まで以上に愛しさが込み上げて来た。

 だが、話はこれで終わらなかった。荷物を纏め、自らも帰宅しようとしたその時、住田さんが現れたのだ。僕は、血液が逆流するほどの感覚に陥った。

 住田さんは無言のまま、僕に近寄る。言いたいことは、わかっている。


「山岸……受け取れ!」





刹那……。





――ボフゥ――





 頬の鈍い痛みと共に、視界が空からグランドに変わる。


「佳奈を……大事にしろよ」


 住田さんはそう言うと、視界から消えていった。




 それは、ある夏の終わりの夕方のことだった。



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