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あの夏を忘れない  作者: エイノ(復帰の目処が立たない勢)
第一章 陸上と野球 一年生編
33/88

男達のドラマ

 センターを守る選手は、打球を一点に見つめグローブをめいっぱいに伸ばす。





――あと、五メートル。





――あと、一メートル。





 センターを守る選手の前に、高々と(そび)え立つフェンスが立ちはだかる。




――静寂を伴う球場内。




 センターを守る選手と打球以外、まるで時が止まったかのような錯覚にさえ陥る。





――ドクン、ドクン、ドクン――




 鼓動は更に激しさを増す。





――パシッ――





 空高く掲げられたグローブの中に、皆の思いを乗せた打球が吸い込まれていく。





「アウト――っ! ゲームセット!」





 審判がそう告げた瞬間、僕達の夏は終わった。


 現実を受け止められず……、感情を抑えれず……、汗と共に熱い涙が込み上げてくる。





――涙が止まらない……。





 少し前までは、ここでプレーしていたのに、もう後がない。試合は終わったのだ。

 そう思うと更に悔しさが募り、涙は止まることなく頬を伝った。

 泣き崩れる僕の頭を、住田さんが鷲掴みにする。


「山岸……山岸……ありがとな……もう泣くな……」


 帽子を深く被り、声にならない声で、住田さんは僕を励ました。

その頬には、一筋の涙が光る。


「住田さん……住田さん……僕……」


「何も言うな……俺達は頑張った……それでいいじゃないか……さぁ、整列だ」


 僕達十人は、最後まで諦めず戦った。一歩及ばず準決勝進出は逃したが、常勝聖新学院を最後まで苦しめた。


「ありがとうございました」


 最大限に声を振り絞り放つ、最後の礼。そんな中、本庄が僕に駆け寄る。


「山岸君……また、君と戦いたい」


「次は負けない……僕達の分まで勝って……」


 僕がそう返すとニッコリと笑い、背中を向けた。

 それを見届けた後、一塁側スタンドにも頭を下げる。


「ありがとうございました」


 スタンドからは、惜しみない拍手が僕達に送られた。




◇◇◇◇◇◇




 荷物を纏め、ロッカールームに到着すると監督が話し始める。


「いつまでも、泣いてんじゃねぇ」


 そう言い放つ監督の目からも、涙が溢れていた。鬼の目にも涙とは、このことである。


「お前ら聖新学院相手に、よく戦った。敗れはしたが、今後の糧になるだろう。いいかお前ら、敗北を知らないとなぁ、本当の勝利の喜びはわからないものだ。この悔しさを忘れず、次は勝つんだ! わかったら、返事!」


「はい!」


 確かに、僕には次がある。しかし、住田さん達三年生は次がないのだ。

 そんな僕の気持ちを察知してか、住田さんが言う。


「俺達三年生の夏は、これで終わりだ。…………だけど……だけど……」


「住田、泣いてんじゃねぇ。後輩に自分の意思を伝えるのも、キャプテンの役目だ」


「はい……監督。俺達の夏は終わったけど、お前らは俺達が叶わなかった甲子園という夢を叶えて欲しい……ここまでやってこれたのも、皆のお陰だ……ありがとうございました……」


 住田さんは、深々といつまでも頭を下げた。




 僕達の夏……長いようで短かった夏はこうして終わった。




◇◇◇◇◇◇




 僕達を破った聖新学院は決勝で、もう一つの強豪寺が丘高校と接戦末、甲子園の切符を手にした。

 蒸し暑い日差しの中、テレビの中では本庄が甲子園のマウンドに登っていた。しかし、全国の壁は厚く、県内最強とまで囁かれた聖新学院は全く歯が立たず、7-1の大差で敗北を喫した。あれほどの実力を持った本庄さえ、全国では平凡な選手扱いだったのである。

この試合内容に僕は愕然とし、より一層練習に励むことにした。




◇◇◇◇◇◇




 夏も終わりに近付く頃、僕達に吉報が舞い込んで来た。

県大会の功績が認められ、グランドの整備及び、部室の増改築が実施されるようになったのである。

 僕や内藤はこれを喜んだが、住田さんら三年生は複雑な表情を見せた。確かにボロいが、住田さん達にとっては三年間過ごした思い出の部室だ。


 そして夏休み最後の今日、神田さんの提案で部室に集まることになった。

 相変わらず狭く汗臭い部室だ。だが、最後となると感慨深いものがある。

 皆でお菓子やジュースを持ち込み、和やかな雰囲気の中、住田さんが切り出す。


「皆、今日は集まってくれてありがとう。実は話したいことがある。本当は二学期が始まってから話そうと思ったが、今日話すことにする」


 和やかな雰囲気は一変して、重い空気に包まれた。


「そんな(かしこ)まらないでくれ。実は、新キャプテンを決めたいと思う」


 メンバーは顔を見合せ、ざわつき始めた。


「まだ、早いんじゃないんですか?」


 鈴木さんが皆を代弁する。


「確かに早いかも知れない。だけど、秋季大会に向け、新チームを発足させるには、世代交代も必要なんだ。わかってくれ……」


 住田さんは、神妙な面持ちで話すと、更に話を続けた。


「新キャプテンは…………東海林、お前に託す」


 東海林さんは動揺を隠せず、飲み掛けのジュースを吹き出した。


「住田さん……俺なんか……」


「お前の影の努力は知っている。俺はお前しかいないと思っている。皆、どうだ?」


「賛成~!」


 佳奈さんがいの一番に手を挙げる。僕も東海林さんが相応しいと思っていた。だが、話はこれで終わらなかった。


「うむ。そして副キャプテンに、山岸……お前に頼む」


 それは、予想だにしない発言だった。今まで副キャプテンなんて存在しなかったし、二年の先輩を差し置いて受けることなんて出来ないと思った。


「山岸、まさか一年だからとか思ってるじゃないだろうな?」


 さすが住田さん、図星だ。


「東海林を支えてやってくれ」


「わかりました」


 こうして新キャプテンは東海林さん、副キャプテンに僕が選ばれ、新チーム結成に向け大きな一歩を踏み出した。



 翌日、二学期が始まると同時に部室は取り壊され、一つの時代に終止符が打たれた。



 この回は、作者が目頭を熱くさせながら執筆しました。

どうしても、感情移入してしまいます。

 さて、実はここまでがプロローグみたいなものです。

ここからが本番なので、これからも応援お願いします。

 尚、話の区切りなので、感想、評価、レビューなど頂けたらありがたいです。


二階堂語録


『敗北を知らないとなぁ、本当の勝利の喜びはわからないものだ』

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