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あの夏を忘れない  作者: エイノ(復帰の目処が立たない勢)
第一章 陸上と野球 一年生編
31/88

壮絶! 左腕対決

 そして僕は今ここ(マウンド)に立っている。

清々しい気分だ。大観衆を前に投げることが、こんなに心地好いものだとは知らなかった。

 皆で勝ち取った五点……その差は二点。この二点を守りきるのが、僕の使命。そしてそれは、明日への希望に繋がる。




――ズバァァン――




 肩の調子もいい。後半、こういう展開を予想して監督は僕を抑えに回したのか知れない。僕は投球練習をしながら、そう思った。


「締まって行こう――っ!」


 内藤はいつも以上に声を張り上げた。前の回、大量得点を挙げただけあり、周りの皆も気合いの入り方が違う。だが、試合はまだ終わっていない。ここからが、正念場だ。

 聖新学院の打者が、打席に入る。内藤の指示通り、まずは低めに直球を投げた。


「ストライク――っ!」


 スタンドから、僕に声援が送られる。内藤は、次も同じコースに直球を要求した。




――ブォン――





――ズバァァン――



「ストライクツー!」



 信じられないくらい球が走り、空振りを誘った。内藤は決め球を要求する。つまり、スプリットだ。

 僕は首を縦に振った後、渾身の力を込めて投げた。手首、肘、下半身……修正しただけあり、癖はもう見抜けないだろう。





――ズバァァン――




「ストライク、バッターアウト!」




 スタンドの声援はより大きな物になり、僕は背中からそれを吸収した。


「ワンナウト――っ!」


 内藤は、人差し指を空高く掲げた。


 続くバッターは、本庄だ。ピッチングに評定はあるが、バッティングは人並み。そんな本庄だが、油断は禁物。本庄とて、負けられない試合。負ければ夏は終わる。条件は同じだ。

 散々迷った挙げ句、内藤はスライダーを要求した。本庄の高速スライダーに勝てるかはわからないが、僕だってスライダーを投げれるようになったのだ。


「ふぅん」


 直球と同じフォームで、振りかぶる。


――カツン――




 本庄は、見事にスライダーに引っ掛かりサードゴロに倒れた。


 聖新学院ベンチはざわめき始める。恐らく僕が、スライダーを投げれるというデータがないのだろう。

 次のバッターも内野ゴロに打ち取り、この回三者凡退で切り抜けた。まずまずの立ち上がりだ。

 ベンチに戻ると、千秋と佳奈さんが温かく迎えてくれた。


「蓮ちゃん、凄いよ」


「やっぱり、山岸君頼りになるわ」


「ありがとう……」


 二人の言葉に感謝していると、内藤が僕を睨み付ける。その目はマジだ。言わなくてもわかる。『俺の彼女だぞ』と言っている目だ。


「おい、お前ら応援しろよ!」


 そんな姿を見て、監督が激怒する。確かにそうだ。僅かにリードしているとはいえ、試合は終わっていない。


 打席には、住田さんが入る。




――ズバァァン――




 息を吹き返したように、本庄の球威が戻っていた。さすがは、本庄だ。あれくらいで、へこたれる器じゃないのはわかっていたが、立ち直りが早い。

 結局、僕達も三者凡退に打ち取られこの回を終えた。




◇◇◇◇◇◇




 その後、試合は平行線をたどり、5-3のまま九回表を迎えていた。ここをしのげば、準決勝進出。

 勝利を意識していないと言えば嘘になる。しかし、早く解放されたい……という気持ちも強くなっていた。

 聖新学院は、一番からの好打順。一回と同じく、最終回も先頭打者を出すか出さないかで、その後の展開の鍵を握る。




――わかっていた。





――わかってはいたが、コントロールが定まらない。




――痛い。




 ふと左手に目をやる。人差し指の爪が割れ、微量ながら出血があった。


――こんな時に。


 やはり、スライダーの練習で投げ込み過ぎたのだろうか? イヤなタイミングで、僕の指先は悲鳴を上げ始めていた。

 僕は誰にも言わずに投げ続けた。もちろん、内藤にもだ。


「ボール、フォアボール」


 結局、やってはいけない先頭打者を塁に出してしまった。内藤は異変を感じ、マウンドに駆け寄る。恋には鈍感だが、こういうことに関しては鋭い。

 何食わぬ顔で内藤を迎えると、こう言った。


「山岸、どうしたんだ? さっきまでとキレが違うぞ。何かしたんじゃないのか?」


「ごめん……」


 僕は悟られたくない一心で、そう返した。


「ごめんじゃわからねぇよ。言わないなら、この場でぶっ飛ばすぞ!」


 その目は本気だった。内藤なら、本当にやりかねない。しぶしぶ僕は、理由を告げた。内藤は一瞬驚いたが、長い沈黙の後、言い添えた。


「わかった。俺が駄目だと判断したら、監督に言う。いいな?」


「内藤……すまない」


 内藤は何事もなかったかのように、マスクを被る。


――僕の我が儘を……すまない内藤――


 僕は左手をギュッと握り締め、最後まで投げ抜くことを誓った。


 続く打者に内藤は、直球を要求する。だが、僕は首を横に振った。少しでも負担を軽減させようとしているのはわかるが、それで打たれたら意味がない。『スプリットは無理でも、スライダーならいける』内藤にサインを送ると、ようやくそれに合意した。

 セットポジションからの投球。


――大丈夫だ――


 暗示を掛けるように、僕は呟いた後投げた。




――カァァン――




 詰まった当たりは、セカンドの鈴木さんに転がった。このコースなら、ゲッツーも狙える。そう思った瞬間、バウンドが急激に変わり、打球は鈴木さんの肩をすり抜けライトに転がっていった。

 その間にランナーは二塁を回り三塁へ。ノーアウト、一、三塁のピンチを迎えてしまった。それと同時に、指先の痛みも激しさを増す。

 仮に内藤が監督に言ったとしても、僕の代わりはいない。あれは、内藤なりの優しさだと知っていた。

 強力聖新打線をねじ伏せるには、スライダーだけでなくスプリットも投げるしかない。


――住田さん達との夏をまだ終わらせたくない――


 共に汗を流し、共に厳しい練習に耐え、ここまで来た苦労は聖新学院にさえ負けはしない。

 僕は開き直り、投球を続けた。

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